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15.酒盛りと、安らかな夜
「皆お待たせ! って、なに先に飲み始めてるのよ!!」
「ぶちょおー、おつかれさまですぅ! あひゃひゃ!!」
「安来にこんな短時間で、こんなに飲ませたのは誰!?」
部長の言う通り、一通り料理が運ばれてお酒が皆にいきわたった会場で、安来先輩が一番に泥酔している。というのもやはり安来先輩は副監督だし、部長の次の功労者と言っても良くて、別の功労者である役者に飲ませることを憚った皆があれよあれよと言う間に安来先輩に酒を盛りまくったのである。最初皆に睨みを利かせた部長(いつものブランド物のパンツルックに戻っている)はしかし、次にはフッと笑って運ばれてきたビールジョッキを持ち上げる。
「安来も、泥酔するのは早いわよ! みんな、夜は長いんだから! 今日は私が潰れるまで飲ませる覚悟で付き合いなさい!!」
「「「はい!!」」」
「では改めて……お疲れ様、カンパーイ!!」
「「「カンパーイ!!」」」
そういうわけなので、まだ編集の仕事が残っている俺も皆と同じく一旦は一区切りの気分で、酒に弱いとは言っても今日くらいは皆に付き合うしかないのである。
「ひぃっく、」
しかし、
「市原ぁ、市原聞いてるのいちはら!?」
「部長、それはカメラくんです」
「ふわっははは、響ぃ、宇都木ぃ、飲んでるかぁ!?」
「透、それは安来先輩だぞ」
映研で、今まで一番酒に強かったのは部長であった。が、宇都木がそれを塗り替えた。響はまだ未成年だからウーロン茶を嗜んでいて、デロデロの俺と皆、部長などを見て困り顔だが、宇都木はもう何杯目が分からないビール片手に冷静に俺の首根っこを引っ掴んで、自分の方に俺の身体を寄せる。
「はれっ、宇都木が二人?」
「おい透、安来先輩と俺を間違えるとはいい度胸だな?」
「あはははは! 響、響ー!! こっちにもあっちにも宇都木が!!」
「お兄ちゃん……大丈夫? ちょっと皆に合わせて飲みすぎだよ」
「響、響は可愛いなぁーヨシヨシ」
「おい、それは丸めた座布団だ」
俺はこの時すでに記憶が覚束ないくらい酔っ払っていて、いい気分でこうやって宇都木や響に迷惑をかけている。丸めた座布団を撫でている俺のところに珍しく酔っ払っている部長がふらっとやってきたと思ったら、俺の隣に座ってドン! と、ビール瓶をテーブル上に突きつけてきた。
「ここに居たのねぇ、市原! この私がお酌してやるから、もっと飲みなさい!!」
「フハハハハ、部長じゃないれすかぁ、ヨッ、今日も日本一の美人!!」
「褒めるんなら飲みなさい! ほらほらぁ、」
「部長? 透はもうこの通りでして、」
「何!? 宇都木くん、なんか文句ある!!?」
「……いや、」
そういうわけで全然話の通じない酔っ払いたちに、一部の未成年と宇都木は散々困らされた、そんな夜であった。部長が潰れて眠ってしまって、打ち上げがお開きになるころには終電も終わっていて、だから何組かに分かれて宇都木たちがタクシーを手配する。
「じゃあ響、メイクちゃん、部長のことは頼んだ」
「ええ、宇都木さんも……くれぐれもお兄ちゃんに、おかしな真似はしないように」
「ハハッ、信用ないなぁ」
「私だって本当は信用したいです」
「そりゃあそうか、おやすみ、皆」
「「「おやすみなさい」」」
これから映研は長期の休みに入って、その間に編集係でもある俺が映画の編集を済ませる手筈になっている。二週間後に部内での映画お披露目があるから、それまでに俺は大急ぎで作業を進めなければいけないのだが……。
「ほら、透。部屋に着いたぞ」
酔っ払った俺から俺の部屋の住所を何とか聞き出した宇都木が、俺の部屋の前で俺を支えて立っている。それでも『ふへへ』と笑うだけの俺の荷物を宇都木は探って家の鍵を見つけては、俺の部屋に勝手に(と言っては何だが)俺を運び込むことをする。ワンルームの俺の部屋を見渡して、無趣味な部屋に宇都木は少し笑んでから、ベッドに俺をゆっくりと寝かせる。
