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27.「心臓の音」*真奈

 ホットミルクを受け取って、ゆっくり飲む反対側のソファで、俊輔がコーヒーを飲んでいる。  ……甘くておいしい。ほっとする。やっぱりこれで良かったかも。なんか俊輔の口から、ホットミルクなんて出ると、それだけで不思議な気がする。飲むのかな、ホットミルク。  つい、じっと見てしまっていると、俊輔がふっとオレに視線を合わせた。  「なんだよ?」と聞かれて、「ホットミルク、飲む?」と聞くと、少し考えて、ガキの頃、飲んでた、と答えてくれた。  ……ガキの頃。  俊輔にもガキの頃があるのか。……って咄嗟に思ってしまうんだけど、そんなの当たり前じゃんね。オレ、ほんとに俊輔を何だと思ってるんだろう。咄嗟に出てくる自分の考えが、時たま本当に、変だ。  ……なんか今の俊輔のこの感じのところまで、そのままとびこえて来てるイメージがあるのかな。可愛かった子供時代とか、全然想像できないし。 「――――飲んだら、ベッドに入れよ」 「……ん」 「眠そうな顔してる」 「うん……」  確かに、眠い。……たかが一日、しかも送迎付きで大学に行っただけで、こんな時間から、すごく眠いって。体力、落ちすぎだよね、オレ。  色々片付けて部屋に戻ってきた西条さんに、ごちそうさまでした、というと、マグカップを受け取ってくれる。 「もうおやすみになった方が良いかもしれないですね」 「……なんか……弱すぎてすみません」  思わずそう言うと、西条さんはクスッと笑って、いえいえ、と言う。  二人から離れて洗面所で歯を磨いて、トイレをすませて戻ると、部屋の電気が少し暗くて柔らかい、オレンジ色に変わっていた。  俊輔はまだコーヒーを飲んでいたので、「おやすみなさい」と一応声をかける。おやすみを言うのすら、なんか変かなと考えてしまうけど、言うしかないよね、と思って、もう西条さんに救いを求めながら、そう言うと。 「おやすみなさい。真奈さん」  と、ちゃんと答えてくれて、ほっとする。俊輔は答えてくれなくてデフォルト……っていうか、今までは、挨拶なんてしてないもんなぁ、と。  ……母さんとは、そういう挨拶は、ほんと欠かさずしてたんだけど。普通はしないものなのかすら、オレには分からない。 「和義、もうさがっていい」  俊輔がそう言って、立ち上がる。 「若もおやすみになるんですか?」 「まだ寝はしない」  言いながら、俊輔がオレの肩に触れて、寝室の方向に軽く押した。すると、西条さんは、ふ、と微笑んで、おやすみなさいませ、と言った。食器を持って、出ていく気配を後ろに感じながら、一緒に寝室に入った。  えっと……寝ないって言ってて……。  ……あ、もしかして、そういうこと、だったりする……? 眠い、んだけど……。  スタンドライトの小さな明かりだけつけて、俊輔が先にベッドに入る。オレもその隣に座ると、腕を引かれて、引き寄せられて、そのままベッドに横たわった。 「――――ゆっくり寝ろよ」 「――――……」  軽く抱き締められたまま、そんな風に囁くように言う俊輔。  ……何も、する気は、無さそうと、分かる。  ――――……なんだろうこれ……。  寝かしつけに、来てる、みたい……。  …………みたいじゃなくて、寝かしつけ……??  オレのこと、いくつだと、思ってるんだろうか……。  何なんだろう……。  むしろ、俊輔にこうされてる方が、寝づらいし。眠りにくいし。  そう思うのだけれど、すぐにあくびが、ふわ、と浮かぶ。 「――――……」  ふ、と笑った気配がして、さら、と髪を撫でられる。  ――――……とく、とく、と、俊輔の心臓の音、聞こえる。  そう思ったすぐあと。  眠気に耐えられなくなって、すぐ、何も考えられなくなった。   

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