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狼と白薔薇は支度する(2)

「ガルムがティアラを持って来たんだろう?」 「がっかりだよな」 「長兄ってのはいいとこをさらっていくもんなんだよ」 「次男、三男はみそっかすってことかね」 「「こんなにメリーを思っているのにね」」  セルとナルが左右対称に胸に手を当ててうなだれる。  その様子に思わず笑ってしまいそうになって、咳払いをした。  膝の上に座っていたメリーが、真似をしてえっへんとえっへんと連呼したので、慌てて口を押さえた。 「雪山の時に腹が立って、ローを殴ろうとしただろう?」  セルが情けないというように首を振りながら言う。 「フロドが止めてなかったら、間違いなくやってたよね」  うんうんとナルが頷いている。 「そんなことがあったから、メリーには最高の花嫁衣装と思ってさ。  あちこちの遺跡から集めたアンティークの宝冠だのを用意していたんだよ」  花嫁衣装…………確かにメリーは美しいけれど、花嫁衣装というのは流石にどうなのだろうか。そういえば、ガルムが持って来たあのティアラも実は女性の身につけるものだったのだろうか。  星を模した繊細なデザインを思い出して心の中で頷く。  俺には装飾品の知識はなかったが、あれは多分、女性ものだろう。  幼いメリーは身に着けるものに無頓着だ。だが、賢いメリーはエルフらしく美しい縫い取りなどはあっても、女性ものの服などは身に着けていなかった。  もし、ここにいるのが幼いメリーでなければひと悶着起きていたのではないだろうか。 「ええと…………オオカミの国では男同士が結婚する場合には両方が男性の正装をするのですが、妖精の国では違うのですか?」 「普通は妖精の国もそうだよ?」 「うん。そうだね」  二人がにこにこしながら顔を見合わせて頷きあう。 「では、メリーも妖精の国の王子の正装になるのですよね?」 「「まさか」」 「え?」 「「メリーだよ?」」  ナルとセルがげらげらと笑い始める。二人がお互いの肩をばしばしと平手で叩きあった。 「どうしてズボンを履かせようと思うのかな」 「こんなに綺麗なのに有り得ないよ」 「メリーは学園では……魔法使いの男性の衣装を身に着けていたように思うのですが」 「え?ローはメリーの花嫁衣裳とか見たくないの?」 「壮絶に綺麗だと思うよ?」  そう言われると確かに。  あの星のティアラはメリーによく似合っていた。優美なエルフ達が作り出す芸術のような衣装を纏ったメリーは神々しいほどに美しいだろう。 「メリーは怒らないでしょうか?」  俺が不安気に幼いメリーを見ると、どうしたの?というようにメリーが首を傾げる。  二人がぴたっと笑うのを止めて顔を見合わせて、お互いの顔を真剣に見る。  うんとナルが頷いた。  うんうんとセルが頷く。  俺に視線を向けた二人が愛想笑いを浮かべて言う。 「その辺はね……」 「考えたら負けだよ!」  無責任な答えに俺の顔が引きつった。 「まあ、何かあっても、怒られるのは父上だし」 「ガルム兄様もいるし」 「「次男、三男は蚊帳の外!」」  ぐっと二人が拳を突き出して、ポーズを決める。にこにこしている二人にそれでいいのかと頭が痛くなる。 「少なくともローは怒られないから大丈夫だよ」 「エルフのことはよくわかんなくて~ってしらばっくれればいいのさ!」  けらけらと笑いながら、いいことを言ったとばかりにお互いの肩を叩きあう双子をあっけに取られて見ていると、俺の表情を見た二人が誤魔化すように咳払いをした。 「まぁまぁ、ロー君」 「それより、これを見てくださいよ」  ナルが差し出した小箱をセルが開く。  そこには美しい装飾の施された長剣と短剣が収められていた。  俺は体術師だから、剣の良し悪しは解らないが、その鞘に施された装飾がすばらしいことは解った。  柄頭に収められた宝石も十字型の大きな鍔の中央の宝石も共に大きく美しく輝いていた。とても美しい。美しいのだが。  何かがざわりと身の内で動くのを感じる。 「ガルム兄様がティアラを持ってきたんだから、私達は剣をと思ってね」  セルがそう言って頷く。 「俺は体術師ですから、剣は必要ないと思うのですが」 「飾りだよ!飾り」  ナルが剣を持ってふざけて振り回す。  もう一度剣を見た。やはり何か感じる。 「これはどこで手に入れたものですか?」 「メリーの器の件で古い遺跡を探索した時に見つけたんだよね」  セルが短剣を握って抜こうとした。  やるか?という様にナルの手が鞘にかかる。  どくりと心臓が跳ねあがる。  気がついた時には立ち上がっていた。  メリーをベッドに荷物のように置くと、セルの抜かれようとした短剣をつかみ取り、ナルの腕に気弾を当てていた。  わずかに開いた刀身と鞘の間から邪悪な気が立ち登る。  体中の闘気を練り上げると二本の剣に叩きつけた。  気の力で邪悪な気を中に捻じ込み剣を鞘に押し込んだ。  驚いたメリーがこっちに走ってくる。 「フェアロス!近づけるな!」  フェアロスがメリーを床に押し倒した。  剣と目が合う感覚。それは、魔法でターゲットされた時の感覚と似ている。