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白薔薇は謀略を考える(1)

 ちょっと悲観的になってた。いや、かなりなんだけどね。  父上が来るわ、兄上は来るわ、ヒトの国の王は来るわ。無理難題押しつけて来てさ。なんだそれだよね。  その後の、まさかのローの愛してる宣言だとか。  嬉しい。ものすごく嬉しかった。でも、今この状況でってどう考えても、ローが死んじゃうフラグだよね。で、混乱し切ってたと思うんだ。  メリドウェンもエルフの子って感じでね。いつでも冷静ってわけにはいかないって思ったよ。見た目も性格も母上似で、全然似てないと思ってたんだけど、あの過保護で心配性な父上の子供だな~って身に染みたよ。  んで、ローとしちゃったわけだけど。  いや……もう、すごいね。愛し合うって素晴らしいね。  お風呂に入ってわんわん泣いて、ちょっと寝てね。そしたら、今までの暗い気持ちとかぱーっと消えちゃって。ああ、もうすっきり。すっきりしたよ。  今ならね、どんな悪巧みも出来そうだよとか、ルーカス王や父上なんかうっちゃって、三日くらいベッドに立て篭もって、こんなんやあんなので、あんあんしていたいよとか、ぼんやり思っていたら、なんか、ぐすって音が聞こえたんだ。  ん?って思ったら、腰に乗ってたローの腕がそ~っと外れて行く。  んで、またぐすって。  すっごい嫌な予感がするよね。  そ~っと目を開けたらさ、ローが泣いてるんだ。銀色の目が真っ赤になってて、ぽろぽろって。  焦った、超焦った。  愛し合ってる間のあんなこととかこんなこととか、ぐるぐる頭を回ってね。もしかして、泣くほど嫌だったのかとか、男は演技が出来ないとか言いながら、もしかして演技してたのかとか、まばたき三回の間にめちゃくちゃ考えたよ。 「…どうして泣いてるの?もしかして後悔してるとか?」  めちゃくちゃドキドキしながら言ってみたら、起き上がって頭は振ってくれたけど、いきなり《契約》しようとか言い出して。  いや、それ死亡フラグでしょ!!って突っ込みたかったけど、ほら、事後の男性はナーバスになってるとかいう話はわたしだって知ってるしね。  とりあえず、泣くくらい思い詰めてるわけだから。ここは慎重に探りを入れてみようって思ったんだ。 「《契約》の術式を知ってる? 秘匿されてるって言ってなかった? 若いオオカミは知らないって言ってたよね? どうして、今更いうのかな……」  ぽろぽろと流れる涙を見て更に言う。 「どうして泣くの?すっごい嫌な予感がするんだけど」  ローの目が宙を泳いで、瞳が動揺で揺れる。絶対……何か隠してる。そもそも、ローは自分の力を恐れているような節があるのに、今以上の力を求めるなんて……絶対、不自然だよ。 「俺たちが愛し合っていれば大丈夫です」  そう言いながらも、瞳は新しい涙を浮かべる。  うん。全然大丈夫じゃないんだね?何かを隠しているよね。そんなの絶対許せないし、許さない。 「でもね、研究によると、そういった古代の魔法には落とし穴みたいなものが用意されてるものなんだ。リスクはちゃんと知ってるの?」  魔法使いとしての勘が《契約》は危険だと言っている。  エルフの王子としてではなく、回復防御特化の魔法使いとしてこの国に招かれたのは伊達じゃない。幼い頃からの知識の蓄積が、本能的にこの話の危険性を警告する。 「メリー…」  ローの顔が青ざめる。きゅっと結んだ唇が葛藤と焦りを示している。  ローは正直で嘘がつけない。なのに……嘘をつこうとしている。これはダメだ。見逃すわけには行かない。全部聞き出さないと。  ローに弱気になっていたこととを詫びて、作戦を立てる時間はあると訴えてみた。なのに、強張った顔は緩まなかった。 「なんで泣いていたのかな?」  腕の中に飛び込んで微笑むと、寒いと思ったのか、上掛けでくるまれて抱きしめられた。  ローが涙を流す。  励ますように髪を撫でて、耳にキスをする。不謹慎かもしれないけど、泣いているローはすごく可愛い。  わたしはとても幸運だ。  今まで誰もローを守ろうとした者はいないだろう。  でも、今、この腕の中のローは子犬のように弱々しくわたしのぬくもりを貪り、赦しと愛を求めている。  ああ、萌えちゃうよね。本当にローは素晴らしい。 「ローのことは、何でも知りたいんだ」  あやすように言うと、ローは自分の生い立ちや、《契約》について知っていること、それでも、わたしを守る為に《契約》を結ぶべきだと考えていると話した。 