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白薔薇は対峙する(1)

 決戦の朝っていうのはこういうものかな。  ローに叩き起こされて、むにゃむにゃしながら服を着せられて、しっかりと襟巻きを巻かれた。その間、ローは、ああ、こんなに傷がついてとか、これじゃ見えてしまうとか、ぶつぶつ言っていたんだけど、その度に唇を差し出すとしっかりとキスをしてきた。  運ばれて来た食事を二人で食べて、それからまたキスをする。  時間が来ると、迎えがやって来て、二人で学校の闘技場へ向かった。闘技場の待合室でローの膝の上で作戦のおさらいをしながらいちゃいちゃキスをしていると、時間だと呼ばれて廊下をそぞろ歩く。 「メリー。絶対に油断しないで」  不安そうなローに微笑みかけると、ローはますます不安そうな顔をした。 「自分の役目はわかっているよ」  ローに抱きついてキスをして微笑んだ。  全身を撫でる気は、きっとローのお返しのキスなのだろう。名残惜しげな指先が離れると、昂然と頭をあげて闘技場に足を運ぶ。石造りのごつごつした床にまわりを囲む円形の壁。王国の旗がはためき、歓声に迎えられた。  ぐるりと周りを見ると、生徒で一杯の観客席。興奮している生徒達にゆっくりと手を上げると、どっと歓声が聞こえた。まあ、風紀の副委員長で美麗秀才のわたしだから、これくらい当たり前なんだけどね。  天蓋のついた観客席に父上と王の姿が見える。  威厳のある背の高いエルフの王の隣、真っ赤な髪の美しい王を見る。その白磁のような顔には涙の跡は見えなかった。王はけだるげに足を椅子の上で四の字に組んで、手すりに肘をついている。冷笑の浮かぶ顔をじっと見ると、かすかに眉が顰められた。  銅鑼の音がする。 「魔導師見習いメリドウェン。前に」  そう呼び出されて、髪の毛を払って中央に進み出る。 「エルフの王子、魔導師フロドウェン。前に」  反対の入り口に立っていたフロド兄様が、前に進み出る。  黒いフードつきのマントから、ストレートの金髪が流れ落ちてる。わたしより頭半分背が高いけど、兄様たちの中では童顔な方なんだよね。母上譲りの淡い緑の目がいつになく緊張してるみたいだけど、大丈夫なのかな。  ちりっとした視線を感じて振り返るとローが心配そうにこっちを見てる。ああ、そんなに心配しなくていいんだよ。どうせすぐ負けちゃうしね。にこって笑ってローに手を振った。ローが物憂げに手を振りかえす。 「め、メリドウェン!」  ん?って振り返ると、なんかフロド兄様ぷるぷるしてるんですけど。 「兄は!あんな狼男に大事なメリーを渡すつもりはないからね!もし、この私に負けた時には、あんな狼男とは別れて、家に帰って来なさい!」 「え?嫌です」  兄様の顔がピキンと固まる。 「ローとは絶対別れません」  肩を優雅にすくめてため息をつく。いやいや……無理ですからね? ブラコンが束になってかかって来たって、愛しいローと勝負になんかならないし、そもそも勘当同然で家を出てるんですよ? 三日と持たずに勘当は解くから今すぐ帰れとか手紙が来ましたけど、それだって無視しちゃってるんだから、勘当は解けてないですし。そういう兄様とやあっと手に入れた運命の恋人を比べれるわけないじゃないですか。 「あ、あんな!」 「ローを悪く言う人は嫌いです。頭を撫でられるのもお断りです」 「いやっ!そ、それは……!」  フロド兄様がたらたらと冷や汗を流し始める。 「フロド兄様がローのことを認めて下さらないなんて、メリーは悲しいです。わたしの心が張り裂けて死んでしまっても良いと思っていらっしゃるなんて……」  悲しげに瞳を潤ませて唇を噛む。うつむいて肩を震わせると会場から「悲劇だわ」とか「おいたわしいメリドウェン様」なんて声が聞こえる。  いや、これはもちろん嘘泣きだけどね。  あ、ぐるって聞こえた、ローが怒ったかな。あ、目が険しくなってる。ああ、怒ったローも激烈に素敵だ。あんな素敵な狼と、昨日はあんなことや、こんなこと……いやいや、そんなこと考えてる場合じゃなかったね。  過呼吸気味の兄様のうわずった声で、妄想がとまった。 「いやっ! わたしはっそんな事はっもちろん思っていないよ! せ、セルウィン兄様とナルウィン兄様が!」 