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24.「いらない訳がない」*俊輔

     監視カメラの映像から、車のナンバーは割れて、和義が調べ上げたその持ち主の連絡先。けれど連絡がつかず、実際その人間が真奈を連れ出した本人なのかすら、分からない状態だった。盗難車だったらもはや分からないかもしれない。   「……」    真奈が、この屋敷に、居ない。     怒りという感情は不思議と沸いてこない。  どんなひどいことをしたのか、自分でも分かってる。  今まで何とか我慢してきた真奈が、耐えられなくなったって、文句は言えない。けれど。    ……よりによって、あんな体調の時に。    どこまであの車で行ったのか分からない上、その後どこへ向かうか、全く見当も付かない。  多分、友達の所には頼らないだろうし、前の家にも戻らない。そうでないと見つかること位分かるだろう。と言うことは、真奈自身ですら、自分の行き先が決まっていないかもしれない。     そんな人間の、行く先を見つけるなんて……出来るんだろうか。  闇雲に外を駆け回ることも無意味だ。     しかも。一番の気がかりは、無事なのかということ。    どこかで倒れていたりしていないか。  そもそも、連れ出された連中に乱暴されたりはしていないか。……梨花がそこまでやらせるとは思えないけれど、どうせロクでもない連中だろう。何をするかなんて分からないと、嫌な考えすらよぎってしまう。   「とにかく車の持ち主の住所を直接あたらせてきます。それから近辺のホテルに宿泊してないか、調べさせます」    言って、和義が部屋を出ていった。  何も出来ることもないのに、座っていられず、窓から外を見上げる。    外はもう真っ暗だった。    ホテルに居るなら、それで良い。  とりあえず今、真奈が無事で居るなら、どこに居ても良い。   「……真奈 …… 」    あの夜までは、必ずこの部屋に、その姿があったのに。  その存在が、ここに無いというそれだけなのに。どうして、こんなに胸が、痛むのか。   「……」    その時。  ポケットのスマホが不意に震えた。名前を見ると、凌馬から。    今は、何の話をする気分にもなれず、鳴り続けるのを無視していると、切れた。  けれど、すぐにもう一度、鳴り始める。    「っ……」     苛ついて、電話に出た。    『あぁ、しゅんす……』 「取込中」    言うだけ言って、ぷち、と通話を切る。  他の奴ならいざ知らず、凌馬ならそれで分かる。何かしらあったんだと察するはず。  ……そう思った数秒後。再びスマホが鳴り始めた。   「取込中だって言ってん……」  電話に出て、こっちが声を荒げたのにかぶせるように。   『真奈ちゃんのことだが、切っていーんだな!』  そう凌馬が声を荒くした。   「……は?……」    真奈?  ……今、真奈のこと、っつったか……?   「……凌馬……今なんつった?」 『……真奈ちゃんの話だ。それでも切るか?』   「真奈の話……何だよ?」   『拾ってきてて、今一緒に居る』 「……何……」    思いも掛けなかった、凌馬の言葉。  何を聞くべきか戸惑っている間に、和義が部屋に戻って来た。   「若?」 「……ああ……凌馬、だ。真奈が……」 「真奈さんが?」    和義の顔を見たまま。  思いつくまま、オレは言葉を吐いた。   「真奈がそこに居るのか?」 『ああ。今、ソファに寝かせてる』 「凌馬、今どこに居る? 今すぐそこに……」   『……俊輔』 「……」    凌馬の声が妙に神妙で。一瞬黙るしかなかった。  すると。    『……拾ったは拾ったけど…… あんまり無事じゃねえよ?』 「何……」   『下の奴が倒れてるとこ見つけてきたんだけどよ。多分元々具合悪いとこ……乱暴されたみてえだな』 「……乱暴?」    何だよ、その、曖昧な言葉は。  ……嫌な予感に、背筋が凍る。   『……犯されたみてえでな……血と精液まみれで意識ないとこを一応拾ってはきたけど……正直一目見た時は死にかけてんのかと思った位。熱もひでえし』 「――――……」    ぐらり、と目眩がした。   「若……?」    和義が目の前で少し眉を顰めた。   『……どうする? 他の男にヤられた男なんか、もういらねえか?』 「……いらない……?」   『ああ。俊輔がいらないってんなら、こんなとこで会ったのも何かの縁だ。……とりあえずあの子が元気になるまでは面倒見てやるけど?』    凌馬の言葉に、一瞬で、いらない訳がない、と思った。  真奈は、今どんな状態なのか。  もともと傷つけてたのに、この上、どれだけ……。  傷もだが、気持ちの方が心配だった。    それから……あんなことをして、結果的にこんなことを引き起こした、自分への怒りと。  真奈にそんなことをした見知らぬ奴らへの、憎悪。    色んな物が一気に込み上げて、収集がつかない。  胸が張り裂けそうに苦しくなる。初めての感覚。  けれど、とりあえず、最初にやらなければならないひとつのことを、すぐに口にした。   「……すぐ、迎えに行く」 『……』    爆発しそうな、たくさんの想いを必死に堪えたまま、そう告げると、凌馬からの返事はなかった。  けれど、続けた。   「……すぐ迎えに行くから。それまで、真奈のこと頼む」 『……へえ……』   「……何だよ?」 『お前が頼む、なんて言うの……すげえ、珍しい。分かった、お前が来るまで、大事に預かる』 「ああ。 ……凌馬、今どこだ? すぐに行く」     和義に目を向けると、和義は、車を回してくると言い残して足早に部屋を出ていった。  溜まり場の喫茶店と聞いて、すぐに頷く。   「すぐ行く」 『あ、待て待て! お前慌てすぎて、バイク飛ばしてくんなよ? 事故ったらしゃれんなんねえからな』 「……和義の車で行く」 『ならいい。待ってる』 「ああ」  頷くと、スマホを切って、玄関へと急いだ。

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