《契約》は呪いだ。  その話を聞いて瞬時に理解する。  王子の真実のキスは、同じ古代の魔法で解呪の呪文としては最強の部類に入るんだけど、対象がまず、清い体であり、キスを経験していないというかなり難しい条件がある。しかも、相手は王子であり、対象を愛していなければならない。  ここまでの条件が整っていて、効果は『対象者にかかっている呪いを払う』でしかない。対象に永続的に呪いがかからなくするわけではなく、祝福を与えられるわけでもない。  元々身体能力が高くて、戦闘に長けたオオカミ族が永続的に強くなるような魔法が血を交換することや、真の名を唱えることで発動するなんて、無茶すぎる。  つまり、対価として全く釣り合っていない。  ということは、発動したことによる対価が他にもあるということだ。愛の定義があいまいであることも呪いの一部のような気がする。  秘匿されているとローは言っていたけど、オオカミ族の《契約》に関すると思われる伝説は、歌や物語として残っている。  オオカミの大量死は、優れた王が死んだ時に嘆きのあまりオオカミが死に絶えたってなってるし、オオカミと人の王の話は悲恋の歌として残っている。捕らえたオオカミを死ぬほど愛するようになった王の歌だ。ローの言った人の王は、契約の行使後、心からオオカミを愛するようになる。焦がれたオオカミに愛されなかった王は、押し寄せるオオカミに泣いて死を願ったってある。  つまり、オオカミの大量死はオオカミ族の衰退に繋がっているし、人の王は愛したオオカミに愛されず、殺されて国は滅びた。  ローの両親は病気が回復せず、ローが生まれたことによって命を落とした。  そのほかにもオオカミ族の伝説はあるけど、大方が最後は何かしらの悲劇に見舞われている。 そもそも伝説や歌には悲劇的な物が多い。それは、そういった傾向の物語が万人にウケるという意味合いも多いのだろうけれど、その中には真実が色濃く残っているという事実を見逃すべきではない。そして、狼に関する伝説には、これは不自然なのではないかと気になる終わり方のものが多い。  ローの両親の例は悲劇的ではあるけれど、他のものよりも呪いの度合いが軽いのは何故だろう。もしかすると、真実の愛が関係しているのかもしれない。お互いの気持ちが真実ならば、対価は軽くなるのかも。  三例しかないから、はっきりしたことは言えないけど、《契約》についてきちんと調べるまでは絶対に使うべきじゃない。  ローにキスをした。傷ついた涙目が見上げてきて、ぞくぞくする。本当にわたしを失うことを恐れている。それがどれだけわたしを歓喜させることだろう。恐れるならば、わたしはただ繰り返し囁くだけだ。それはありえない事なのだと。  絶対にわたしが狼を手放すことなどないのだから。 「小さい頃のローはとても怖い思いをしたんだね。  ローは優しいから、両親が自分の為に死んだと思ったら苦しかっただろう?」  わたしの微笑んだ顔を、不思議そうにローが見た。  くしゃりと表情が歪んで苦痛に身体が震えている。 「お、俺は呪われているんです。だから本当はメリーに触れてはいけなかった。でも、俺はあなたの愛が欲しくて……」  ああ、本当にローは可愛い。  呪われているなんて、そんな些細なことをわたしが恐れるなんて、どうして考えるんだろう。呪われているならそれを祓えばいいじゃないか。祓えないならば、その呪いごと、ローを愛せばいい。それは、とても簡単なことだ。  その対価がローを自分のものに出来るということなのならば、何を恐れることがあると言うのか。長い間、他の者に焦がれるローを眺め、それでも諦めることが出来ず心を砕かれ続けた日々に比べれば、例えその場が地獄であっても、ローと共にいるそこはわたしにとっては楽園になる。  わたしは鮮やかに微笑むと、自信を込めて言葉を放った。 「呪われてなんかいないさ。呪われていたとしても、もうそうじゃないよ。わたしのキスがすべての呪いを打ち消したはずだからね」  呆気に取られたようなローの目を覗きこんで微笑みを深くする。 「わたしの愛はローのものだよ。触れてくれなければ嫌だ」  ああ、本当にそうなのだとローに納得させるにはどうすればいいんだろうね。ローの手を取って愛しげに顔にこすりつける。

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