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白薔薇は謀略を考える(3)
部屋の結界を外し、ドアに向かうと、ローが慌てて襟巻きを持って追いかけてくる。
「ん?」
首を傾げてローを見ると、ローが赤くなりながら首に襟巻きを巻きつけて、薔薇のブローチを止めた。
「お、俺は興奮してしまって。噛んでしまったんです。あちこちに跡が……」
「ああ、そうか。自分では見えないからね。ありがとう」
にっこりと微笑むと、ローがうつむく。
「嫌ではありませんか?乱暴なことをされた証です」
「情熱的な恋人を持つことは別に恥ではないと思うんだけどね。オオカミはそもそもそういう種族なのだし。
それとも……ローはわたしに溺れているのを知られるのが恥ずかしいのかな? 誰かに、わたしとそういう風に愛し合っているのだと……謗られることを恐れるのかい?」
「いえ。絶対に」
銀色の目が剣呑な色を浮かべる。わたしの痕を揶揄する者は酷い目に合いそうだ。そして、その事に満足する。
くすくすと笑いながら部屋に戻るとクローゼットから帽子つきのローブを取って羽織る。
「さあ、痕は見えなくなったようだよ。行こう」
歩き出してちょっとよろけた。痛みはないけど、腰が重い。
ふむ。ローの言う通り、最初は一晩に何度もは無理なのかもしれない。
まあ、サイズにもよるのかな……ローのはすごかったもんね。
にやけそうになる顔を、必死で引き締めた。でれでれ思い出し笑いとか、かっこわるすぎる。
「抱いて行きましょう」
そんなわたしを見て、何を思ったのか、ローが手を差し伸べて来た。
まあ歩けるんだけど、こういうのは遠慮しちゃダメだよね。
ローが誰を愛しているのかっていうのは、事あるごとに世間に見せつけておかなきゃいけないし。
にっこり笑ってローの腕の中に潜りこむと、重さなどないように抱き上げられた。うっとりとその腕に身体を預けて、喉に唇を押し付ける。
「最初に門番のアダムさんの所に行こう。アダムさんがマーカラム師に取りついでくれると思うからね」
「はい」
消灯直前の時間だから、廊下にいる生徒はまばらだ。
廊下で出会った生徒は皆一様にローに抱かれたわたしを見て、ぎょっとしたような顔をする。ローもわたしもこの学園では有名人だし、ローは寮生ではないから尚更驚きは大きいだろう。
大抵の生徒は、ただわたし達を見送るだけだ。だが、声をかけようとする大胆な生徒もいて、そういう輩にはにっこりと微笑んでやる。そうすると生徒は赤面して口を噤んだ。
外に出ると、もう誰も人はいない。
門番小屋でローに降ろされてアダムさんに、明日の試合の事で裏庭でちょっと実験をしたいと話す。アダムさんがマーカラム師に連絡をして、あっさりと許可が下りる。
「あまり無茶をしないように」
アダムさんの水晶玉に映し出された師が重々しく言う。
「はい」
わたしが頷くと、水晶玉が暗くなった。
「行こう」
手を差し出すと、当たり前のようにローがわたしを抱き上げる。
裏庭に続く道を指差すと、ローは音を立てずにその指先に従った。
裏庭には、大きな噴水と敷き詰められた芝生。石を敷き詰めた通路と脇にいくつかの長いすが置かれていた。
「ここに結界を貼るよ。魔法陣の光で生徒が集まるかもしれないからね」
頷くローの腕から滑るように降りると、少し不安そうなローに微笑む。
「ここからどれだけ魔力を使うかわからないから、光や音が漏れないだけの簡単な結界だ。人が入れないような完全なものではないけれど、もう消灯の時間だし、ふらりと入ってくる者もいないだろう」
頷くローに片手を軽くあげて、魔法の仕組みを説明をする。
学園にいれば初歩は習うはずなのだが、ローは体術師なので魔法使いとの戦いについては詳しく習っていたとしても、仕組みについては簡単にしか習っていないだろうからおさらいだ。
「ターゲット、魔方陣、呪文、発動。わたしは発動のときに指を鳴らす。杖を焦点にして発動する魔法使いもいるけど、物を焦点にすると、それを失った時に魔法が全く使えない事態になるから、危険なんだよね。
今、ここでは、広い範囲の結界を張らなければいけないので、四方を焦点として4回魔法の発動を行う。この場合のターゲットは人ではなく地面だ」
左隅から順番に4回魔法をかけていく。
パチンと指を鳴らす度に魔方陣から光が出る。4つの魔方陣から真っ直ぐに光がでてその場を覆って光が消える。
「これで、この場所の中は外からはいつもの中庭の膜がはってあるように見える。中に入ればわたし達が見えるけどね」
にっこりと笑って、噴水の縁石にローを座らせる。うろうろと歩き回りながら説明を続けた。
「魔方陣は呪文と魔力を吸収して発動する。
ルーカス王は古代のエルフ語を習得していて、呪文を音の高低だけで発動できる。ものすごく正確じゃないといけないんだけど、それが出来るのがヒトの国の王なんだ。つけいることが出来る場面があるなら、ターゲット自体をさせないことだと思う」
噴水の近くに近づくと、水に手をつける。
「風は発動から風をまいて終了まで時間がかかるから、ここにある水をローにぶつけて行きたいと思う。当たると冷たいけど、大丈夫かな?」
即座にローが頷いた。
「大丈夫です」
「準備が必要?」
ふらっと立ち上がったローの周りに銀色の気が湧き上がる。
薄暗くなった裏庭に気を纏って立っているローはとても綺麗だ。
髪が空気を含んだみたいに少しだけ膨らんでいる。優しげな瞳が険しくなって、武闘家としてのローがわたしを見る。
「行けます」
「最初は風だ。避けずに受けてくれ」
「はい」
ローをターゲットにすると魔法陣が浮かぶ。
呪文を詠唱すると魔法陣に魔力が吸われるのを感じて、指を鳴らす。
ローの周りに風が巻いた。くせのある髪がふわりと持ち上がり、やがて落ち着く。光っていた魔法陣が消えた。
「何か感じた?」
「感じます」
「今度は動いてくれるかな。ゆっくりね」
動き始めたローにまた魔法を唱える。
ローが動いても魔法陣はローの周りを離れない。指を鳴らすと風がローを包む。
「今度はもっと限定的に魔法を発動する」
微かなダメージの気配。それはローの背中の辺りから漂っている。きっとそれは愛しあう最中に立てたわたしの爪あとだろう。ローの背中をターゲットにして魔法を発動する。
背中に魔法陣が出て、指を鳴らす。
ローの傷跡は消えているはずだ。
「今のはローの傷にターゲットをしたから、ローの身体に魔方陣が出た」
ローが背中に手を触れると、はっとした様にわたしを見た。銀の目が眇められてる。
あれ?ロー怒った?気がつくと目の前にローが立ってる。
「メリーの与えた痛みは俺のものだ。消すなんて酷い」
焼き尽くすような瞳が見下ろす。
「あの痛みは……俺のものだった」
もう一度ローがうなるように言う。
頭がくらっとする。そんなものに執着するなんて。
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