81 / 136

19.「運命を」*真奈

  「俊輔」    部屋を出た、凌馬さんの声が聞こえた。     「凌馬、真奈――――……」 「ああ……俊輔、先に一つ言っとく」 「あ?」 「……さっきの電話、嘘」    その後、結構長い沈黙があった。静かな声で話してるのかなと思って、少し耳をドアの方に向けた瞬間。   「何が……どれが……?」  俊輔の声が普通に聞こえた。  ……ということは、今までずっと、呆けて黙ってた、ていうこと……かな。  うう。……そりゃそうだよね、どれが嘘って……なるよね。…………怖い。  オレがこっちで怯えているのに、凌馬さんはけろっとした口調で。 「拾ったのはほんと。絡まれてたっつーのも下の奴の話だとほんとらしい。んでその後、倒れてたのも、意識がほとんど無かったのも、手首が血だらけだったのも、熱がすっげえあって立てねえのもほんと」   「……じゃあ……」 「男にヤラれた、っつーとこだけは嘘」   「何でそんな嘘――――……」    会話は丸聞こえで、オレはとにかくビクビクしながら、身を竦めていた。  俊輔が凌馬さんに詰め寄ったと思われる、その次の瞬間。    何だかものすごい音がして、何かが壁に激突したような、音。   「……にしやがる!」 「それはこっちのセリフだ!」      少し声が遠ざかって――――…… 物音と、怒鳴り合う、声。    喧嘩……ていうか、今もしかして殴られたのって、まさか。    俊輔が詰め寄った瞬間の行為なのだから、普通に考えて、凌馬さんが殴られたとしか、思えない。    迷惑かけてるのに この上そんな。殴られるなら、逃げたオレなんじゃないの……。  ソファから起き上がり懸命に立とうと試み、少し歩いたけれど、情けなくもまた膝から力が抜けてしまった。    全部オレが勝手に逆らって、勝手に逃げてきた事が原因だから……凌馬さんに迷惑はかけちゃいけないのに。     「――――……ッ……」    狭い部屋は、あと数歩進めばドアが開けられる。  手をついて立ち上がって、そのまま一歩二歩、前へ進もうとするのだけれど、それすら、満足に出来ない。    熱のせいなのか、それとも違う理由なのか、もう何なのか分からないけれど、とにかく力が入らない。  オレが一人で懸命に進もうと藻掻いている間、嫌に外は静かだった。    異様な静けさに、ますます焦りながら、やっとドアノブに触れようと手を伸ばした瞬間。  そのドアが向こう側から開かれた。   「おっと……真奈ちゃん?」    支えられて、凌馬さんの落ち着いた声が上から降ってきた。  扉の少し手前で支えたオレを見下ろして、凌馬さんは目を丸くしていた。   「どした?」 「凌馬さん、 あの……?」    その顔を見上げて、オレはきょとんと、口を閉ざした。    あれ? ……殴られてない??  思わず首を傾げていたオレに、凌馬さんは、ああ、と気付いたようで、笑った。 「殴ったのはオレ。 少し位痛い思いさせねえとな」  はは、と笑いながら、凌馬さんは後ろを振り返る。それから、オレを半ば引きずるような感じで、ソファに戻して、布団をかけた。  そして、少し、凌馬さんが体をずらすと。  うしろに居る俊輔が見えた。俊輔は、オレから視線を逸らしていて。目は合わなかったけれど。  その姿を見て、条件反射のように、びく、と体が震えた。     「大丈夫だよ、こいつ。もう落ち着いてるから」  凌馬さんが、そう言うけど。怖い。 「とりあえずオレは一回出る。すぐそこに居っから。……大丈夫だよな?」  凌馬さんが俊輔に聞いて、俊輔が頷いたのが見えた。 「少し話してやって」  凌馬さんはオレに笑い掛けると、部屋を出て、ドアを閉めてしまった。   「――――……」  部屋の中が、シン、と静まり返る。    今この世で一番怖い人間と。  ……何で二人きりにならなきゃいけないんだろうと、運命を呪いながら。      オレは、片手で、もう片方の腕を、ぎゅ、と握った。

ともだちにシェアしよう!