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狼は混乱する(2)
ローの手が気を纏ったままの手のひらを足首から腰へと這わせて行く。焼かれるような刺激に耐え切れずにローを呼んだ。
「ロー、ロー……」
激しい快感が怖くて、じわりと視界が歪む。輝く瞳がわたしを見下ろしてまた身体を撫でる。
「あ、ああっ……あっああ……」
わたしはたまらずに腕を伸ばした。震える指先がローに触れると、応えるように熱い身体が上に乗る。わたしへの欲望を示した身体が押しつけられて、波のように動いた。
「愛してる……ロー」
ローがわたしに欲情しているのが嬉しかった。例えそれに溺れて自分を見失っていたとしても、ローの身体を熱くしたのはこのわたしだ。唇を重ね、お互いの舌を味わった。欲望に曇った瞳をうっとりと眺める。
両手が身体のラインをなぞりながら降りて来て、指が下履きに触れて、引き降ろそうと乱暴に紐を引っ張る。
じれた息遣いに、腰をくねらせて脱ぐのを手伝おうとした。
ローが腕の中から消えたのと、パトリックが騒々しく部屋に入って来たのはどっちが早かったのだろう。
「メリー!大変……」
急に身体が軽くなって、腕の中にいたローがパトリックの側で脚を振り上げていた。後ろ向きから回転しながら鞭のように振り出された脚が、パトリックの首に向けて音もなく打ち降ろされた。
びっと足が掠る音を立てながら、間一髪でパトリックが後ろに飛びずさる。
ローは勢いのまま地面にしゃがみ込むと、獣のように唸り声をあげた。そして、そのままの体制から足を振り出すと足払いをした。
避ける事の出来なかったパトリックが倒れて、すかさずローが飛びかかる。
パトリックが両足を持ち上げると、ローの両肩を蹴って一撃を避けた。
飛ばされたローが両手をついてくるりと身体を回転させると、床の上にうずくまった。ぎらぎらと光る銀色の瞳は完全に正気を失っている。伏せられた耳、剥き出された歯の間から低い唸り声がする。
「何をした」
ローから目を離さずにパトリックが立ち上がる。乱れた濃い色の金の髪の下の青い瞳が怒りにすがめられる。
「狼に何をした……メリー!」
わたしの名を聞いた瞬間、ローの耳がくるりと回って前側に倒れる。
跳躍する身体がしなって、パトリックに打ちかかった。
「詠唱しろ!メリー!」
辛うじて一撃を避けたパトリックが叫ぶ。
はっとして、捕縛の呪文を詠唱し始める。ローの周りに魔法陣が展開する。
自分の周りに展開している魔方陣の光を一瞥すると、ゆらっと立ち上がったローが緩やかに片手をあげた。拳を握りしめて、高々と差し上げる。強い濃度の気が放出されて魔法陣が霧散した。
「キャンセルされた!」
「くそっ」
パトリックが悪態をつく。
「ロー!」
ピンとローの耳が立った。何かを探すようにローの頭が揺れる。
一瞬の隙をついて、パトリックが渾身の力で拳をローの顔に叩き込んだ。その激しい勢いに自分も苦痛の声を出してしまう。勢いに後ずさったローは倒れなかった。よろりと一瞬かしいだ身体が倒れることなく真っ直ぐになる。
ぶんと振られた頭がゆっくりとこちらを見た。その目はまだ狂気を宿している。凶暴な笑みがローの顔を歪めた。じりっと下がったパトリックに向かって避けようのない一撃が繰り出される。
わたしの体は勝手に動いていた。殴られたローの身を案じて駆け出した身体を、その攻撃の前に晒す。ローにパトリックを殺させるわけにはいかない。
寸前で攻撃は止まった。
だが、風圧でパトリックに向かって身体が飛ばされる。がつんと大きな音を立てて頭がパトリックの顎に刺さる。
「っい……たーい!」
痛みでぶるぶるっと全身の毛が逆立つ。追い討ちをかけるみたいにパトリックが握ったこぶしで刺さった部分をごつんと叩く。
「痛いのはこっちのセリフだ」
後ろから不機嫌そうな声が聞こえる。
ぶつけたとこ叩くとか鬼なの?あ、パトリック鬼だった。鬼!鬼!
荒い息が聞こえて、苦痛の声が聞こえた。腕をひっぱられて温かいローの腕に抱き寄せられる。動揺しきった手が全身をまさぐる。
「怪我は?」
「頭にパトリックが刺さった」
呻きながら頭を覆うとローが手をどけて頭を探った。腫れはじめた部分にローの息が触れて、慰めるようにキスをする。そのまま頬に手が降りて来て、今はもうぎらぎらしていない目がわたしの目を覗き込んだ。恐怖と混乱に満ちた銀色の目から涙が零れる。
「あなたを殺すところだった」
掠れ切った声で囁くと、ローが鼻をわたしの鼻にこすりつけてくる。これは確かオオカミ族の親愛を示す行動だ。くすぐったくて笑みが零れる。
「大丈夫、生きているよ?」
その言葉にローが安堵の息を吐いた。こつりと額同士がぶつかって、もう一度鼻が擦れあう。キスをして欲しくて、少し顔を傾けると意図を悟ったローがキスをしようと目を閉じる。
その時、後ろで咳払いが聞こえた。
「殺されそうになったのは、おれだがな。バカエルフ」
やっぱりパトリックは鬼だった。いや、馬か?鹿?蹴られるか?
「そもそも、ノックしてどうぞで入室しないお前が悪いと思うがね。パトリック」
わたしはパトリックをきっと睨んだ。ローの腕はわたしから離れない。はだけたわたしの胸にはっと気付いて、乱暴な扱いでぶらんぶらんになったガウンのボタンをぽちぽちと止めている。
「ドアノブに『この先18禁、立ち入り禁止』って札を下げておけ。まあ、入るがな」
「なんで入るんだよ!」
「風紀に反する」
にやりとパトリックが笑う。
「この男、最低だ」
フンとパトリックが鼻を鳴らす。
「いずれ、狼といちゃつく時は邪魔の入らない所でやれ。おれでなければ死んでいたぞ」
「すいませんでした」
ローが恥じ入るように小さい声で呟いた。
「メリドウェンの躾がなってないんだろうさ」
「もう帰れ!……ってか何しに来たの?」
その時、ぴくんとローの耳が立った。
一瞬の後、わたしもその音を聞いた。
力強く羽ばたく鳥の羽の音。一羽じゃない。群れだ。
パトリックが窓の外を見る。
「エルフの王と王子一行が、お前に面会に来るそうだ」
石つぶてをばら撒くように、広場に沢山のグリフォンが舞い降りる。
「最悪だ……」
真っ青になったわたしに、パトリックが爽やか青年風に笑いかける。
明らかにざまあみろだよね。面白がってるよね。
助けなきゃよかった……あのままローの拳をめり込ませておくべきだった……
もう、絶対助けるもんか!
ぐっと拳をにぎって心に誓った。
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