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Kneel
『真白 、Kneel 』
その声を聞いた瞬間、心が震えた。
――――――
人通りもない廃れた廃工場の一角。妙な埃っぽさと工場独特の匂いが鼻についた。
有無を言わさず、無情にも地面についた膝。ガタガタと俺の身体は震えていた。
目の前の若い男"達"はニヤニヤと笑い、恍惚の瞳で舐め回すような視線を寄こす。
それに耐えられず、思わず俯く。
「おい、目ぇ逸らすな」
威圧的で冷めた声に喉の奥がヒヤリとした。逆らえないその"命令"に、内側から悲鳴が上がるような気分になる。抵抗できずに顔を上げれば目に映るその男達の表情に戦慄する。
「まさかとは思ったけど、ほんとにSubだったなんてなぁ〜」
ニヤニヤと男達のうちの一人がカードをヒラヒラと見せびらかすようにこちらに向けてそう言った。目に映ったそのカードを認識して思わず涙が滲む。自分の名前と写真が記されたそれは明確に自分がSubだということを示していた。
そして最も、悲しいことにこの状況が既に言い逃れすることが出来ないほど自分がSubだと主張している。
「ねぇ、キミ初めて?震えちゃってかわいーね」
「オニーサンたちの命令は絶対、だよなぁ。逆らうんじゃねぇぞ」
男達はニヤニヤと笑う。振り払うこともできない威圧感に、息が詰まる。
「Play の開始だ」
どこからともなく悪魔の声が脳裏に響いた。男達の言葉が鋭利な刃物のように突き刺さり、それに逆らえず動く身体は心とチグハグでまるでバラバラに引き裂かれたようで酷く苦しい。伸ばされる手から与えられるものに優しさなんてものは微塵も感じられない。Command 全てが凶器そのものだった。
自分の口からか細く漏れ出る拒否の言葉たちは、微かに空気を揺らすだけで音にはならずに消えていく。
たすけて、だれか、こわい。
こわい、こわい、いやだ、だれか……!!!
呼吸が乱れる。言えもしない恐怖が湧き上がって震える。傷だらけになっていく身体と心にただただ恐怖だけが募っていった。
「目ぇ逸らすなっつってんだろ!!!!!」
息が詰まるような怒鳴り声が、反芻するように脳裏に響きわたった。
――――――
「──つき、夏生 !」
深く潜っていた思考が、呼び掛けによって浮上する。ハッと声のする方を見れば何とも言えない表情でこちらを見る男子生徒の姿が映る。
「大丈夫か?なんかぼーっとしてたけど」
「ごめん、考え事。なんか用事あった?」
いつものようにヘラヘラと笑って返せば目の前の男子生徒は特に気にも止めず納得する。
「いや〜数学のプリント、あとは夏生の分だけだから催促しに来た」
「あ、そっか、忘れてた」
はい、と机に入っていたプリントを差し出せばさんきゅ!と言って男子生徒はそれを持って去っていく。その後ろ姿をぼーっと見ながら思わず溜息を吐きたくなった。
最近、"あの時"のことをよく思い出す。忘れたくても消えてくれない忌まわしい記憶。
ぼーっとすることも増えたし、何しろ眠ることができない。目を瞑るたび、反芻して蘇る鮮明な記憶。このままだと目にクマが出来そうだ。
ガヤガヤと休憩中に賑わう教室から出ようと席を立つ。扉まで差し掛かったところで後ろから声をかけられる。
「夏生くんどこ行くのー?」
振り返ればそこにはキャッキャと群れる女子生徒達。にっこりと微笑めば彼女達の頬はほんのりと赤く染まる。
「保健室」
「えー、サボり?」
「寝不足なの」
「私も寝に行こーかな」
「だめ。授業受けなよ」
「え、ずるーい」
「先生に言っといて」
ヒラヒラと手を振って背を向け教室を後にする。女子生徒達の声が僅かに聞こえたけど気にすることなく保健室を目指した。
