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23.「じわじわと」*真奈

 バスルームに、服着たまま二人。  思えば、ここに来てから、しばらくは、俊輔の帰りはすごく遅かった。  大体オレは先に寝ていて、遅く帰ってきた俊輔に起こされて抱かれてた。それでそのまま寝ちゃって朝シャワーを浴びるか、もし寝ないで済んだら俊輔の後で浴びに行くか。朝起きたら、俊輔は居ないし。ごはんだって、一緒に食べたこと無かったし。  という感じだったので、服着たままでここに一緒に来て、一緒に入るとか、全然慣れてない。  先に脱がない方がいいのかな。一人で裸になってたらバカみたい? 俊輔の脱ぐスピードに合わせて……?? むしろ俊輔が先に入ってもらって、オレ、あとからゆっくりが良いような……。 「真奈」  俊輔に呼ばれた瞬間、 咄嗟に、びくっと体が震えてしまった。 「――――……」  俊輔は無言で、多分オレを見てる。  多分っていうのは、オレが、俊輔の方を見れないから。  たかが名前呼ばれた位で、こんなにビクついて、うざいよね。嫌だよね。  ていうか、今のは、オレだって嫌だと思う。  人の名前を普通に呼びかけて、あんなビクつかれ方したら、怒るよね。  何て言われて怒られるんだろう……。  そう思って、俯いていると。  腕を取られて、俊輔の方を向かされた。その触れ方が優しかったので、恐る恐る俊輔を見上げると。  ちょっと、ムッとした口元ではあったけれど、怒ってる感じでは、無かった。  ……どうしようかな、と少し俯く。  謝った方がいいかな。でもビクついてごめんって……なんかそれもどうかと……。 「――――……真奈」  また呼ばれる。今度は、ビクつかずに済んでよかった、なんて思いながら、俊輔と視線を合わせると。 「そんなにビクビクすんな」  思ってるよりずっと、優しい声で、俊輔はそう言った。  オレのシャツのボタンに指をかけて、ぷち、と外す。  一つずつ外し終えると、俊輔は、オレをまっすぐ見下ろした。 「真奈を迎えに行った時も、言ったけどな」 「……?」  見つめ返すと、俊輔は、ふー、と息をついてから。  そっと、オレの頬に、触れた。 「あの時、怖かったのは分かる。すげえ泣いてたし。……途中で、気付いてたのに、止めてやれなくて、マジで悪かった」 「――――……」  瞬きが増えるのが分かる。  怒られるどころか。……謝られた。なんかこないだも驚いたけど、それよりももっと、すごくちゃんと。  ……正直もう、どうしたらいいのか。何て答えよう、と思っていると。 「分かったことが、あるんだ」 「……?」  分かったこと?  何だろう。分かったこと。 「お前が、辛そうにしてると……痛い、というか……なんだかよく分からないが」 「え」  痛い……??  誰が……って、俊輔が?? 「お前が泣いてたり、苦しそうだと、オレが痛いというか……自分が殴られてた方が全然マシだと思ってた」 「――――……」 「凌馬がついた嘘が本当だったら、犯人、死ぬより辛い目に合わせてたと思う」  …………それは怖い。  けど。  ……オレが痛いと、俊輔も痛いって……。なんかそれって。  ……そんなに、オレのこと、大事に思ってくれてるのかなって。……ほんとにそういう意味なのかな?  またパチパチ、瞬きをしてしまう。  これ聞いたら、怒られるかな……。  俊輔を見つめて、聞いてもいいか考えていると。   「オレ、お前にひどいことは絶対にしないから」 「――――……」 「そんなに、怯えなくていい」  オレは、ここで言われた言葉に、ほとんどまともに答えられていないんだけど。  どんどん話を進めていった俊輔は、全部言い終えると「ただ、今はまだ怖いだろうから、怯えててもいいけどな」と言って苦笑を浮かべた。  俊輔の言葉が、なんだか、じわじわと、心の中に広がっていくような。  それで、なんだかそれが嬉しいような。  オレは、小さく。  ……でも、ちゃんと、頷いて見せた。    

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