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白薔薇は謀略を考える(5)
「年中発情期のエルフが嫌になったりはしないよね?」
「オレは……そういうのが好きみたいです。あなたにそういう目で見られると、とても嬉しくなる」
お互いの指に手を絡めてもう一度キスをする。
「あたたかいベッドに2人で潜りこみたいよ」
「そうですね」
「じゃあ、さっさとここを片付けて、少しだけでもそうしよう」
「はい」
するりと離れて行くローに水球を投げる。
何かをつかんだローはだんだんターゲットするのが難しくなっていく。纏う気が少なくなっていくにつれて、かなりの頻度でターゲット出来なくなって行った。
「なかなかいいんじゃないかな。わたしはそろそろ魔力切れだ」
さすがに疲れた。噴水の淵に座り込んで、明け始めた空を見る。
「では部屋で休みましょう」
近寄ってきたローがわたしを抱き上げようとする。
「自分で歩けるよ。ローだって疲れているだろう?」
「あなたをこうして抱きあげることは俺の喜びです。
あなたは羽根のように軽いし……何の問題もありません」
濡れて重たくなった身体を、ローは軽々と抱き上げた。
「腕を巻きつけて」
ローに促されて首に手を回す。首筋に顔を埋めると、ローの頬が微笑むのを感じた。
「ああ、結界を解いて行かないと」
指を鳴らして結界を解こうとした。
目を上げた先、結界の向こうを誰かが横切っていく。
こんな時間に?
まだ生徒たちは外を歩くことを許されていない時間だ。
黒い、フードのついた外套を纏った小柄な身体。目深に被ったフードからわずかに見えるのは……あの髪は……。
小さな声で呪文を唱える。遠見の術でふわりとその姿の前に近づいた。
真っ赤に燃える赤い髪。白く美しい顔の中、鮮やかな緑色の瞳。その瞳からは涙が零れ、朱を掃いたような真っ赤な唇が嗚咽に震えている。
────ルーカス王
ルーカス王が何故ここに?
思った瞬間、耳元でローが唸った。集中が解けて目が身体に戻る。
「静かに」
地面に引き倒されてローの身体が覆いかぶさる。
結界がいとも簡単に外側から引き千切られて、炎の矢がわたしたちの上を通る。
瞬間に新しい結界を2人の上に展開した。
圧倒的な力がじりじりと周辺を舐める。抱きあったまま、それが去りますようにと祈り続けた。
ふいに圧力が消えて、さくさくと草を踏む音が遠ざかって行く。
「行ってしまった」
ローがため息をつく。
結界を解くと震えるわたしをローがかき抱く。
「なんでルーカス王が」
しかも泣いていた。
「……わかりません」
ローが何か後ろめたそうに目を逸らす。その姿に違和感を感じる。何か知ってるのか? 知っているけど、わたしには言えない。または言いたくない…………何故?
そういえば、ちょっと前にもこんな事があった。
あれは……。なんだっただろう。そう、鏡。鏡だ。パトリックの部屋を映す鏡。ローはあれを危険なものだと言った。とても危険なものだと。そしてパトリックもそれに同調した。
そもそも、どうしてパトリックの部屋を見ることが危険なんだ?
何度か見たパトリックの生活は決まりきっていて、退屈そのものだった。秘密の恋人もいなければ、おかしな性癖もない。まさしく正しい騎士そのものの生活だ。脅しの材料も、からかいの材料も……いやひとつだけ。
────たった一つだけ。
有り得るだろうか。
ルーカス王が? あの2人が恋人同士なのだとしたら?
すべてがかちかちとはまっていく。
わたしか? この一連の騒動の原因は……わたしなのか?
