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狼は棄てられた

「好きな人が出来たんだ」  アーシュが言う。  小さな身体が大好きだった。  まん丸な黒目がちの大きな瞳。  小さな鼻に大きな口。  茶色くて柔らかい髪。大きなつんと立った耳も。  我侭で、怒りん坊で、いつも何かに腹を立てていた。  だけど、どんくさい俺の面倒を見てくれた。  何をすればいいか、何処へ行けばいいか教えてくれた。 『ロー!教科書持って!』 『ロー!お茶の準備して!』  可愛い口で言われる度、嬉しくて、喜んで貰おうと必死だった。  とんでもない事をしでかして、故郷に居辛くなった俺をヒトの国の学園に入ろうと誘ってくれたのもアーシュだった。  体術馬鹿で、他に何も出来ない俺なのに。 『学園都市に行って修行すれば、ローなら絶対、王国の騎士団に入れるって!  それで、出世したら、ボクを養ってね?』  そう言われて、一も二もなく頷いた。すごく心細い思いをしていたから、俺は嬉しくて嬉しくて。  学園では特待生になると、手当が出るからと、体術に磨きをかけて、入学の試験では体術の首席で入学した。 『ロー!すごいじゃん!!  首席は一軒家貸与なんだっけ?  ……ボクそこに住みたいな』  アーシュにそう言われて、とても嬉しかった。  恋人同士のように暮らせるんじゃないかと舞い上がって。  だけど、指一本触れさせはしてくれなかった。  ……当然だけど。 『ローはボクの番犬だよね。頼りにしてるよ』  あれは、アーシュにつきまとっていた、魔法部の同級生を脅しつけた時だったか。  アーシュから金をまきあげられたとか言うから、締め上げてやった時、アーシュにそう言われて、死ぬかと思うくらい嬉しかった。  そんな風に暮らしていれば、いつか好きになって貰えると思っていたんだ。大事にしていたんだ。 ** ** ** 「先輩、貴族なんだ。 先輩のとこに行けば、ボクは一生ラクして生きられる。 ボクに苦労なんて似合わないでしょ?」  アーシュはそう言いながら、荷物を詰める。オレの手当で買った洋服や魔法道具。  俺はおろおろしながら部屋の中を動き回るアーシュを見ていた。  どうやって引き留めればいいんだろう。  アーシュが杖をかばんに詰め込むのを見た。  アーシュは物凄い才能がある。  俺達狼族は体術馬鹿が多いのに、魔法が使えるんだ。  回復魔法も使えて、オレの傷は一週間くらいで治る。  可愛い声で間違えながら呪文を言う姿はとても可愛くて、最後に杖でぽこんと頭を叩かれたりする。  その姿を見ると術が発動してるかどうかなんて、どうでも良くなってしまう。  だって、俺はオオカミ族で、治りは早いんだし。ヒトの国では格段に強い方なのだから、手を抜いてわざと怪我をしなければ、ほとんど怪我なんかしないんだ。 「あ、相手は男なんだろ?俺だって……いいじゃないか」  荷物を詰めるアーシュの背中に思い切って言ってみる。 「ロー??ありえなーい!」  アーシュは思い切り笑う。 「アンタ貧乏じゃない?  田舎から連れ出してくれたのは感謝してるけど。  今は主席で将来有望なのかもしれないけど、かも、な話でさ、今は何の力もないわけでしょ?  どんくさくて、指示待ちばっかで他人の言いなりじゃね〜。  ……期待薄だよね」 「愛してるんだ」 差し伸べた手をアーシュは叩き落とす。 「うわ。キモ」  俺は涙を浮かべながら、アーシュの足元に膝をついた。  嫌そうにアーシュが後ろに下がった。 「俺を捨てるのか??  こ、こんなに尽くして来たのに!」 「尽くす。ねえ。  まあ、いい番犬だったけど、もういらないかなあ」  首を傾げてアーシュが言う。  俺の頬を大粒の涙が零れ落ちて行く。  それを見ると、アーシュは楽しそうに鈴を鳴らすような声で笑った。 「バイバイ、ロー!」  アーシュが出て行くと、俺の心は粉々になった。  大好きなアーシュ。  本当に愛してた。  今は少なくなってしまった、オオカミ族の仲間。  例え男であっても、俺の伴侶はアーシュしかいないと思っていた。  アーシュが一人で寝ていたベッドに潜り込むと、アーシュの匂いがする。ショックすぎて、大声で泣くことすら出来ない。 『ロー!』  用事をいいつけられる時の声。  もう……聴けないんだ。  俺は捨てられたんだ。

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