床に転がった剣が手も触れていないのに、鞘から抜けて行く。  呪いだと確信した。  もう一度気を練り上げて剣を撃とうとしたが、間に合わなかった。  刀身から放たれた紫色のぬめりとした何かが二本、纏わりつく。  ぎりぎりと全身を締め付けるそれに、荒い息を吐いた。  メリーが声を限りに叫んでいる。  双子があわてて近寄ってくる気配に、ぎりりと歯をくいしばって後ろに下がる。 「来るな!」  なんとかして気を練らねばならない。  だが、俺はメリーに気を与えすぎていた。惜しむことなど考えもしなかった。メリーがあの目で一秒でも長く俺を見てくれるなら、何も要りはしない。  メリーがまた叫ぶ。  バンと扉が開いて、ほとんど白に近い髪と薄い緑色の瞳の四番目の兄が飛び込んで来た。  いつも穏やかで大人しい兄の雰囲気がその場を見て凍りつく。 「「ネル」」  双子が安堵の声を出した。 「またやったのですね」  四番目の兄であるネルウェンが舌打ちをすると、持っていた竪琴に指を走らせる。腰まで伸びた白い真っ直ぐな髪がふわりと拡がった。薄い緑の瞳が見開かれて、力に満ちた音階が唇から漏れる。  古代語で歌われる歌がその場に響くと、俺を締めつけていた力が緩んで来る。一匹を引き剥がすと、集めた気を手から直接放った。ぐずりと崩れたそれが手の中で黒い霧になって霧散する。  ネルの歌に体に絡んだもう一匹が苦しげにのたうつ。  これならば──セルとナルが状況を見て取って、呪いを引き剥がそうと手を伸ばす。呪いは俺の体の上を這ってその手を避けた。  俺の手の届く場所に頭が回ってくる。  つかもうとしたその瞬間、呪いが絶叫を放つと、この事態を引き起こしたネルに向かって飛んだ。  つかもうとした指先を掠めて呪いがネルに飛んでいく。  醜く開いた口がかちかちと歯を鳴らしながら、ネルの白い喉に牙をつきたてようとしている。  ひゅんと音を立てて呪いが両断されて地面に落ちた。  床で蠢く呪いに気弾を当てると、びくびくと震えながら霧散した。  メリーが泣き声をあげながら飛びついて来た。  ぶるぶると震える身体を抱き上げると、背中を撫でる。  フェアロスが剣を持って立っていた。  床にはへたりとネルが座り込んで震えている。  フェアロスの手がゆっくりと下がって剣を落とす。へたり込むネルウェンの腕をぐいとつかんで、涙の浮かぶ顔をじっと見る。 「ふ、フィー……っ」  掠れた声がフェアロスを呼ぶと、その腕がネルを抱き込んだ。 「危なかった……解っているのか?」 「の、呪いの気配がしたし。メリーの叫び声が聞こえたから……」 「ネルの解呪は万能ではない!」 「わ、解ってる。でも、ここにはメリーもフィーもいて…… 見過ごすわけには行かないよ」 「ネル」 「や、役に立ったんだ。いいじゃないか……」  おどおどとしたネルウェンの姿にフェアロスが顔を歪める。 「そもそも……何故、遺跡から持ってきたものをそのまま持ち込んだりなさったのですか?」  フェアロスがナルとセルを射殺さんばかりの目で見た。  二人は悲しげに顔を見合わせると、肩を落とす。 「何か……してあげたかったんだ」 「メリーとローに……喜んで欲しかったんだよ」 「軽率すぎる!ネルが近くにいなければどうなっていたか分かりますか?」 「「ごめん」」  二人が俺に向かって頭を下げる。 「皆、無事だったのだから、いいんです」  すがるような目をするセルとナルに微笑みかける。  双子の王子の顔がぱっと明るくなると、お互いの手を上下に叩き合う。ああ、これは反省していないなと思う。  フェアロスが何故簡単に許したのかと俺を睨みつける。  咳払いをして誤魔化すと、またメリーがえっへんえっへんと言い出したので、口を押さえる。メリーが嬉しそうに、笑い声をたてる。 「ところでさ」  にこにこしながらナルが言う。 「二人はよりを戻したの?」  はっとした顔のフェアロスがネルから手を離す。ぎこちなくフェアロスが距離を開けると、みるみるネルの瞳に涙が浮かんでフェアロスを見た。  フェアロスは想う人がいると言っていなかったか?  それがネルウェンなのか? 「ここを片付ける者を呼んで参ります」  フェアロスが頭を下げると出て行こうとした。  そんなフェアロスにネルが取りすがる。 「待って!話があって来たんだよ!」 「今は仕事中ですから、後から……」 「ローにも聞いて欲しいんだ」  フェアロスが俺を無表情に見る。俺が頷くと、短く息を吐いて戻ってきた。双子がうんうんと頷きながら笑顔で俺達を見回した。 「じゃ、わたしたちが人を呼んで来よう!」  じゃっと挨拶をすると、二人は颯爽と部屋を出て行くフェアロスとネルは扉に背を向けていて気がつかなかったが、扉を出て行く二人が俺に向かって親指を立てた。  なるほど、この騒ぎは仕組まれたものらしい。  メリーの兄らしいと言えば兄らしいのか。  今にも泣き出しそうな四番目の兄と、強張った顔をした部屋付の召使の表情を見比べて、俺は心の中で溜め息をついた。 ** ** **

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