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白薔薇は謀略を考える(4)

 ぐいっと抱き寄せられて、唇を奪われた。罰するような激しいキスにも身体は反応する。はあとついたため息の間から、ぬるりと入りこんだ舌に口の中を激しく嬲られて身体がびくつく。身体をまさぐる指先から流れ込む気に身もだえする。罰する長いキス。糸を引きながら離れた唇にかすれた声で謝る。 「ごめんね」 「あれはあなたの快楽が俺に刻んだものだ」 「うん。ごめんなさい」 「あなただけ痛いのは違うから、俺はあなたのくれた痛みが嬉しかったのに」 「本当に愛してるよ。またつけちゃうかもしれないね」 「そう出来ないなら、俺は恋人として無能だってことです」  うなるようだったローの口調が元に戻った。ふうとため息をつくと、ローが優しく背中を撫でる。険しかった銀色の瞳が柔らかさを帯びて愛情に輝きはじめる。 「ローは……とても優秀な恋人だと思うけどね」  はあと幸せなため息をついて、うっとりとローを見上げる。ローは応えるように、どこかまだ凶暴さの残った笑みを浮かべた。腰に落ち着いた手から気が流れこんで、痺れるような快楽が背筋を這い上がる。 「証明するのは、楽しいでしょうね」  そうやって快感を与えていることを承知しているローが、瞳を煌かせてわたしの唇を舐める。 「その前にやらなければならないことがあるのが残念です」  囁いてローが腕を解いて、足音を立てずに離れて行く。  わたしもとても残念だ。ローの命がかかっているのでなければね。心の中でため息をつく。  ゆらり振り向いたローの身体を銀色の光が包む。 「続きをしましょう」  何度か風の呪文を矢継ぎ早にかけていく。ローはゆるやかに動きながらそれを受けていく。追尾する魔法陣の中でくるくると舞う風。ふわふわとローのくせのある髪が揺れる。  徐々にローが集中し、その作業に慣れて行くのを感じる。 「そろそろ水でいいかな?」 「はい」 「水の呪文は風の呪文のように、効果の時間というものがないから、矢継ぎ早に繰り出すことが可能だ。わたしは攻撃型ではないから、大した威力はないだろうけど、水だからね。冷たいよ」  ローが表情もなくこくりと頷く。集中してるんだろう。  空気の中から水を集めることも出来るけど、水を単純に飛ばすほうが魔力の消費が少ないから、噴水の水面に指を突っ込んだ。  ローをターゲットにして呪文を唱える。反対側の指を弾くと術が発動してローに向かって飛んだ。ローは正確に水の飛んでくる方向に手を振った。叩き落された水球がしぶきになる。  次々に水球を出しながら、すばやく動くローをターゲットし続ける。飛んでくる水をローは玉を打ち返すように払った。徐々に水に濡れていくロー……すっごくかっこいいんだけど。  緩やかなウエーブが水で濡れてますますくるくるして、身体にはりついた布が透けて肌が見えて来てる。真剣な表情のローにうっとりしながら、噴水の周りを回って呪文を唱え続ける。  ふっと目の前のローの姿が消えた。  はっとして視線を動かすと、ひたりと熱い身体が背中に寄り添う。するりと肩から前に手が回されてうなじに唇の温かさを感じる。驚きと吸い上げる唇のもたらす快感に、びくんと身体が跳ねあがって、唱えかけた呪文が途切れる。 「っ……」  水で濡れた、それでも熱いローの手が、首に巻いていた布をゆっくりと解いて中に滑り込んだ。 「呪文が途切れると、魔法は完成しない?」  ローが耳元で囁く。打ち合わせただけの服では、ローの指は防げない。悪戯に動く指先になすすべもなく翻弄された。うなじを舐めながら下へ下へと這う指に身体が震える。 「そ、そうだね。でも……陛下は呪文の速度が速いから」 「ターゲットが後ろにいる場合にはどうなりますか?」 「魔法使いのスキルによるだろうね。目視でしかターゲット出来ない魔法使いもいるし、一度かけてしまえば技の及ぶ範囲であれば自動的に同じ対象をターゲットできる魔法使いもいる」 「この状態で俺をターゲットしたとして術が発動すれば、あなたはどうなりますか?」 「術によっては巻き込まれるだろうね。術にはそれぞれ範囲があるから。でも、それはやはり魔法使いの腕に左右されるんだよ。この状態から術を集中して背中だけを焼くなんてことも、魔法を精緻に操る腕を持つ魔法使いには可能だと思う」  指先が胸に触れる。