「透、大丈夫か? 水でも飲むか」
「ふはぁ、のむぅ」
「コップ使うぞ」
「んー」
ベッドでほとんど眠っている俺の返事の後、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出した宇都木がコップにそれを注いで持ってくる。俺のベッドの脇に座って、俺にコップを寄越そうとしては考える。
「お前、その分じゃ自分で飲めないな?」
「飲めないのめなーい、宇都木、うづき飲ませて」
「……お前なぁ」
俺にごろごろ猫みたいに擦り寄られて、宇都木が水の入ったコップだけ庇って上に持ち上げた状態で額を押さえる。『へへ、いいにおい』と笑う俺を宇都木は見降ろして、少し考えて、溜息を吐いてから囁く。
「良いか。俺はお前の言う通りにしてやるだけだからな、」
「んー? ふわっ」
宇都木が自身の口に水を含んで、それから俺を、俺の身体を仰向けにベッドに縫い付けてきた。両手を恋人繋ぎにされて、俺はぽうっと宇都木のイケメンを見上げて、酔っ払った頭で幼い頃のことを思い出している。
「うづ……ぅんっ」
「っ、はぁ」
こうやっていつも宇都木を見上げていたな。思っているうちに水を口移しされて、上手く飲み込めなくて口の端からそれを零してベッドを濡らす。ポンポンと頭を撫ぜられて、笑い声に名前を呼ばれる。
「透、ちゃんと飲めよ」
「……ん、ごめ、んぅっ」
謝ろうとした次には唇を塞がれていて、それから宇都木の、俺への熱いキスが始まる。水に冷えた舌が熱い俺の口内を這い回って、全部を宇都木の匂いに塗り替えようとしているみたいだ。でも俺は、しつけられている俺はそれに抵抗せず、むしろ酔っ払っているのもあってウェルカムで、宇都木の後ろ頭を掴んで『もっと』と言わんばかりに積極的である。これでは孤島での罰ゲームの時と同じだが、酔っぱらった俺はいつもこうらしい。『他の男に持って帰られたら』なんて宇都木が心配しているのも知らず、俺はへらっと笑って一時離れた宇都木に微笑む。
「へへっ、宇都木ぃ、きもちいい」
「……そうか」
「なぁ、もっとしよう?」
「いや、」
しかし宇都木は結構冷静で、それと言うのも俺が『思い出しているから』なのだ。ベッドから起き上がって身形を正して、俺にタオルケットをかけると立ち上がる。
「もう、あやふやな意識のお前に狡い真似をすることはない」
「??? うづき、行っちゃうのか?」
「ああ、帰る」
「本当に、本当に帰っちゃうのかよ……おれ、お前と一緒に寝たい」
「おいおい透。迂闊な発言をするのもいい加減に、」
困り顔で宇都木が俺を見下ろす。見下ろした俺は、どうやら酔いとキスの熱でまたトロトロだったらしく、宇都木もピタッと帰ろうとしていた足を止めてしまう。
「宇都木、一緒に寝よう?」
「……」
俺のおねだりに、実のところこの男は滅法弱いのだ。その整った眉を上げて『はーーー』と長い溜息を吐いて、再びベッドに舞い戻る様に座り込むから俺は『うへ』と笑う。タオルケットを捲って宇都木をベッドに誘う。
「ほら、こっちこっち」
「お前なぁ……」
「宇都木は良い匂いだから、きっと良い抱き枕になるぞ」
「……そうかよ」
観念して俺の隣に横たわった宇都木に、酔っ払いの俺はするる、絡みついて抱きついてご機嫌だ。
「やっぱり、良い匂いだ」
「お前は酒臭いぞ」
「ふわぁ……ねむ、寝る。おやすみ」
「ああ、お休み、透。良い夢を、」
愛しの俺に抱きつかれてベッドで一緒で、やはり少し思うところのある宇都木の苦悩も知らず、俺たちはそのまま野郎二人で狭いベッドで眠りについたのであった。
(……なんだ、これ、夢?)
その日、朝まで俺は本当に安らかで気持ちよくて、久しぶりというか何年ぶりに穏やかな、響と宇都木と一緒に遊んだ、幼いころの良い夢を見た。
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