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23.「もう少し」*真奈

    オレが助手席の後ろに移動すると、俊輔も乗り込んでくる。 「和義、さっきの全部嘘だった。凌馬は、倒れてる真奈を見つけただけだって」   そう言った俊輔に、振り返った西条さんが、ほっとしたように笑んだ。   「真奈さん、具合は大丈夫ですか?」 「……西条さん……すみません」    ものすごく恐縮して、謝罪の言葉を口にすると。   「私に謝る事はないですよ。ご無事で良かったです」    穏やかな声で言って微笑んで見せてから、西条さんは前を向いてハンドルを握った。運転を始めたので、オレはそれ以上は話しかけられないまま、俯く。    「――――……」    座り心地が良すぎるくらいの背もたれに、埋まっていたけれど。   車が走り出してすぐに、俊輔に腕を掴まれた。    「……?」    そのまま背を付ける形に、引き寄せられる。ゆっくり横にさせられて、思わず俊輔を見上げた。   「……横になってた方が楽だろ……?」    俊輔が言ったその後、信号で車を止めた西条さんがほんの少しだけ振り向いた。    「若、後ろに毛布があります」 「ああ」    西条さんの声に返事をして、俊輔は腕を伸ばして毛布を手に取ると、オレの上にふわりと掛けた。   「……あり がと……」    言った言葉に返事はなかったけど、そのまま、する、と頬に触れられた。   「……他の奴にヤラれたなんて凌馬が言うから……」    それきり黙ってしまった俊輔に、何とも返事が出来ないまま、暖かい感覚にぼんやりしていると。   「……絶対、見つけだして始末してやるつもりだったんだけどな」 「……あの……冗談でも…… 怖いんだけど……」    思わず言うと、俊輔は、オレを見下ろして、ふ、と笑った。    「別に冗談じゃねえけど」 「だから……怖いってば……」  言うと、俊輔は、ふ、と笑んで。  無事だったからしねえよ、と言った。  ……無事じゃなかったら何したんだろう。  …………よかった、オレ、無事で。なんて思ってしまった。 「…………」    さっきは、謝ってくれたりして、ちょっとだけ殊勝な感じだったのに。  いつものこんな感じかと思うと……なんか…………可笑しいって変かな。  ……でも俊輔らしくて。ずっとあのままだと気持ち悪いし。   「そういやお前、逃げ出すのに、何の荷物も持ってねえのか?」 「――――……」    うん、と頷くと、俊輔が少し呆れたような顔をした。  だって、特別何も必要なかったし。そんな時間もなかったし。  お金借りたから、もう全部買えばいいやと思ったし。  ……まあそれに、あまり、細かいことまで考えていなかったし。    ……あ、そうだ、お金のこと俊輔に……言っていいのかな。  そう思った時、ちょうど俊輔も同じことを思ったみたいだった。   「梨花から金渡されたんだって?」 「……」  ……聞いてたんだ。……てことは。  ……どんな話になってるんだろう。俊輔は全部知ってるってことかな。  まあ、でも、そっか、梨花以外に、オレがあそこから出れるはず、ないから、知ってるんだ。  一人で納得してると。 「これに入ってるのか?」    俊輔が近くに置いてた鞄を手に取る。 「うん。オレが家を出るならって、持たせてくれたんだけど……」  少し体を起こして通帳等を取り出してから、俊輔に渡して良いものなのか悩んでいると。   「……これは預かる」 「……ぅん」   「あとで返しておく」 「……ん」  頷きながらも、少しため息。    これ、返したら――――…… 激怒するんじゃないかな……。  なんか……さすが親戚……というのか。何か、少し似てる気がする……。    そんな風に考えて、ふ、と短い息をついた時。   「梨花は、明日には家に帰らせる」 「……」   「気にするな」    ……気にするなって言われても。  あれだけ嫌がられて変態呼ばわりされて、しかも逃げたその日の内に舞い戻って……なんて、とても顔を合わせられない。というか、できればもう二度と会いたくないし、気にするなって……無理なんだけど……。   「……真奈、ちゃんと横になってろ」 「――――……」    また少し引っ張り寄せられて、俊輔に寄りかかって座っているというよりは、ほとんど、膝枕されてるみたいな形になってしまった。     こんなに立てなかったり、傷が痛かったり、とにかく具合が悪いのも。  ……梨花のこと、だって。    ……全部、この人が原因なのにな……。     俊輔の顔を見上げて、そんな風にも、思う。     だけど。  ……だけど。    何だか、伝わってくる俊輔の体温が、暖かくて。  横になったままの目に映る外の明かりを、ただぼんやりと、何となくあったかい気持ちで、眺めていた。    すると、俊輔の手が、さらさらと、前髪を掻き上げて、そのまま頭を、すう、と撫でた。    「……熱高いし、寝てろ…… 着いたらベッドまで連れてく」 「……うん……」      素直に頷いて、瞳を伏せた。     ……今回の件でいっぱい色々なこと、思ったけど。  今オレが、ここまできて、結局思ってるのは……。       オレにとって、俊輔は――――……たくさん酷いことされてきたのに……でもやっぱり。  単なる「極悪非道の鬼畜の変態」とかじゃなくて。    憎んでも居ないし、大嫌いだとも、思えないでいる、ということと。      俊輔は、オレのこと。少しは大事に思ってくれてるんじゃないか、ということ。  ……こんな人が、あんな風に謝ってくれる、位には。         それから。もう少し、俊輔のことを知りたいなとか。  もう少し、話せるようになるといいなとか、思ってるオレが、居るみたいって、こと、かな……。        そんなことを思いながら。  いつの間にか、眠ってしまっていた。

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