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狼は覚悟を決める(2)
なぜならば、最強は…………。
「祖先に火の妖精の名を刻み、その血を濃く継ぐと言われる私は、遠く妖精王の眷属なれば、喜んで狼の相手を勤めましょう。
──この国の最強の戦士、魔法剣士のルーカスが」
やはりか。
畏怖を駆り立てるように、また闘気が突き刺さる。
ルーカス王は俺と戦う事を望んでいる。その為に、ここにやって来て、事に介入した。
そしてその事に誰も疑問を持たない。
静かに鳥の巣に紛れ込んで獲物を狙う蛇のように、ルーカス王がこの場を支配し、自分の思うままに話を運んでしまった。
マーカラム師に準備を言いつけると、ルーカス王と妖精王が出て行って、その場に満ちていた剣呑な闘気が消えて、意識が飛びそうなほど緊張していたことに気がついた。
「どうしよう。パトリック」
怯える白薔薇の声に意識を集中しようとしたがうまく行かない。
「あの方がやると言って、止められる者はいない」
涙目の白薔薇をぼんやりと見詰めた。
「どうしよう」
ほっそりした身体が腕に飛び込んで来る。話をしなければならない。
「パトリック先輩」
縋り付く白薔薇を抱きしめて、立ち上がるとパトリック先輩を見る。
「俺はこの人に話があります。ここに護衛は必要ない。外に出ていてくれますか」
パトリック先輩が厳しい表情で俺を見ている。
俺はまだふらついてはいたが、平然とそれを受け止めた。
出て行け。邪魔をするな。心の中で牙を剥く俺にパトリック先輩は何も言わずに廊下に出て行く。
「何故……泣いているんです?」
震える白薔薇に聞く。
銀色の髪を美しく顔から払うと、溢れる涙を手のひらで頬からぬぐった。
「ルーカス陛下はローを殺す気だ」
オレは首を傾げて、水色の美しい目を見て微笑んだ。
「俺もそう思います」
「どうしよう」
白薔薇の瞳から涙がまた溢れる。
「殺す気で来ても、殺されるとは限りませんし」
「陛下は戦闘マニアなんだ。最初はそのつもりがなくても、相手が強いと本気になるんだよ。
ローは人とか殺したことないし、いつも本気では戦わないよね。
陛下はいくつか大きな戦に参加してて、どの戦いでも死体の山を築き上げてるような人なんだ。そういう戦いのなかで、最小限の力でどれだけ沢山殺せるかとか研究してたりとかさ。実力としてはローが強くても、戦闘のテクニックとか……」
「落ち着いて」
「死んじゃったらどうしよう。もう会えなくなったら。ローが側にいてくれるって、父上に言ってくれたのに。
キスもいっぱいしたいんだ。さっきしてくれたみたいな事もしたいし、それ以上の事もしたい。ローの全部が欲しいんだよ。
すごく、すっごく愛してるんだ。
なのに……」
銀色のさらさらの髪に指を通すと強引に唇を奪う。
美しい顔を見たままでゆっくりと唇を動かして、傷つかない様に軽く下唇を噛む。
刺激に喘いだ唇から、舌をねじ込み柔らかい舌に絡ませた。
甘い唾液を舐めとると、細い身体が震えて、かくんと力が抜ける。その身体を絡め取るように抱きしめて、頭を肩に乗せた。そして、小さな声で囁いた。
「メリー」
ぱっと顔があがって、うるんだ水色の瞳が俺を見る。
「そう呼んでもいいですか?」
白い頬に鮮やかに色が登る。
両手をぎゅっと胸の前で握り締めると、嬉しくて堪らないという様に微笑んだ。
「もちろんだよ……すごく嬉しい」
「パトリック先輩に叱られそうですが」
「あれは空気の読めない男だからね」
「話を……してもいいですか?」
「うん」
ベッドの上にメリーを座らせる。ちょこんと正座する姿は、最初に告白してきたメリーを思い出させた。ベッドのはじに座ると、その姿をじっと見る。
銀色の髪が陽を浴びてきらきらしている。涙で目の淵がちょっと赤くなった潤んだ温かい水のような水色の瞳。
愛しさがこみあげる。
この姿を……ずっと覚えておこう。
「愛しています。メリー」
ぱたりとメリーがベッドに倒れた。
慌てて抱き起こそうとすると、きゅ~と口から声が漏れて、真っ赤な顔のメリーの目が開いた。ぱくぱくと口が開いて、腕が首に回る。とんとんと背中を叩くと、動揺し切った声で話し始めた。
「ほ、ほ、ほほほ、ほほんとうに?」
