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狼は秘密を語る(2)
俺は起き上がると頭を振った。
目を逸らして、早口で言う。
「方法を思いついたんです。ルーカス王に勝てる方法を。俺とメリーが真の名を交換して、お互いの名前を唱えるんです。《契約 》を結ぶ。そうすれば俺は今よりも強くなれる。多分……無敵と呼べるくらいに」
「《契約》の術式を知ってる? 秘匿されてるって言ってなかった? 若いオオカミは知らないって言ってたよね? どうして、今更いうのかな……」
この人の頭の良さを忘れていた。
そんな自分を蹴り飛ばしたくなる。
「どうして泣くの? すっごい嫌な予感がするんだけど」
「俺たちが愛し合っていれば……大丈夫です」
「それはそうだけど」
眉をひそめたメリーがじっと俺を見て言う。
「でもね、研究によると、そういった古代の魔法には落とし穴みたいなものが用意されてるものなんだ。リスクはちゃんと知ってるの?」
「メリー……」
「ちょっと待って。愛し合うって素晴らしいよね。なんか、今すごくクリアな気分なんだ。
陛下とローが戦うって聞いて、すごく混乱してたんだけど。
もちろん、今もすごく心配してるんだけど。まだ、明日の昼まで時間があるし。いろいろ考える時間はあるわけだし。わたしは負けるの決定だから、体力を温存する必要もないしね。ローはオオカミ族なんだから一晩くらい寝なくても、全然平気でしょ?」
「メリー?」
「とにかくね、いろいろ検討する時間はあるんだよ。
で、話は戻るんだけど、わたしと愛し合ったことを後悔してたんじゃないなら、なんで泣いていたのかな?」
メリーが俺の腕の中に滑りこんで、励ますように微笑む。
俺は上掛けをはがすとメリーをくるんでひざの上に抱きこんで涙を流した。
メリーの指が俺の髪を撫でて、力なく伏せられている耳にキスをする。
「ローのことは何でも知りたいんだ」
優しい声があやすように耳元で囁く。
気がつくと、もぐもぐと両親の話や、《契約》についての話をしていた。
話を聞き終わったメリーが俺にキスをする。
「小さい頃のローはとても怖い思いをしたんだね。
ローは優しいから、両親が自分の為に死んだと思ったら苦しかっただろう?」
何故この人は微笑んでいるんだろう。
俺を恐れ、蔑まないのか。
「俺は呪われているんです。だから本当はメリーに触れてはいけなかった。でも、俺はあなたの愛が欲しくて……」
「呪われてなんかいないさ。呪われていたとしても、もうそうじゃないよ。わたしのキスがすべての呪いを打ち消したはずだからね」
きらきらと輝く瞳が俺を見詰める。
「わたしの愛はローのものだよ。触れてくれなければ嫌だ」
俺の手を取って愛しげに顔にこすりつける。
まるで子犬が飼い主に甘えるような姿に、胸に温かいものが湧き上がる。
「俺は両親を殺したんですよ? 怖くはないんですか?」
「わたしはローを愛する立場だから、お二人には感謝の思いしかないんだ。
よくぞわたしの愛しい人をこの世に生み出してくださったって、それだけなんだよ。もちろん生きていていただきたかったし、お話もしてみたかった。ローの話からすれば、オオカミは良い教師みたいだし。
お二人なら、わたし達にいろんなことを教えてくださっただろうしね?」
夢を見るような瞳が素晴らしかった一時を反芻していると告げている。確かに、幼い頃からの恋人同士だった両親はいい教師になっただろう。俺たちの種族は愛し合うことに長けているのだし。それを教えることを躊躇ったりはしないのだから。
「それから、《契約 》を結ぶことなんだけどね。それ自体には文句はないんだ。わたしはローを心から愛しているし、誰にも渡したくないと思うほどに執着しているから、真の名をローに教えることにためらいなんかないんだよ。
そして、契約は問題なく成立するだろう」
俺の目を水色の目がじっと見る。
「ただ、そのせいでわたし達は別れることになるんじゃないかな? そうでなくとも、何か悲劇的な事が起きると……ローはそう思ってるんじゃないか?」
その恐れは口には出せなかった。強くなった俺が、もしメリーを少しでも傷つけたら、俺は自分を許せないだろう。その時は去らなければならないだろう。
俺の目が肯定したのだろう。
溜息をついてメリーが言葉を継ぐ。
「それは、わたしにとっては死ぬのと同じことなんだよ。わかるかい?」
メリーがゆっくりと俺の頬を撫でた。
「わたしが悪かったんだ。怯えて、ローを怖がらせてしまったね。ルーカス王の噂はそれは酷いものだし。ローには実戦の経験がなくて……しかも、とても優しいからね。
いつも手加減をして戦っているローと、ためらいなく人を殺せる王とではと考えると、不安になってしまったんだよ」
柔らかい唇がそっと俺の唇に触れて、離れるのを惜しむように優しく吸ってきた。
「どうして……わたしと別れることになると思うのかな」
暖かく揺れる水色の瞳をじっとみる。
「俺は……理性を失ってパトリック先輩を殺そうとした。
力の抑制の出来ない俺は、兵器なんです。振り下ろされた剣は切られる物が何かなんて考えもしない。
俺が今以上の力を持ち、理性を失って、その力でメリーを傷つけたら……俺はあなたの側に居られない。
この呪われた力でメリーを傷つけるなんて……」
「では、《契約》はなしだ。別な方法を考えよう」
きっぱりとメリーは言い放つと、涙目で見上げるおれの目を覗きこんで微笑んだ。
「メリー。でも……」
「ねえ、ローは明日はあるんだと言ったよね。
だから、わたしはそれを信じるし、その為に力を尽くすつもりだよ」
するりと巻きついた腕が俺の頭を引き寄せてキスをねだる。
ねだられるままに唇を落とすと、暖かい舌が唇の中に滑りこんできた。
メリーの吐息を聞きながら、舌を絡めあう。
敏感な恋人は口の中ですら感じやすいようで、柔らかい舌を優しく噛んで吸いあげると細い身体が激しく震える。
高く喘ぐ声を聞き、咲きたての薔薇の花の匂いを嗅ぐ。
この人は俺を許すのか。呪われた俺を。そして欲するのか。
震えるような喜びが身体を駆け巡る。
「愛しています」
「わたしも愛しているよ」
輝くような笑顔でメリーが俺を見上げる。この人のものであるということは、どれだけ俺に喜びと安寧を与えることだろう。
お互いの身体を撫で回しながらキスを重ねる。はぁとため息をついたメリーが、また熱くなった身体を押し付けて囁く。
「も、もう一度出来ると思う?」
やりすぎてしまったと気づいて、軽くキスをする。
「あなたが満足する方法なら」
「わたしだけは嫌だ。そういうのは一緒なのが醍醐味なんだ」
メリーの頬がぷんと膨らんで、かわいい唇がきゅっと尖る。
「では、明日です。メリー」
俺は首を傾げて微笑んだ。
メリーの顔が赤くなってぷるぷると震える。
「酷いな!すっごくしたいんだけど!」
「俺も……物凄くしたいですけど。あなたの身体はまだ俺に慣れていないから、何度もしてはいけないんです。柔らかくなるには時間がかかる」
「わかったよ! じゃあ服を着て作戦会議だ!」
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