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狼は秘密を語る(1)

 オオカミ族の《契約(インクルード)》は呪いだ。  呪いであるからこそ、対価が大きい。  父は病気の母の延命の為にシンオウの親友という立場を利用して《契約》の秘術を手にいれて使った。  父の日記には母への思慕と《契約》が呪いと言われる理由、その術式が書かれていた。  《契約》はオオカミ族が2人で使う。  愛し合う2人が術を発動すると、お互いの身体能力が飛躍的に上がる。代わりに相手の愛か命が失われた時に、自分の命を失う。  《契約》を解呪する方法はない。  方法はお互いの血を混ぜ合わせて飲み、お互いの真の名を唱えるだけ。  とても簡単で、とても強力な魔法。  王子のキスが簡単なように、オオカミ族の秘術もまた簡単だ。  そして、その秘術によって母は延命し……俺が産まれた。  出産と同時に母は死に、父も死んだ。  俺は二人の命を吸って、この世に生まれ落ちた。  両親が隠れるように暮らした森の中の家。  真王に養われてはいても、仲間に囲まれていても、子供らしくない力を持ち、幼い頃からモリオウであった俺は、どこか孤独な子供だった。  両親の面影を探して、王城を抜け出すようになったのは十になるかならないかの頃だ。誰の手も煩わせず大人しかった俺が王城を抜け出しても、誰もいないのに気づいたり探す者はいなかった。  両親の面影を。あわよくば匂いだけでも。幼い俺は森の中を歩き回った。そして、ついに、その森の家を見つけた時にはくるくると跳ね回った。 「すごいや!すごい!」  不器用に打ち付けられた扉の板を外し、埃だらけの家の中に忍びこんだ。  キラキラと埃の舞う家の中で、オレは両親の欠片を必死で探した。何故その家が放置されたのか、扉を板で封印することになったのか。幼い子供のオレには理解出来なかった。  何度もその場所に通い、子供なりに家の中を片付け、あちこちを穴熊のように探り歩いて、ついに丁度ベッドの下の床の釘が抜けているのに気がついた。その板を外すと、そこには一冊の日記が落ちていた。  死ぬ間際の父親が、板を剥がし、そこにその本を落としたのだろう。  幼いオレはそれを嬉々として読み……そして絶望した。  自分の力の正体を知り、それが両親を殺したのだと理解した。  《契約(インクルード)》は俺を強くするだろう。  普通のオオカミをモリオウに、モリオウをシンオウにするその力。  メリーを抱いてはっきりと理解した。  例え義理の父であるシンオウが、この人を望んでも、俺は絶対に渡すことができない。オオカミ族の俺がシンオウに逆らうということ────逆らえるということ。  その強さと恐ろしさ。  それはたった一つのことを意味している。  今の俺はシンオウより強い。  その俺が《契約》を結ぶ。  それはオオカミを超えた存在になるということだ。  俺の産まれた経緯を考えれば、神に等しい力を得ることになるだろう。  歴史に名を残し、世界を救う程の力を手に入れる。  オオカミならば喜ぶべきだ。  俺たちは力を至上の物とする種族なのだから。  だが、俺は喜びを感じない。それを怖いと感じてしまう。  そこまで強くなった俺は、もはや化物だ。  腕の一振り、指一本ですら凶器になりかねない。  そして、この愛しいエルフの王子は俺の理性を破壊する力を持っている。理性をなくした俺が、この人を殺してしまったら。  音もなく涙が溢れる。  怖い……怖くて仕方がない。  力を得る喜びよりも、愛しいこの人を傷つける怖さの方が俺を支配する。何故なら《契約(インクルード)》は、呪いなのだ。  父の日記には《契約》の悲劇も書いてあった。 《契約》の術式の核になる愛は曖昧なものだ。  愚かなシンオウが役に立つ道具を愛するのは簡単なことだと言って、多くのオオカミと《契約》を結んだ。俺たちがシンオウを愛することを利用したのだ。そしてそのシンオウが死んだ時、多くのオオカミが死んだ。  《契約》はオオカミ族の秘術として秘匿されていたが、ある時、ヒトの王の知る処になる。  その残酷な王はヒトの国で人間と愛し合うオオカミを捕らえると、二人を拷問して真の名を聞きだし、おそろしい実験をした。  オオカミと人間の間でも《契約》は成立し、オオカミと人間の力が両方増すことを確認するとオオカミを殺した。  人間は死ななかった。  その後も人間の王は残酷な実験を繰り返した。  そして、結論をだすと、最後の実験をおこなった。  人間の王は見目のよいオオカミの女を見つけると、その両親の命と引き換えに真の名を聞き出して両親を殺した。  切りあう2人がお互いの血を口にすると、怒り狂うオオカミに王は自分の真の名を告げた。  オオカミは王の名を叫び、王はオオカミの名を唱える。  契約は成立してしまった。  王はオオカミの女を強い武器を愛するように愛したから。  オオカミの女は誰にも殺させないと思うほどの憎悪を抱いたから。オオカミの女は最初に王を殺そうとし、失敗すると次には自らの命を絶とうとした。  王がオオカミが死んでも王は死なないことを冷酷に告げ、更に《契約》の秘密を世に知らしめると脅した。オオカミは屈服し、王に付き従った。  憎悪を抱いたままオオカミは死んだ。  オオカミが死んだ日に仲間は大挙して王の国を滅ぼし、《契約》を知るものをすべて殺した。  そして《契約》は呪われたものとして封印された。  メリーと真の名を明かしあうべきだ。  もしもの場合に備えて。  俺たちの血は一度混じり合っている。  最初のあのキスの時に。  あとはお互いの真の名を唱えるだけで恐らく《契約》は成立する。  怖い。  震えるような恐れが身を包む。  何故アーシュを盲目的に愛したのか。そして、何故メリーを拒んだのか。今の俺にはわかる。  アーシュは絶対に俺を愛さないと知っていた。踏みつけになることで、俺は俺を罰していたのだ。俺を蔑み、けっして触れさせてはくれない。そんなアーシュを愛することで、俺は本当の愛から遠ざかった。  メリーを受け入れなかったのは、その愛が真実であると悟っていたからだ。だからこそ遠ざけた。義務だとか忠誠だとかくだらない理由をつけて。  そのくせ、本当は欲しいそれを求めずにはいられなかった。  うろうろと獲物を漁る獣のように、嗅ぎまわり、未練たらしく。───そして、手に入れてしまった。  その甘さを知っていた。この血の中には両親の愛が流れているのだから。  事実、俺はそれがどんな結果になるのか半ば判っていながら、《契約》に手を出そうとしている。  嗚咽が漏れる。流れる涙が、吐いた息を熱くした。  メリーを起こしてはいけないと離れようとする。  身体に回された腕を静かに離そうとすると、余計きつく巻きついた。  もう一度しゃくりあげるような嗚咽がどうしようもなく口から漏れて、それに呼応するように銀色の睫毛が震える。 「……ん」  俺はどこまで愚かなんだ。そう思いながらもメリーの美しい姿から目を離すことができなかった。  銀色の睫毛が震えて、水色の瞳が開く。  涙を流す俺を見ると、ぱちぱちと瞬きをした。 「……どうして泣いてるんだい?もしかして、後悔してるとか?」

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