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狼と白薔薇は支度する(1)
俺がメリーの身体に溺れて憂いを忘れるように、エルフ達もまた悲しみを忘れる何かが必要なのだ。
愛される薔薇が咲き誇る姿以外にそれを打ち払えるものなどないのだから。
次の日から始まった、結婚式の準備はそれは見事なものだった。
メリーの母親の指揮の下、メリーの悲劇に沈み込んでいた城は完全に活気を取り戻した。城の中でありとあらゆる者が動き回り、作業をしている。
「少しだけ、少しだけお願いします」
ぴいと叫んだメリーが上半身の服を脱いだ俺の背中に取りついている。
メジャーを持った仕立て屋が俺の身幅を図ろうとするのだが、メリーが触るなと怒っているのだ。
神経質そうな仕立て屋がもじもじと手を握り締めて立っている。
「メリー……大丈夫ですよ?」
「や!や!」
覚えてしまった「嫌だ」を表す言葉をメリーが口にしてぎゅうぎゅうと背中から抱きついてくる。
「適当なサイズではダメなのですか?」
俺はため息をついて言った。
「は、晴れの舞台にサイズの合わぬ礼服では!王妃さまに申し訳が立ちません!」
泣きそうな仕立て屋にふうとため息をついて、尻尾をぱたぱたと動かすと、メリーがしっぽに飛びついて体からはがれた。
くるりと身を回すとメリーのわきに手を入れて高い高いをするように身体を上に持ち上げる。じたばたとメリーが暴れるが、優しくキスをして微笑むと身体の力がぬけて、だらりと身体を伸ばした。
つまらなそうにぶうと唇が鳴る。
「測れますか?」
はっとした仕立て屋が近づいて来て、あちこちのサイズを測る。
それを見たメリーがまたじたばたと暴れ始めた。
「や!や!ろ!ろ!」
「少しだけ……すぐ終わりますよ」
「本当は腕を下ろしていただきたいのですが……」
ぶつぶつと言う仕立て屋に苦笑いしながら、採寸を受けていく。採寸が終わってメリーを下に降ろすと仕立て屋を蹴ろうとしたので、くすくすと笑いながら抱きこんで機嫌が直るようにと身体を揺らした。
「それでは次に……メリドウェン様の採寸を」
「俺がやります」
にこりと笑って手を差し出す。
「え?」
仕立て屋が戸惑ったように言う。
ぽかんとした顔の仕立て屋の手からメジャーを取り上げると、ドアを開けて外に追い出した。今にも笑い出しそうなフェアロスが、口元を押さえながらそれに続く。
「どこを測ればいいですか?」
閉まった扉の向こうに言いながら、メリーの服に手をかけた。
素直にメリーがばんざいをするのに微笑みながら服を脱がせる。
白い肌を撫でると、抱きつこうとして来るメリーの後ろに回ってメジャーをその身体に巻きつけた。不思議そうにメジャーをつかむメリーに微笑みながら、扉の向こうから聞こえてくる指示に従って採寸をしては数字を言う。
仕立て屋は不満だろうが、メリーの滑らかな白い肌や、そこに俺がつけた赤い花びらのような痕を見せるつもりはない。触れさせるなどもってのほかだ。
自分が嫉妬深いのだと認めるのは残念な気がしたが、メリーにはそうさせるだけの力があるだろうとも思う。
メリーは髪を前に垂らしていたから、白いうなじが見えていた。
そこにキスをすると、メリーが小さな声で喘ぐ。
メリーが当然受け止めるだろうと身体の力を抜いて俺にもたれて来た。
美しい身体に指を這わせながら、やりにくくなった作業をこなして行く。
メリーの声をキスで吸い取りながら、数字を呟いた。
「それでおしまいです」
仕立て屋の声がかかると扉を細く開けて、メジャーを差し出した。
「メリーの服を整えます」
おどおどと仕立て屋がメジャーを受け取ると、扉を閉める。
情欲に頬を染めたメリーが縋りつくように抱きついて来ると、俺はそのまま扉の鍵をかけてしまった。
ベッドにメリーを運び、お互いの残った服を剥ぎ取った。
キスを落としながら、喘ぐ身体を開いて行く。
俺達がくしゃくしゃに乱れた姿で扉を開くまで、フェアロスは続く面会を求める者達に謝り続けなければならなかったらしい。
フェアロスには気の毒なことだと思うが、俺はオオカミなのだし、婚約中で蜜月をすごすオオカミは概ねそんな風なのだ。
そういうと、フェアロスは盛大にしかめ面をしたが、目は笑っていたし、メリーはご機嫌で鼻歌を歌っていたので、俺は幸せだ。