「フロド! この裏切り者!」  おろおろとフロド兄様が会場の兄様たちを見上げる。  金髪ウエーブの長髪を揺らしながら、セル兄とナル兄が怒鳴っている。すみれ色の瞳がフロド兄様をぎりぎりっと睨んだ。ビビるフロド兄様。まあ、あんなガチムチ二人に睨まれたら、ねえ。双子はちょっとがっしりした身体をしている。エルフとしてはだけどね。 「だ、だって、メリーがもう頭なでちゃダメって!」  わきわきって兄様の手が動く。フロド兄様のわたしの髪フェチ、治ってないんだ。残念だよね。本当に残念。 「そういう圧力に負けるな!」 「そうだそうだ」 「セル兄様とナル兄様にもう笛を聞いていただけないのは残念です」 「「ちょっとまって」」 「いただいた笛はお返ししますね」  よよよっと嘆いてみせて服の袖で涙を拭くと、双子の顔がみるみる青ざめる。 「「まって」」  この双子。名器だって笛を探してきてはわたしに吹かせるのが趣味なんだよね。  ドラゴンの巣にある笛だとか探してきては吹かせてさ。一度呪われそうになって、そっから解呪の呪文を研究することにしたんだよ。命がいくつあっても足りないからね。 「この間いただいた笛、今度お会いした時にセル兄様とナル兄様に聞いて戴こうと練習しておりましたのに。……とても残念です」  悲しげに瞳を揺らして俯いて見せる。  いや、もちろん特別練習なんかしてないよ。わたし楽器演奏は完璧ですから。笛の奏者で食っていこうってわけじゃないですし。 「「ごめんなさい」」  はあ、本当にブラコンだよね。残念で仕方がないよ。本気で勘当して、絶縁してくれたほうがよっぽど楽なんだけどね。  まあ、簡単に落ちてくれたみたいだし、よしとしておこうか。  ナイスアシストと言えないこともないしね。  後でちょっとご機嫌取りに撫でられてもいいかもしれない。  ああでも、ローが焼きもち妬くかな。嫉妬してもやせ我慢とかしそうだよね。  昨日の情熱的なローの瞳を思い出して、ほおってため息をつく。  なんか兄様が真っ赤な顔してごくってつば飲んでるんですけど、なんだろう、気持ち悪いな。やっぱなしなし。フロド兄様にはわたしの髪フェチを卒業してもらおう。 「じゃあ、わたしとフロド兄様が戦う理由はもうないですね?」 「え?」  唖然とした顔のフロド兄ににこやかに笑いかける。 「わたし、棄権します」  会場がどよめく。  だって意味もなく吹っ飛ばされるとか嫌だし。そもそも戦闘系じゃないんだもん。戦っても地味だしね。  かっこ悪いのダメ・絶対。  髪の毛を払うとにっこりと父上とルーカス王に微笑みかける。  あ、父上の顔が引きつってる。ルーカス王が笑いを堪えちゃってるんだけど。  まあ、その笑いは引っこめて貰うけどね。 「その代わり、わたしの魔法の腕がどれだけ上がったかを皆様に披露しますね?」  フロド兄様の側に寄ると詠唱を始める。後で手伝って貰うことになるかもしれないからね。ちょっと広いから大変だけど会場全体をぐるりとターゲットする。目くらましの呪文を唱えながら、呪文に気付かれないようにもう一つの呪文を織りこんだ。  目くらましの呪文が会場に荊を這わせていく。もちろん目くらましなんだから、触っても痛くはない。逃げる時に追っ手の前に這わせたりして馬を怯ませたり、自分が隠れている場所の前に展開して相手の目をくらます為の幻術だ。  あっという間に這った茨に白い薔薇の蕾がつく。  その間にも絡めた呪文が茨を伝わって効果を発揮していった。  わたしにだけ見えるように地面が光る。…………なるほど。やはり会場自体に何か呪文が埋め込んであるね。  おおっぴらにしてはいないけど、わたしは多重魔法が使える。 右の手と左の手それぞれに呪文を乗せて、同時に魔法を使えるんだよね。今の所それほど難しい魔法を同時につかうことは出来ないけど、目くらましと検知くらいなら同時で大丈夫。左の指をパチンと鳴らすと、反応したまじないの場所が固定された。  今度は右の指。一斉に白薔薇が咲き乱れる。  会場からため息が聞こえたよ。  咲いた薔薇の上を風が撫でて一斉に花びらが舞う。ここまでが目くらましの魔法で造った情景だ。

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