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白薔薇は謀略を考える(2)
「俺は両親を殺したんですよ?怖くはないんですか?」
そう詰るローの声に溜息が出そうになる。
それが、ローの恐れるものなんだね。
ご両親を殺したのは《契約》の呪いだよ。言いたいのを我慢する。確実でない知識でローを混乱させるべきではないだろう。
ローのご両親の悲劇がローを産みだしたのなら、わたしにとって、それは悲劇ではない。
ローを説得しながら内心で微笑む。
わたしの恋人は本当に可愛らしい。純粋で無垢でわたしに溺れている。わたしを案じて、自分が危険であると断罪して、必死で離れようとしているのだ。
……出来はしないくせに。
元来、冷徹で計算高いわたしが、これほどこの恋にのめり込む理由が、この身の内に潜む炎の妖精のせいであると知ったら、ローはそれを恐れるだろうか。
妖精の四つのエレメントのひとつをかつて担っていた炎の妖精。
滅びたそのエレメントは時々他のエレメントの中に現れて、妖精族には有り得ない激しい恋にその身を堕とす。
同族の時もある。同性であることも。
異種族のこともあれば、あろうことか敵対するヤミ族のことすらあった。
そうして恋に落ちた炎の妖精は、決して得た愛を捨てることはない。
自分の中に炎の妖精がいるということは知っていた。
それゆえに同属に庇護され、溺愛されていることも。
だがしかし、自分に運命的な恋が訪れることにはどこか懐疑的だった。もう……失ってしまったのではないかと思っていたのだ。
だが、ローと出会って、これが真実の愛なのだと気がついた。
圧倒的な熱と永続する快楽を伴った痛み。
わたしはローを愛しているのだ。
呪われていてもわたしの気持ちが変わらないと気がついて、ローの青ざめた頬に血の気が戻る。うるんだ瞳が悲しみではなく、喜びで満ちて行く。
ローの心を解きほぐしながら、その心をもっと引き寄せる為に言葉を紡いでいく。一言ごとにローがリラックスするのが分かる。
ああ、どうしてわたしがローを手放せるなんて一瞬でも思うのかな。こんなに愛していて、愛されていると知っているのに。
「どうして……わたしと別れることになると思うのかな」
ローに思いを吐き出させる為に最後の札を出した。
溶けた銀の瞳が揺れながらわたしを見上げる。
「俺は……理性を失ってパトリック先輩を殺そうとした。
力の抑制の出来ない俺は、兵器なんです。振り下ろされた剣は切られる物が何かなんて考えもしない。
俺が今以上の力を持ち、理性を失って、その力でメリーを傷つけたら……俺はあなたの側に居られない。
この呪われた力でメリーを傷つけるなんて……」
ああ、本当に本当に可愛いね。
半ば予想通りだけど、ローの口から聞くと、死にそうなくらい嬉しいよ。
銀色の目に涙が盛り上がる。
その目を見て、わたしは心から安堵した。
「では、《契約 》はなしだ。別な方法を考えよう」
きちんとその辺は折って置かないとね。
真の名の交換はしない方が無難だろう。《契約》は呪いだっていう勘が確かなら、寝言で呟いちゃって成立なんてことも考えて置いたほうがいいから。
っていうか、毎日ローと同じベッドで寝るとか、もうめちゃくちゃ萌えるよ。朝起きたら、ローが朝日を浴びながらすやすや寝てたりして、それをキスで起こして、それから……。うわ、倒れそう。
いやいや、ここはかっこいいメリー先輩を演出するところだから。気を取り直して、きりっとした顔を作る。
「メリー。でも……」
戸惑ったように目を伏せるローにときめきが止まらない。キスしていいかな。いや、真面目な話をしているんだ。我慢、我慢。
「ねえ、ローは明日はあるんだと言ったよね。
だからわたしはそれを信じるし、その為に力を尽くすつもりだよ」
我慢できなくなって、ローに飛びつく。ぎゅっと抱き寄せてキスをねだった。素直に唇が落ちてきて、微かに震えながら誘うように開く。たまらなくなって舌で中を探ると、ローの舌がわたしの舌に絡む。ぞくぞくする快感に身体を震わせると、ローがわたしの舌に柔らかく歯を立てて優しく吸い上げた。
「ん……っあ」
声が出ちゃう。
ローの見せてくれた気持ちに身体が反応してる。すごく気持ちいい。また発情しちゃったみたいだ。薔薇の匂いが強くなる。
身体をすりつけるとローが首筋で思い切り息をすう。
ああ、ローはこの香りが好きなんだね。ぷるぷると身体が震えた。もっと欲しい。もっと欲しがってほしい。
ローの震える身体に欲望が突き上げる。
「愛しています」
「わたしも愛しているよ」
本当に本当に愛しているよ。わたしのロー。
微笑んで見上げた目に、ローの溶けた銀の瞳が輝く。
お互いの身体を撫で回しながらキスを重ねる。
ため息をつきながら、熱くなった身体をローに押しつけて囁いた。
「も、もう一度出来ると思う?」
ふうとため息をつきながら、ローが唇を合わせて来た。
「あなたが満足する方法なら」
「わたしだけは嫌だ」
そんなのは認められるわけないじゃないか。
まあ、ローが口でしてくれたのはすごく気持ちがよかったけど、きちんと繋がる醍醐味っていうか、いや、あれ凄いから!とにかく凄いから、そっちの方がいいの!!
