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10.「後悔」5*俊輔

「真奈さんの姿が見えません」 「何? ……あれじゃどこにも行けないだろ?」 「そう思うのですが……」  言ったオレに、和義が言い難そうに伝えた言葉は。  オレを愕然とさせた。 「看病を任せた者の話ですと、梨花さまが替わられたという話で……」 「……梨花? 何であいつが……」    嫌な感覚を振り払えず、すぐさま梨花の部屋に向かった。 「梨花……」 「……俊……おかえりなさい」  振り向いた梨花の表情が緊張する。  もう、確信だった。 「真奈をどこかに連れ出したのか?」 「…………出たがってたから」 「どこだ?」 「知らない」  逸らした視線に、この上なく苛ついて、近づくと梨花の腕を掴んだ。 「……梨花。いますぐ言わないと……ただじゃおかない」  梨花にこんな言葉をぶつけたのは、多分、生まれて初めてだった。  幼い頃からよく一緒に過ごした。梨花は可愛いと思える存在だったし、関係をもってからも、比較的優しく接してきたとも思う。  咄嗟に出た自分の言葉に、自らも驚いたけれど、梨花も相当驚いたようで、信じられないという目で、オレを見上げた。 「……っ……知らないわよ…… どこに行ったかなんて……」 「……どういう事だ? あいつを連れ出したんじゃないのか?」 「……ッ……だって、ここから出たいって言ってたわ! あたしもここにあんな人、居て欲しくなかった、だから出してあげたのよ……!」 「……梨花、お前……」 「あんな……俊を嫌がってる、しかも男なんかいらないでしょ? いいじゃない、別に!」 「どこまで一緒に行ったんだ? 真奈は大丈夫だったのかよ?」 「きゃ……」 「若!」  腕を掴む手に自然と力がこもり、梨花が短く悲鳴を上げた瞬間、和義が間に入って、止めた。 「……ッ……」  和義は、オレの視線に、静かに首を振った。 「……ッ知らないわよ……出たいって言うから、お金あげて出ていってもらっただけだもの!!」  梨花がそう叫んで泣き出して、和義が静かにそれをなだめ始める。  それを横目に、梨花の部屋を出た。  梨花を見ていたら、何を言うか、自分でも分からなかった。  ……部屋の外に出て、和義が出てくるのを、ただ、待つ。  しばらくして出てきた和義は、オレに、こう言った。 「……どうやら何でも屋みたいな連中を人づてに頼んだらしいです……数人に紛れ込ませて車に乗せて連れ出した後は、真奈さんの好きな所で下ろすように伝えたらしく、場所は分からないし、その頼んだ人間も直接は知らないので連絡も取れないし……取る気もないと、泣いてらっしゃいます」 「……ッ……」   男だったら殴り倒してるとこ、なのに。  ぎり、と唇を噛みしめて、オレは拳を握り締めた。 「……和義、屋敷を出た車のナンバーから、持ち主が、分かるよな」 「偽造のナンバーでなければ良いんですが……とにかく調べてきます」    和義は早足で歩いていった。  梨花の部屋のドアを開ける。  ドアのところで立ったまま、こちらを振り返った梨花を見下ろす。   「はっきり言っておく。真奈が戻ろうとこのまま居なくなろうと……どっちにしても、お前とそういう関係になるつもりはない。……明日、家に帰れ。分かったか?」 「――――……」  梨花は、唇を噛みしめて、オレを見ている。 「いいな?」 「……」  頷いたのか俯いたのか、判別はできなかったが。  オレは、その場を離れた。  

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