「ルーカス王はパトリックの恋人なのか?」
ひょこっとローの耳が動く。泳いだ瞳がそうなのだと肯定した。
「そうなんだな」
すべてを悟り、確信したわたしの顔を見てローが観念したように頷く。
「あなたは……頭が良すぎる」
「何故、ローは、知ってるのかな」
怒りに声が尖る。わたしが怒っていると気付いたローの瞳が曇る。ふうと息を吐いて、ローが戸惑いがちに説明した。
「発情香がしたんです。微かだったけど、あなたのとは全然違う匂いだった。それは、パトリック先輩の前に立ったルーカス陛下から漂ってきた。あの人はエルフを先祖に持っていると言っていたから、きっとそうなのだと思った。王はパトリック先輩を愛しているのだろうと……
パトリック先輩は王への敬愛を示していた。……でも、メリーが部屋でのパトリック先輩の様子を話したから、それ以上の気持ちがあってもおかしくないのかと考えた。それでここに来る許可を取る為にパトリック先輩に水を向けたら、パトリック先輩が遮った。だから、きっと……そうなのだろうと思いました」
「何故わたしに言わなかった?」
「パトリック先輩が遮ったからです。あなたに危険が及ぶなら言うべきではないと思った」
王の恋か。
それが真剣ならば秘密は保持されなければならないのだろう。そしてあの大胆不敵で奔放な王はそれに苛立っているに違いない。────だから介入した。
きっときっかけは夏休みだ。わたしは夏休みの間、ローをつけまわし、アーシュの悪行を暴くことに夢中になっていた。秘密裏にわたしの護衛を命令されていたパトリックはそれに振り回されて、恋人である陛下に逢いに行くことが出来なかったんだ。
王宮から何度も手紙が届くはずだ。パトリックに逢いたい王は、わたしを呼び寄せることに躍起になっていたに違いない。
言えばいいものを……あの朴念仁め。
「王は問題が起きたと見ると、嬉々としてやって来たんだ。
パトリックに逢いたくて。それで、恋仲になったわたし達というおもちゃを見つけた。わたしに対する嫌がらせもあったんだろうね。パトリックとの仲を疑われたのかも」
ぴきっとローの顔が固まる。
「疑われるようなことがあったのですか?」
「あるわけないだろう!気色の悪い!!」
そんな想像をしたローを睨みつけると、ローがばつの悪そうな顔をする。
「パトリック先輩は……立派な騎士です。
背も俺より、ずっと高くて。あなたより大きいでしょう?がっしりしているし。あなたと似合う金色の髪に、目も鮮やかな青で。同級生で、委員会も一緒で、一緒にいる時間も長い……」
「パトリックとわたし?そういう気持ち悪い想像はやめてくれないかな。あのね、確かにパトリックのことは優秀な男だと認めてはいるけど、恋人として甘い気持ちを持つなんて。……想像しただけですごく気持ち悪いよ」
「本当に?」
「筋肉ダルマで石頭なんだよ? 王の盾か剣か何か知らないけど、ガチガチで恋人に甘い言葉なんて……うわあ。パトリックが甘い言葉を言うって考えただけで、見てよ!この鳥肌!」
袖をまくりあげると、鳥肌の立った腕を見せる。ローがその腕を撫でて苦笑する。
「パトリックに対して多少の友愛は感じているかもしれないけどね、それは頑固なロバにだって感じる種類のもので、ロバとパトリックのどっちにキスするかって言われたら、迷わずロバを選ぶくらいのものだよ」
ふうと安心のため息をついてローがキスをしてくる。
「ロバは大変な目に逢うのでしょうね。
俺はどうやらすごく嫉妬深いようだから」
軽やかに笑い声を立てるとキスを返す。
「可哀想なロバを怖がらせない為に、キスはローとすることにするよ」
「それはとてもいい考えです。
間違ってもパトリック先輩にキスをしようなんて考えないでくださいね」
「想像するだけでも気持ち悪いよ。ローを守る為なら考えなくもないけど」
「想像もしないでくれるとありがたいです」
「ローがキスすると大概の想像は止まっちゃうんだけどね」
「喜んで」
ローの唇が重なる。くすくす笑いながらキスを返した。深くなるキスにすぐ笑いは止まってしまう。
ああ、なんて幸せなんだろう。
朝日がわたし達を照らした。
抱き上げるローに身を委ねながら、まだ人気のない寮を部屋に戻る。
しばしの休息だ。
ローとベッドに横たわりながら、わたしはため息をついた。
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