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44.「瑛貴さん」*真奈
夕方までは、一人の部屋で、レポートをしていた。集中してる時間は余計なことは考えずにいられて良かったのだけれど。
ノックの音で集中が途切れた。振り返って「はい」と声を出すと、「真奈さん、失礼します」と西条さんの声。
「夕食を、若の部屋に用意してますので――きりがいいところで来るように、とのことです」
「今じゃなくていいんですか?」
「お二人は飲んでますから。真奈さんはレポートの調子次第で、とおっしゃってましたよ」
「分かりました……あの、西条さん」
「はい?」
出ていこうとしていた西条さんが振り返る。
「俊輔って、結局オレのことは話してなさそう、ですか?」
「そう、だと思います。ずっと瑛貴さんと居るので、私もちゃんと話せてはいないんですが」
西条さんは、ふ、と微笑んだ。
「真奈さんは、普通にお食事をして、またレポートを口実にすぐ戻って頂いていいですからね」
「……そうします」
少ししてから、俊輔の部屋を訪ねると。部屋には音楽を掛けてて、二人は隣同士で座ってた。オレが入ると、「おー、来た来た、真奈くん。一緒にどう?」とご機嫌。
……ん、結構飲んでるな。ていうか、ここ二人は何でお隣同士……。まあ多分、隣に座ったのは瀬戸さんなんだろうなと思うけど。
俊輔は平気そう。普通の顔して、そこ座れよ、と、俊輔の向かい側を視線で合図される。
「真奈くん、レポートどう? 進んだ?」
「まあ少しは――食べたらまた続きやります」
「偉いねぇ、真奈くん」
クスクス笑う瀬戸さん。
楽しそうではあるけれど、別にめちゃくちゃ酔ってるというわけではなくて。さっきまでは涼しい顔だったのが、ちょっとニコニコしてる、くらいかな。
「つか、瑛貴、飲みすぎんなよ」
「はいはい。てかオレ、潰れたことなんかないけどね? いいじゃんか、俊輔と飲むのも、久しぶりだしさ」
俊輔は明らかに、ため息ついてるけど。
でもすぐオレを見て、言った。
「好きなのつまんでいいぞ。他に食べたいものあったら、和義に頼めよ」
「あ、うん」
テーブルの上には、お酒のつまみになりそうなものがたくさん。
「たくさんあるから大丈夫」
「ごはんとみそ汁だけいるか?」
「あ、うん」
頷くと、俊輔が電話で西条さんに頼んでくれてる。
その横で、「オレ、俊輔が世話やくみたいなの初めて見たけど」と、瀬戸さんが驚いた顔してコソコソ言って、オレを見つめてくる。
「君は何者??」
……何者って、聞かれても……。一瞬で最大限困っていると。
「……あ? 何?」
すぐに電話を切った俊輔が、何か察知して、瀬戸さんをちょっと睨んでる。
「いや、別に……」
クスクス笑って、瀬戸さんは少し乗り出してきてた体を起こした。
――何者か。……オレが聞きたいけど。
すぐに西条さんが来て、お米とお味噌汁を置いてくれる。
「ありがとうございます」
「他に食べたい物があったら言ってくださいね」
「大丈夫です。全部おいしそうなので」
そう言うと、西条さんが、ふ、と微笑む。
「――というか、西条さんもそんな感じ……」
ふーん、と瀬戸さんは一人納得したように頷いて、クスクス笑う。
「お前、なんかうるさい」
「まあまあ。真奈くんが可愛がられてるっていうのは、分かった。……まあ、確かに、可愛いよね。そういえば、オレもついついレポート手伝ってあげちゃったし」
「あ。ありがとうございます。瀬戸さんのおかげで、あれは終わりました」
まともに話せる唯一の話題な気がして、そっちに食いついてお礼を言うと、ん、と笑う。
「瑛貴、でいいよ、真奈くん」
え、と思って、俊輔を見ると、俊輔はちょっと眉を顰めたけれど、小さく頷いてる。
「瑛貴さん、でいいんですか?」
「いいよ。ていうか、何でそれ、俊輔を見て、了解得るの?」
そんな風に言って笑うその横で、なんか西条さんが苦笑してるのが見えて、ちょっと複雑。
「――お前マジでうるさい」
「何でだよ。だって不思議でしょそこ」
「瑛貴が年上だから、真奈はいいのって思ったんだろ」
「俊輔だって、完全に呼び捨てというか、偉そうだろ」
「ガキん時からだし」
「まあいいけど」
クッと笑いながら、オレに、「瑛貴でいいからね」と言ってくるので、一応頷いた。
瀬戸さん――瑛貴さん、と、最初会った時は、なんかちょっと怖そうだったけど、あれは、オレのこと、誰? って訝しんでたからなのかな。飲んでるのもあるかもだけど、今はすごく普通に話してて普通に笑う。
――でもなんか、やっぱり鋭そうだから。
気を付けよ。早く食べて、レポートしにいこ。良かった、今だけは、レポートがあって。なんて思ってしまう。
(2024/11/6)
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