いつの間にかチャイムがなって授業の始まりを知らせる。それに構わず俺はゆっくりと歩みを進めた。
寝不足からなのか、それともまた別の原因からなのか。少し覚束無い足取りに冴えない気分。体調はいかんせん悪かった。
保健室にやっと辿り着けば一つのベッドのカーテンが閉まってるだけであとは人の気配を感じない。小さく溜息をついて室内にあるウォーターサーバーから水を汲む。
近くの椅子に腰掛けてポケットから取り出した錠剤を口に入れて水で流し込む。効きの悪くなった抑制剤にもう意味を見出だせないけれど、多分無いよりマシだと思い込むようにしている。
机に突っ伏して数分。気怠い身体と沈んだ気持ちはなかなか正常に戻らない。静かな室内に時計の針の音が響いていた。
パートナーのいないこの身体はやはり本能的な満足感を得られず錆びつくように不調になる。抑制剤の効果も得られない今ではそれから逃れる術もなくただただ暗く深い海に溺れるように沈んでいく。
そして浮かび上がる記憶に息が詰まる。
呼吸が僅かに乱れて冷や汗をかく。底から湧き上がる恐怖心と不安感に飲み込まれてしまいそうだった。震えている身体に思わず、突っ伏していた腕に力が入る。今までで一番酷い症状だった。
カーテンが開く音が僅かに耳に届いた。それから誰かの足音が近づく。深く堕ちていく俺は動くことが出来ずに頭の片隅でその音を聴くだけだった。
足音が止まった。その瞬間、ふわりと甘いバニラのようなものが香った。
「大丈夫、落ち着いて」
ドクン、と心臓が大きく脈打つのを感じた。力の入っていた腕が緩まる。近くで聞こえたその声に心臓が激しく高鳴る。突っ伏していた顔を恐る恐る上げてその声がした方を向いた。
少し長めの艶のある黒髪がキメの細かい白い肌によく映えていた。口元は緩く笑みを浮かべ左下にあるホクロが色香を漂わせるみたいに妖艶だった。
軽く膝をついて俺に目線を合わせているその男子生徒の瞳は、吸い込まれそうな綺麗な琥珀色。長いまつげに覆われた絶対的な王者の風格を漂わせるその瞳の奥に見える優しい色に何故か酷く安心した。
「深呼吸して、大丈夫。ゆっくりね」
その男子生徒は優しく手を握るともう片方の手で俺の背中を優しく撫でる。その暖かい温度に強張って震えていた身体は徐々に解され緩んでいく。
「眠れてない?」
優しく響くその心地良い声色に小さく頷いた。男子生徒はその返答を見て安心させるかのように優しくまた微笑む。その笑みを見て思わず相手の肩に頭を預けてしまった。
乱れていた呼吸はいつの間にか落ち着いていて、耳元で聞こえる相手のゆったりとした呼吸音がよく耳についた。思わぬ俺の行動に一瞬背中を撫でる手が止まったがそれもすぐに再開される。
心地の良い感覚に、徐々に瞼が下がっていくのを感じる。先程までの恐怖心はもう欠片も残っていなかった。優しい温度に絆され、甘いバニラの匂いに包まれて俺は睡魔に飲まれていった。
ふわふわと心地の良い暖かさに包まれて、ふわりと香るその匂いはバニラのように甘い。
その匂いに釣られて目を開けた。最初に映ったのは保健室の白い天井。身体を起こせばいつの間にか不調は軽減されていた。いつの間にベッドで眠っていたのか、あの男子生徒が運んでくれたのだろうか。そんなことを考えながらベッドから出てみると窓の外はもう夕方に近くなっていた。時計を見ればその針は17時を過ぎていて、だいぶ寝てしまったんだと自覚した。
あれほど心地の良い眠りはいつぶりだろうか。抑制剤が効きづらくなっていってからは本当に久しぶりだと感じる。心做しか軽減されていた不調に僅かに浮足立ったと同時にあることに気づく。
どうして、不調が軽減された……?
