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白薔薇は狼を茨で繋ぐ(4)

「私の中にある気を使え」  ルーカス王がパトリックの腕に抱かれたままで呟いた。パトリックが身じろぎをした。 「陛下。それは……」  エドワード殿が口篭る。 「これはどんどん薄れていく。やがて大気に紛れて消えて行くならば、取り出してオオカミに戻せ」 「ルル」  悲痛な声がパトリックから漏れる。 「もうよい。こうして痛みなく最後にパトリックに触れることが出来たのだから」 「陛下。僭越ながら」  エドワードの黄色の目が苦しみと戸惑いに揺れる。 「私の命令が欲しいか?エドワード」  全然意味がわからない。 「どういうことですか?」 「余が呪われた剣を携えていたことは?」  話してもいいのか?パトリックを見ると厳しい顔が頷く。 「先程パトリックから」  王が微笑みを浮かべる。 「呪いが余を侵食し、聖なる気を持つパトリックに触れることができなくなって、もう数年が経つ。パトリックの浄化を受けることのできなくなった私の闇は日に日に深くなり、もう限界に来ていた。もう少しで発狂するところだったのだよ。  そんな私の最後の望みは…………パトリックに触れることだった」  王が蕩けるように微笑んだ。 「メリドウェン王子なら理解してくれるのではないか?私とパトリックが出会った時に何が起きたのか」 わかるとも。 「恋に落ちたのですか」 王が頷く。 「これはすばらしいことだ」  王がパトリックにしっかりと抱きついた。 「パトリックに出会えたことだけが、私の幸運だ。その為にどんな犠牲を払ったのだとしても」  パトリックがその髪に唇をつけると、艶やかに王は微笑んだ。猫のように パトリックの喉元にその美しい顔をこすりつける。 「わたしの母は妾妃だ。母はヒトではあったが炎の妖精の末裔で、その血を濃く受け継いでいた。そして、父の血の繋がる王家もまた炎の妖精をその血の中に交えていた。二人は出会った瞬間に恋に落ち……父は正妃がありながら、その手を母に延ばすことを我慢することが出来なかった。  どんなに教会に非難されようとも、正妃である妻に諭されようとも、母が魔女と呼ばれ蔑まれても、決して手放すことはなかった。  そして母は私を産んで死に、魔女を殺して産まれた私もまた呪われた存在として扱われた。だが、大きな魔力を持つことがわかると教会は私の力を利用し、殺戮者として育てることにした。  そして、国を救うと勇者として崇め、兄が失われると王とした。  皆が私を骨までしゃぶり、利用する中、この恋だけが私を永らえさせたのだ」  うっとりと王がパトリックを見る。  わたしがロー見る時のように。死を覚悟した王はもう取り繕う必要がないのだと気がつく。 「子供だった私は自分の居場所がなくなるのが怖くて、ただその命に従った。私を利用しなかったのは……パトリックだけだ」  涙目の王がわたしを見る。 「王子には申し訳ないことをした。  闇は私を残酷にする。正気を失っていたとは言わない。私は自分のしたことを完全に理解している。  死への願望から、王子のオオカミを狂わせ、私を殺すように仕向けてしまった。オオカミが剣を砕き、私は死ぬはずだったのだ。だが私は生きている。そして何の偶然なのかオオカミの気が私の中で闇と呪いと戦って弱めているようだ。今はパトリックの浄化を受けられるほどに小さくなっている」 「もう少し時間があれば、俺があなたの中の闇を……」  パトリックが王に苦しげに囁く。 「もうよいのだ。パトリック。確かにこうして抱かれていると、浄化されているのを感じる。だが、それはオオカミの気が入っている状態でのこと。気が途切れればどうなるのかはわからない……そして、時間もないのだ」  王が蒼白な顔のローを見る。 「このオオカミを救って、メリドウェン王子に返す。それが正しい事だ────わたしの悲願は叶ったのだから。  パトリック、そなたは聖なる騎士として、我が甥、次の王たるオスカーに仕えよ」 「嫌だ」  軋るようにパトリックが叫ぶ。 「これは王の命だよ。パトリック」 「俺はあなたの剣だ。そして盾であると誓った。ずっとそれだけを願って生きてきた!」 「では……そなたの恋人のお願いだ」 「……ルル……あなたはずるい。 俺を置いて行くくせに、追う自由すらくれないのか」 「年上の恋人など、そのようなものだ」  艶やかに赤い薔薇が微笑う。その緑の目から涙が零れ落ちた。  パトリックがその涙を愛おしげに唇で拭う。  恋人の腕に抱かれること。  救国の勇者、この王国の主の望みの小ささに身体が震える。その代償の大きさにも。  ローを助けたい。助けなければいけない。 「エドワード」  王が静かに黒い魔導士を呼ぶ。  ローを見た。青白い顔に生気はない。  ねえ。起きてよロー。起きて、わたしに教えてよ。 『メリーは賢いですから』  ああ、賢くなんかないよ。どうしていいか全然わからない。  