ぷんと膨れてローを見上げた。
「では、明日です。メリー」
ローが首を傾げてくったくのない笑顔で微笑んだ。
明日なの? ああもう、すっごく今したいんですけど。ぷるぷる震えて来ちゃってるくらいしたいんだけど。
「酷いな!すっごくしたいんだけど!!」
ローが残念そうに苦笑いをする。ここまで来て、おあずけとか辛すぎるんですけど。
「俺もものすごくしたいですけど。あなたの身体はまだ俺に慣れていないから、何度もしてはいけないんです。柔らかくなるには時間がかかる」
え、そうなの?柔らかく……そうか。そうなんだ。……それちょっと気持ちよさそうなんだけど。そっか、そしたらいっぱい出来るってことだよね。
ローもわたしと別れるなんてことはありえないってわかってくれたみたいだし、愛してることも認めてくれたし、上出来って言えば上出来か。
「わかったよ!じゃあ服を着て作戦会議だ!」
ベッドに座って足をぶらぶらさせるローの前で、うろうろと歩き回りながら作戦を説明する。
「わたしは攻撃系の魔法使いではないけど、火を灯すとか、水球を作るとか、風をおこすとか、ごく初歩の魔法は使うことが出来るんだ」
立ち止まって、呪文を詠唱する。ぱちんと指を鳴らすと、くるくると自分のまわりに風が巻く。
「これは、わたしがターゲットになって、詠唱、それから効果が発動してるんだけど」
もう一度同じ呪文を唱えて、ローの周りに風を送る。
「これはローがターゲットになって、詠唱、発動した」
うろうろと歩きながら説明を続ける。ローは律儀にその姿を追いかけながら、頷くようにひょこひょこと耳を動かしている。
「パトリックが魔方陣が出たら2秒で術が発動するって言ってたけど、今の呪文はすごく簡単なものだから、発動が早いんだ。魔方陣も小さくて見えにくい」
ローの前に立つと、首筋に手を当てた。触れた手から痺れるような快感が身体に走る。ぞくぞくと震えると唇から色を含んだ息が漏れる。微かに漂う薔薇の香りに、ローがうっとりと微笑んでそのままわたしを引き寄せて、唇を重ねる。
はあってため息をついて、うるんだ目でローを見下ろす。
ああ、どうしてしちゃいけないのかな。
離れていくローの腕に舌打ちをして、いらいらと歩きながら説明を続ける。
「今のはローの気を確かめたんだけどね?前にも言った通り、ローはいつでも戦闘に入れるように、微弱な気を無意識に身に纏っているんだ。
それに少しだけ余計に気を入れて、意識することは出来ないかな?」
ローは立ち上がると、目を閉じた。
身体の回りにゆるやかに銀色の気がまとわりつく。
「その状態で今の風でローをターゲットするね」
ターゲットと詠唱。風が起こるたびに、次の呪文を唱える。
「どう?魔方陣が来る前に何か感じない?」
「もう一度やれますか?」
「もちろんだ」
もう一度呪文を唱える。風がおさまると、ローが銀色の瞳を開く。
「足元に来るのが魔方陣ですよね」
「そうだね」
「じゃあ、身体のほうに最初に来るのがターゲットですか?」
「そう思う」
「もう一度」
呪文を唱えると、ローが後ろに飛びのいた。
魔方陣が少しずれて展開すると、その場で風が回り始める。
「ターゲットされてしまってから場所を移動しても、自動追尾がついているから、避けるのはとても難しい。
普通では無理だと思う」
こきこきとローが首を捻って、両手を上で握るとぐるりと回す。
「でも、出来そうな気がします」
「さすがだ。気の配分にも問題があるかもしれない。今は意識して身に纏ったと思うけど、意識しないで纏えるようになれば、避ける方だけに集中できるかもしれない」
「ここは狭いですから、思い切り動くわけにはいかないですし。あなたの部屋を滅茶苦茶にしてしまう」
ローが部屋を見まわす。ふむと頷いて考えを巡らせた。
「寮を出ることは出来ないから……そうだな。裏庭に行こう」
「はい」
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