答えは簡単だ。あの男子生徒が、" Dom "だから。
その答えに気づいてしまえば途端に恐ろしくなる。軽減された不調が舞い戻るかのように身体の奥底から湧き上がってくる。怖くなって両手で顔を覆いうずくまれば、ふわりと自身から僅かに香る甘い香り。
バニラのその匂いに湧き上がった感情がスッと沈んでいくのを感じた。
自分のその状態に思わず泣きそうになる。
「なんで……っ」
なんで、俺はSubなのか。何故Domを求めなければならないのか。どうして、こんな思いをしなければならないのか。
あの日傷つけられた心と身体は、癒えることなく今もここにある。生まれた感情を受け入れられず俺は暫くの間、その場から動けずにうずくまった。
DNAに刻まれたその本能から逃れる術は、無い。
――――――
「夏生くん、おはよ〜!」
教室に入るとかけられる声にいつものように笑って軽く挨拶を返す。あれから数日、あの男子生徒と遭遇することもなく変わらない日常を過ごした。相変わらずまた寝不足の日々が続く。
「なんか顔色悪いな、大丈夫か?」
席についてぼーっとしてればそう声をかけられた。その声の主へと顔を向ければ、そいつは心配そうにこちらを見つめていた。
「おはよ、椿生 」
「おう。はよ」
前の席に座った椿生はすぐさま後ろを振り向いてこちらをじっと見つめる。
「なに?」
頬杖をついたままそう聞けば椿生は小さく溜息をつく。
「ほんと、お前結構顔色悪いぞ」
「そう?」
「なに、眠れてねぇの?」
「まぁ、そんなとこ」
そう言って机に突っ伏せば、椿生は大変だなぁなんて呟く。
「薬は?」
「……効かなくなった」
「まじか」
困ったように眉を下げ心配そうに俺を見る椿生に思わずフッと笑った。
「心配しなくていーよ。なんとかなるし」
無論、なんとかなる訳ない。宛もないし、そもそも抑制剤が効かないなんて困りものだ。パートナーを作るしかこの症状の改善方法はない。
「まぁ、あんま力にはなれねぇけどまじで困ったら言えよ」
椿生の言葉に軽く返事をすれば丁度チャイムが鳴った。疎らに席についていく生徒達と教室に入ってくる先生の姿を横目に、これからどうするべきかを考える。
椿生とは幼なじみでお互いのことをよく知ってるし、信頼もしてる。けれど確かに、椿生の言うとおり椿生は俺の力にはなれない。Usual である椿生では俺の症状を改善することは実質不可能だ。Domにしかそれは出来ない。
抑制剤さえ利けば何も問題はないのに、本当に困った。稀にいるらしい、抑制剤の効かない人達。その極僅かに入ってしまった自分を嘆きたくなる。最もパートナーさえ居れば特に問題はないのだけれど、やはりあの日の記憶が邪魔をして今までどうしてもDomには近づけなかった。
保健室での出来事がやっぱり今でも信じられない。思い出すだけでもDomだということに怖さが湧いてくるのに、どうして、どうして。
胸の奥が、じわりとあの男子生徒の存在を求めていた。
「あれ、お前昼飯は?」
そう言った椿生はパンを食べながらこちらを向く。ガヤガヤと賑わう教室にはお弁当の香りが漂っていた。
「忘れた」
「じゃあこれ食う?」
「んー、いーや。買いに行ってくる」
「そっか、行ってら〜」
ヒラヒラと手を振る椿生に見送られながら教室を後にする。購買に向かえば徐々に人だかりが見えてくる。そこに近づけば、人の多さに若干酔ったような感覚になった。
「あ、シロじゃん!今日は購買なんだ」
「うん、お弁当忘れた」
「じゃあこれあげるよ、いちごのサンドイッチ好きでしょ?」