でも。 「お待ちください」  気がついたら言葉が口から出ていた。  頭を上げろ、メリドウェン。  考えるんだ。  ローは死なせない。絶対に。  それから……それから……そうだ。  パトリックに恩を売ろう。  うまく行けば一生パトリックはわたしに頭が上がらない。悪巧みではちょっとすごいっていうのがわたしだし。  ローは簡単に死んだりしない。  わたしが生きてるって知ってるんだ。きっと頑張ってる。  約束を守る為に頑張ってるよね。 「エドワード殿。何一つ取りこぼさぬことが肝要だとあなたはおっしゃった。わたしは愛する人を救うつもりです。だがしかし、その為に陛下の命が救われないことを治療系の魔法使いとして認めたくない」  ローの生気の無い顔を見る。 「わたしのオオカミは優しくて、自分の命の為に誰かが犠牲になるならば、自分が死んだほうがいいと考えるような人です」  そうだとも。  両親の命を犠牲にして生まれてきたと信じているローが、王の命やパトリックの幸せを奪って生きながらえたとして喜ぶわけがない。  すべてを貪欲に救う。  それが、正しい。そうだよね。ロー。 「何か出来る事が無いか考えましょう。出来るだけの速度で」  黄色の目が感謝に輝く。わたしは頷いた。 「まずはローの状態を正確に知りたい。現行ローの気は失われて行っているのでしょうか」  わたしは体力や魔力を見ることは出来ても、気の量は見ることができない。エドワードがローをじっと見る。 「赤のまま維持といったところでしょうか」  赤。危険な状態だろいうことだ。 「体力は徐々に低下しているようです。継続的な回復魔法で十分維持は可能ですが」  体力の回復魔法をかけたボールス師が言う。つまり今の気の状態では、いずれローは死んでしまうということだ。 「陛下が保有しているローの気を見る事は可能でしょうか」 「やってみましょう。メリドウェン様にも見えるようにいたします」  エドワード殿が詠唱をはじめる。 「これは……すごい」  視覚化された王の姿に息が詰まる。王の姿は白銀に輝いていた。  数値が動かないのは振り切れているからなのだろう。 「気は失われていると感じるのですね。陛下」 「いかにも」  どうしたらいいだろう。 「パトリック。わたしの目にはローの気が強すぎて、見る事ができないのだが陛下の中にはまだ闇があるのだな?」 「ある」 「強いのか」 「そう思う」 「ローの気がなければ、パトリックの浄化だけでは抑えられないと思うか?」 「今のままでは」 「エドワード殿はどう思われますか。陛下の侍医としてのご意見を伺いたい」 「陛下と剣の間は呪いで繋がれていました。陛下が剣を振るう度、呪いを媒介して闇が陛下に蓄積されるという形です。  闇が濃くなれば、ヒトは命を落としますが、剣が生命を維持する役目も果たしていたので、陛下は膨大な量の闇を抱えながらも生きることが出来た。  剣がなくなれば、生命の維持も失われますから、陛下はお亡くなりになるはずだったのですが……」  どういうことだ。何故、ルーカス王は生きている?闇は王の中にある。ヒトを殺すほどの量の闇が。その命は剣によって維持されていた。  だが、陛下は死んでいない。  何が陛下を生かしているのか。  剣でないとすれば。何が。ルーカス王の身体の中に残っているもの、ローの気、闇、そして────  呪い。  呪いが王を生かしているのか。何故。なんの為に。  死んでは困るから生かしているのだ。  これはそう簡単なことではない。 「陛下に剣を与えたのは教会なのですね?」 「そうだ」  王が呟いた。 「ゆえに陛下は教会を憎んでいらっしゃる」 「いかにも」 「が、しかし、陛下を真の意味でお救いできるのは闇を中和する聖なる力であることは明白な事実です。パトリックがそれを証明している」 「教会は滅びればいい!勝利の名の下に年端もいかぬ孤独な少年に呪われた剣を持たせ、人を殺せと教えたのだぞ?」 「それに違和感を感じるのです」  考えろメリドウェン。額に指を当てて集中する。 「陛下は闇を抱えていて、呪いがそれを生かしている。それをもたらしたのは教会。そして救えるのも教会。…………おかしくはありませんか」  エドワードの黄色の瞳を見る。 「陛下が剣を手放すことのないように。呪いから逃れることのないように……ですか」 「そう思えます」  わたしは頷いた。 「何者かが陛下の魔力を利用して、その身に闇を蓄えて利用しようとしたのではないでしょうか?」 「何者とは?教会か?」  王が鋭い声を上げる。震える身体をパトリックがかき抱いた。 「確かにこの国では教会が大きな力を持っています。内部は腐っているのかもしれません。ですが、聖なる力を操り、奇跡を行う教会が、闇と結託しているとは考えにくい。  陛下を光の力から遠ざける為に、名を語ったのではないでしょうか」

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