「はい。愛しています」
そんなに動揺するなんて。なんて可愛らしいんだろう。ふふっと笑いながら細い身体を抱き寄せる。真っ赤になっている顔の鼻に鼻を擦り付けると軽くキスをした。
「わ、わわわたしだよね。え、えるふのメリドウェンで合ってるよね?」
完全に裏返った声で、きいきいとメリーが尋ねる。
目と目を合わせると、戸惑いも迷いもない声で囁いた。
「この腕の中にいるメリドウェンを愛しています」
「嬉しい。ああ、わたしも愛してる」
薔薇の匂いが漂って来る。幸せに輝く水色の瞳が誘うように揺れた。
「メリーが行ってしまうと思った時、俺の心は張り裂けそうでした。また捨てられて、一人ぼっちになるのだと思って。でもメリーは、父である王に立ち向かって俺の心を救ってくれた。
あなたも言っていましたよね?救ったものは自分のものなんだって。だから俺の心はメリーのものなんです。
それには、義務も忠誠も関係ない……わかりますか?」
「わかる。わかるよ」
「メリーが俺を伴侶と呼んでくれたのに、俺がはっきりしないから、あなたは俺が傍にあるとしか言えなくて、辛かったですよね。俺は……酷い男だ。
それに、メリーを愛しているのか、メリーの愛が好きなのかわからないとか言いましたよね。
その二つは分かち難いものだ。
だって、メリーは出会ったときから俺を愛していて、これから先も変わらないんですから。……だから、二つを分けて考えるだけ無駄だって気づいたんです」
オレは溜め息をつくと、詫びるようにそっとメリーの唇に唇を重ねた。
「────俺は本当に馬鹿で、メリーがこんな俺を愛しているなんて、全然信じられないです。
でも、何度見てもあなたの目は俺を愛しているって言うし、俺はそれを見るたび、もっと欲しくなって、俺のものだと思ってしまう。
だから、俺はもう言い訳をやめてあなたの愛に相応しい狼になると決めました。メリーには一番いいものが似合うと思うんです。俺が相応しくないなら、相応しくなればいいですよね。
だから、俺を愛してくれますか?
────どんなことがあっても離れないと思うくらいに」
「……うん…………うん」
ひくっひくっとメリーが息をする。顔が真っ赤だ。
「よかった」
俺は心底ほっとして微笑んだ。
その顔を見たメリーが、またぱたりと倒れる。
「そんな風に倒れるくらいなら、俺に抱きつけばいいのに」
はあはあと息をするメリーを抱き起こす。
「い、息が止まって。し、死ぬかと思った。わたしを黙らせるとか、ローすごいよ」
細い身体が俺に飛びついて来た。絹糸のような髪を撫でると、メリーが輝く瞳で俺の瞳を覗きこんだ。
「ああ!もう!すっごく、すっごく嬉しい!
ね、キスしていい?ってかするから!」
柔らかい唇が飢えたように重なって来る。甘い唇を味わいながら、ゆっくりと舌を絡めると、暖かいものが頬を濡らす。震える唇を離すと、目には大粒の涙が盛り上がって頬を伝っていた。ひっくとしゃくりあげる身体を息の止まるような思いで抱き締める。
「泣かないで」
次から次へと流れる涙を優しく拭う。
「どうして……泣いているのですか?」
「こ、こんなに愛しているのに!ろ、ローが死んじゃったらどうしよう……に、逃げる?グリフォン奪って……
わたしはローがいればいい!」
おろおろとして縋りつくメリーの背中を宥めるように撫でた。その髪の匂いを嗅ぎ、柔らかく漂う薔薇の香りを吸い込む。
駆け引きのかけらもない、ただ俺を思うが故の動揺に心が和らぐ。
────だが、俺は逃げることは出来ない。
「パトリック先輩がいますから、無理だと思いますよ。護衛であり見張りでしょうから。
それに、俺はあなたの誇りでありたいから、逃げるわけにはいかない。俺たちがずっと愛し合って暮らす為には、逃げるのではなく立ち向かう必要があるんです。だけど、俺は頭が良くないから、メリーに考えるのを手伝って欲しい」
はっと開いた目でメリーが俺を見る。ぱちぱちと瞬いた瞳が涙を振り切った。動揺していた瞳が力を取り戻す。その瞳は戦う意思を浮かべていた。細い指先がおれの指に絡みついて、ゆっくりと力強く頷いた。
「考えるよ……ローを守る為なら、いくらでも考える」
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