** ** **
式を準備する間には実に沢山のことが起きた。
まず意外だったのは厳然として冷静に見える皇太子のガルムが、実は一番メリドウェンを溺愛していたのだということ。
「メリーが男をしかも他国民を選んだと聞いた時には、決闘せずに渡すつもりはなかったのだが…………」
セルは剣士として高名だが、それを凌駕するほどの剣技の持ち主である皇太子であるガルムがつまらなそうに笑う。皇太子が決闘などしようものなら、側近の首が二~三は飛ぶと説得されて諦めたらしい。
「相手がオオカミのモリオウでは叩きのめされるのはこちらかもしれんから、理解のある兄のふりをした方が良いと言われたのもあるんだが」
星を模したティアラをメリーの頭に乗せながらガルムが言う。真っ青な石の周りには放射状に銀の金属が出ていて、その細い針の一本一本には水色と透明な石が繊細に配置されていた。
ぶうと唇を鳴らしたメリーが無造作につかみ取って、いらないと投げるのを受け止めて肝を冷やす。
「オオカミの国のモリオウとはな」
メリーが貴重な贈り物を投げたのに、ガルムは穏やかに笑った。
「小さな弟は穴に入るひょろ長い小さな犬のような生き物で、いつでもとんでもない獲物を捕まえてきたものだが…………こんな大物を捕まえて来るとは思わなかった。ある意味君は深窓の姫のようなものだろう?」
姫、と言われて俺は目を剥いた。オオカミである俺を姫と呼ぶ者などそう多くはないだろう。
確かにモリオウはオオカミの国の宝であり、シンオウの側に侍り、戦でも起こらなければ国の外に出る事のほとんどない存在だ。シンオウが外交で外に出る間は国を護るために残る事が多いし、そういう意味ではシンオウ以上に表舞台には出る事のない存在かもしれない。
「確かにモリオウは国の外に出る事の少ない存在ですが、深窓の姫というのはちょっと違う気がします。俺達は……なんというか、騒がしい存在ですから」
「君はちっとも騒がしくないが?」
そう言われれば、確かに。俺はオオカミとしては物静かだろう。
メリーより少しだけ濃い水色。冷たさを感じさせる瞳にじっと見つめられて戸惑って目を伏せる。大分年上の義理の兄はエルフとしては体格が良く、がっしりとした姿をしていた。短く切った銀色の髪や目鼻立ちも男らしさを感じさせる。そんな彼に自分はかよわい存在に見えるというのか。
姫……おもはゆい気持ちになって、顔に血が登った。
唸る声が聞こえて、ぐいっと顔をつかまれる。
「や!」
ぷうと頬を膨らませたメリーが俺の顔を覗きこんでいた。
噛みつくようなキスに目を見開く。
強引に舌が滑り込んで、メリーの発情香が強く濃密に漂う。
突然のことでその香りを思い切り吸い込んでしまった。
頭がくらりとして、唇が離れると力が抜けた。
メリーの肩に凭れると息を吐く。
ぐいっと細い腕に抱き寄せられる。混乱して頭がうまく働かない。
ん~と唸りながらメリーが俺をベッドの上に転がした。
お気に入りのおもちゃを隠すように俺の頭の上に身を伏せて、ぴいという声を出した。ガルムを威嚇しているのだろう。
「相変わらず悪辣なことだ」
ガルムが笑い声を立てる。
動けなくなったことが面目なくて、呻き声をあげると、メリーがぐいぐいと顔を上に向けて心配そうに覗き込んできた。
「大丈夫です」
ふうと溜め息をついて微笑むと、メリーの顔がぱっと明るくなる。
「手の焼ける弟だが…………」
ガルムがティアラをそっとメリーの頭に乗せた。
「よろしく頼むよ」
ガルムはじっとメリーを見たまま言った。
少しでも俺を見るとメリーが怒ると気づいているのだろう。視線はメリーからそれなかった。
「メリドウェン……とてもよく似合うよ」
ガルムの指がメリーの頬に触れる。メリーが警戒するようにみじろいで、俺の頭を強く抱きこむ。
「お前は私達の喜びだ…………」
寂しげな表情が浮かんで、指が頬から離れる。
そっと外されたティアラをフェアロスが受け取った。
ガルムがゆっくりと俺を見て微笑んだ。
「君達に幸運のあらんことを」
俺がメリーの腕の中で頷くとガルムは悠然と部屋を出て行った。
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