「ありがと」
「じゃあね〜」
女子生徒──明 はニコニコと笑いながら去っていく。待っていたらしい友人達と歩いていく後ろ姿を見つめながら早くこの人だかりから抜けようと思った。けれど突然、どこからともなく黄色い声が上がる。それは瞬く間に伝染して広がっていく。何事かと視線の先を辿れば──
──保健室にいた、あの男子生徒がそこにいた。
男から見ても綺麗すぎるその容姿は思わず息を呑むほど。あの時はわからなかったけれど背が高い。長い手足が綺麗で、薄く微笑む姿に魅入ってしまう。近づいてくるその人から目を逸らせずにいた。
目が、合う。
「あ、この前は良く眠れた?」
ふわりと妖艶に笑うその人に、その場にいる誰もが目を奪われた。ドクドクと俺の心臓は高鳴って、その感覚に思わず後退りする。そんな俺を不思議そうに首を傾げその人は見つめる。その琥珀色の瞳に何故か足が竦んだ。次の瞬間、俺はその場から走り出していた。
「ちょ、」
ざわざわと騒ぐ生徒をよそに俺はただ、言えもしない感覚に恐怖した。走り出していた俺の後ろを追いかけてくる足音が聞こえる。それに構わず走り続ければいつの間にか屋上に辿り着いてしまった。
乱れた息をしながら考える。何故上へと登ってきてしまったのかと。これじゃあ、逃げ場を自分で塞いだようなものだ。
夏の、茹だるような暑さが身に染みる。照りつける日差しに額から汗が落ちた。パタン、と後ろから扉の閉まる音が聞こえる。その音に僅かに身を強張らせ恐る恐ると後ろを振り返った。
「ごめん、俺なんか悪いことしちゃったかな」
少し乱れている呼吸のまま目の前のその人はそう言った。僅かに浮かび上がる汗の雫が首筋に垂れる。少し長めの黒髪が艷やかに光って、その白い肌をさらに際立たせた。
伏せ気味だった瞼に縁取られた長いまつ毛は影を作り、そしてそれが上げられると同時にその瞳がこちらをじっと見つめる。
琥珀色のその瞳が、俺だけをただじっと見つめる。
「いや、別に……」
たいした返答も出来ずにその瞳から逃げるように視線を彷徨わせれば、その人は一歩踏み出しゆっくりと近づいてくる。
それを情けない表情で見つめればその人は一定の距離感で立ち止まった。
「あー、その、怖がらせたならごめん」
真っ直ぐに向けられるその視線に今度は逸らせなくなった。
「俺の名前は、花月 愛 」
「君の名前を教えて」
じわりと、侵食されるように胸の奥が疼いた。
気づけばいつの間にか口を開いていた。
「夏生 、真白 」
俺の口から出たそれに花月 愛は柔らかく微笑んだ。そして手を差し出した。
「仲良くしよう。真白」
ドクン、と心臓が大きく脈打つ。
いつの間にか足は目の前の人物に向かって歩き出していた。そして近づいたその距離に差し出された手を握り返せば、優しく包まれる手のひら。
「愛って呼んで、真白」
穏やかに微笑む目の前の人物の瞳の優しさに脈打つ心臓は、これまでになく全身を掛け巡るように高鳴りをしらせる。
「ち、か」
「うん」
「ちか」
「うん、愛だよ」
「愛」
「真白」
ありがとう、そう言って笑った愛の表情はとても綺麗だった。口に出してしまえばストン、と馴染むその名前は心地良くて、何より嬉しそうに笑った愛の顔を見て心が、身体が安心感で満ちていくのを感じた。
けれどふと、あの日の言葉が蘇る。あの日の怒鳴り声、感覚、湧き上がる恐怖心。
不自然に震え出した身体に愛が不審に思っているのを感じる。けれど拭えない恐怖は増していく。
こわい、こわい。やだ……!!!