耐え切れずに大きくあえぐと、微かな笑い声と共にローが離れる。かくんと膝をついてしまったわたしの頭上を大きく弧を描いてローが跳躍する。そして、地面に降りると挑発するように指先を差し出して微笑んだ。 「続けましょう」 「ひどいな」  本当にひどいよ。むしゃくしゃした気分のままに矢継ぎ早に呪文を唱える。慣れた手つきで水球を避けるローにいたずら心がむくむくとわきあがった。  気づくかな? 同じ呪文の中に一つだけ別の呪文を混ぜ込んだ。  またローの姿が消えた。  なるほど、気がつかなかったらしい。  心の中でにっこりと微笑むと、呪文を唱えながら噴水に手をつけて、水を射出した後に、風の呪文で水を圧縮する。手の上で風に守られた水球がくるくると回った。  ばちんと耳元で音がする。  ははっと笑い声をあげた。  可哀想に、ローは混ぜ込んで詠唱したわたしの身を守る結界に引っかかってしまったみたいだ。触るとしびれる程度の軽い結界だけど、お痛を叱るくらいの効果はあるよね?  一瞬怯んだローの身体に、圧縮された水球を投げつける。素早い身体がそれを避けた。ああ、直撃は免れたみたいだが、軽く当たったね。  わき腹を押さえたローが後ろに飛んだ。素早くターゲットと詠唱を繰り出す。 「わたしはすごくローを愛しているけれど、同じ手に二度ひっかかるほど馬鹿ではないし。それに、とても負けず嫌いだってことを覚えていてほしいな」  にっこりと笑うと、ぱちんと指を鳴らして水球を飛ばす。これは直撃した。ローがぶんと頭を振って、水を払うと首を傾げて銀色の瞳を輝かせて微笑む。 「わかりました」  やわらかい声。  詠唱を始めたわたしに、真っ直ぐローが近づいて来る。笑顔を浮かべたまま、肩に手を伸ばす。ああ、まださっきの結界は有効だよ。詠唱を止めずに顔をしかめると、構わずローが抱きしめて来る。ばちばちと結界が音を立てる。だが、その手は緩まなかった。  痛いはずなんだけどなあ。  ローの銀色の瞳が優しげな情熱に揺れると、うっとりと見入ってしまう。頭が傾いて求める唇に唇を重ねた。情熱的にキスを交わしていると、水球が飛んで来て2人の頭に当たった。 「わあ!」  びっくりしたわたしを見て、ローが声をたてて笑う。 「気をつけないと巻きこまれてしまうこともあるようですよ?」 「ああ、そうだね」  びしょ濡れになった身体を見下ろして、ふうとため息をついた。結界を解くとローに飛びついてキスの続きをする。身体から漂う薔薇の香りが強くなる。こうも簡単に欲情してしまうっていうのは本当に困ったものだ。  くすくすと笑いながら、愛しい人の瞳を覗きこむ。 「で? つかめて来た気はするのかな?」 「そうですね。あなたとこうやって戯れるくらいには」 「今度は意識して出している気を、出さないでやってみるといいよ。元々纏っているのは確かだからね」 「そうですね……やってみます。それより、あなたが濡れてしまった」  悪戯っぽく笑って、ローがわたしの濡れた髪をかきあげる。 「まあ、手は濡れていたしね。構わないよ」  ローの指が下りてきて濡れた頬を撫でる。 「あなたは……本当に美しいな」  唇が頬に触れる。んーっと同意を呟きながら、また唇を触れ合わせる。離れた唇の先で低く囁いた。 「何度言われても嬉しいよ」 「何度でも言うつもりです。  あなたが聞き飽きたと言うくらいまで」 「飽きるつもりはないから……永遠に言い続けないといけないね」  誇らしげに微笑むわたしを、温かい銀の瞳が揺れながら微笑み返した。 「綺麗なのはローの方なんだけどね。初めて見た時のは入学試験の時で。勝ったローはそんな風に微笑んでいて……すっごい素敵だって思ったよ。どんな瞳の色をしているんだろうって。遠見の術で見に行ったんだ。  そしたら、溶けた銀みたいな瞳で……その場でキスをしたいなって思ったよ」  温かく濡れたローの唇が重なる。お互いの目を見たままするキスは本当に素敵だ。一度快楽を知った身体は貪欲で、とても素直に反応する。ローに身体をすりつけながら、ローが熱くなっているのに微笑んだ。 「はあ。どうして修行なんかしなければならないのかな」  緩やかに腰を動かしてローの欲望を煽りながらため息をつく。 「ルーカス王は侮りがたい相手ですからね」  ため息をついたわたしを見て、ローが微笑んだ。

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