握っていた手を振り解こうとすればそれはいとも簡単に離れていった。荒くなる呼吸が苦しくてふらふらと後退りすれば足にうまく力が入らなくてペタリと座り込む。
「真白、」
心配そうに手を伸ばそうとした愛は俺の恐怖心を感じ取ってか、伸ばしかけていた手を止めた。そしてしゃがみ込み、俺に目線を合わせる。
「俺が、こわい?」
問いかけられた言葉に、ヒュッ、と息を呑んだ。
俺が怖いのは、愛 じゃない。けれど愛 が怖い。Domが怖い。求めているのに、怖い。
苦しい。苦しいよ。あの日の言葉が脳裏を反芻する。目を逸らすなと、あの日の出来事を忘れさせてくれない。こわくてこわくて、息ができない。
「──しろ、ましろ」
「真白」
ハッとした。スッと心に入り込んだその声に思わず顔を向ける。辛そうな切なそうな表情を浮かべるその人と目が合うと優しいその琥珀色の目を細め微笑む。
「そう、俺を見て。大丈夫、心配ないよ」
優しくゆっくりとそう発せられる言葉に身体は解されていく。保健室の時と同様、身も心も暖かさに包まれていく。導かれるように立ち上がりその瞳を真っ直ぐ見つめ返せば、嬉しそうに笑った。
「よくできました」
その言葉に、喜びで心が震えた。
「ここは暑いからとりあえず戻ろう」
愛の言葉に頷く。扉を開けて待っている愛にお礼を言って中に入れば日差しが無いおかげで幾分が涼しかった。
「あ、」
階段を降りる途中、思い出したかのように立ち止まれば不思議そうに尋ねられる。
「どうかした?」
「いや、そういえばサンドイッチ……」
いつの間にか手元にないサンドイッチ。そういえば走ってる途中いつの間にか無かった気がすると思い絶望する。すると目の前にスッと差し出されたそれ。
「これのこと?」
落としたはずのサンドイッチを差し出す愛はニコニコと笑みを浮かべる。
「いつの間に……」
「ちょっと崩れててごめんね」
「いや、それは俺が落としたんだし、……ありがとう」
「どういたしまして」
穏やかな表情を浮かべる愛の後ろをついて歩く。校舎内は静かで、いつの間にか授業が始まっていることに気づいた。
「授業始まっちゃってるかぁ。どうする?お昼まだでしょ?どっか空き教室入って食べる?」
愛の提案に少し考えて頷いた。
いくつか空いている今は使われていない教室の一つに入る。少し埃っぽいそこは締め切られていたせいで篭った臭いがした。愛が窓を開けると生ぬるい風が教室に入ってくる。
「ほら、座って」
愛は机と椅子を引っ張り出して僅かに乗っていた埃を払うと、俺に座るよう促す。甲斐甲斐しく世話をされるような感覚に何処か浮足立つ。
「?ご飯は?」
促されるままサンドイッチを頬張ると、ふと気になったことを聞いた。一つの机を挟んで向かい合わせに座る俺達は、愛が俺のことを見つめていたこともあってすぐに目があった。愛は少し考える素振りをしたと思ったら次の瞬間にはニコリと笑って答えた。
「食べたよ」
清々しいほどの綺麗な笑みを浮かべる愛。嘘か本当かもわからない言葉に思わずそっか、と返事を返してしまった。
「食べる?」
「ううん、食べな」
ニコニコと笑いながらこちらを見る愛。見られながら食べるという何とも言えない状況に少し緊張する。
「真白はSubだよね」
食べ終わったと同時に愛が口を開く。発せられたその言葉に、身体は固まった。どうしてそんなことをわざわざ言うのか、考えたくない。
「俺のパートナーになってよ」
思わぬ発言に愛の顔をまじまじと見る。なおも真っ直ぐと俺を見る愛の琥珀色の瞳に胸の奥が疼く。
「なん、で」
「真白がいい」
「でも、」
「俺は真白がいいんだよ」
強制するでもなく、ただただ優しい口調でそう言う愛に俺は戸惑った。予想してなかった言葉。もっとこう、良くないことを言われると思っていた。
Domは怖い。でも、目の前にいる愛の瞳は優しくて。ふわりと風に乗って香る甘いバニラの匂いに、また酔わされたような感覚になる。
「ねぇ、Play してみる?」
どう答えるべきか戸惑い迷う俺に愛はそう言った。愛の優しい瞳の奥に見えたDom の気配にゾクリと背筋が震える。でもそれは、今までDomに感じていた恐怖心とは何処か違っていた。
「真白」
どうする?と甘く囁き問いかけられたその声に俺は気づいたら頷いていた。そんな俺を見て愛は嬉しそうな笑みを浮かべた。
「真白のSafe word を教えて」
「……琥珀 」
「わかった。ありがとう」
そう言って微笑んだ愛は徐ろに立ち上がり少し離れた所に立って、振り返った。その顔からは笑みは消え真っ直ぐに俺を見つめる。絶対的王者の風格を漂わせる琥珀色の瞳が妖しく光った。愛から香るDomの気配に、最早恐怖心は微塵も残っていない。
愛はゆっくりとした動作で自身の目下を指差し、言った。
『真白 、Kneel 』
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