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14.クランクアップ

「えーと、つまりは」  次の日から、俺たち映研は俺の生き別れの妹である響を主演としたスマホ撮りの映画撮影を再開して、もう一人の主演で俺の幼馴染の宇都木と響が公園で休んだり、手を繋いで街を歩いたりする様子を真夏の東京の空の下で撮っている。パラソルの下、椅子に座ってマッチョの安来先輩に扇がれてもなお汗ばんでいるウチの映研のお嬢様部長は、彼女の人差し指をこめかみに当てて難しげな声を上げる。 「アンタ達は三人揃って幼馴染で、あんまり長い間離れ離れだったから市原がそれを忘れていて、それで今まで揉めてたってわけね?」 「「「はい、すみません」」」  部長の前に並んで立った主演女優と俳優と、アシスタントの俺の三人が声を揃えて部長に謝る。部長は『うーん』とまだ難し気にして、でも、 「まあ、いいわ。これ以上を聞くことはやめましょう。宇都木くんも言ってた通り、中々にセンシティブな問題だろうから」 「部長、ありがとうございます」 「それより市原、スタンガンの傷の方は大丈夫なの?」 「あっ……それはまあ、普通にしている分には全然大丈夫ですので」 「ふーん」  疑わし気に部長は俺の腹をTシャツ越しにジッと眺めて、それでもパンパンと手を叩いて皆にまた合図をする。 「アンタがそういうなら、それで良いわ。皆、撮影を再開するわよ! 次は〇〇坂を二人が歩きで下ってくるシーンね」 「「「はい!」」」  心無しか皆も俺たちの様子を気にしていて、俺が孤島で宇都木を殴ったりして迷惑もかけたスタッフたちだから彼らにも謝りたかったけれど、宇都木に『気にすんなって、いつも通りで良い』と背中を叩かれたから俺はそのまま、真夏日の街、コンクリートの上で自分の仕事を再開した。ただ最後部長に、 「もう宇都木くんと、喧嘩なんかしないようにね」  と、こっそり言われて肩を竦めはした。喧嘩をするというか、それ以上になんていうか気まずくて、今日の俺は宇都木と並んで立ったりはするけど目を合わせていない。響もそれに気が付いて、『お兄ちゃん、宇都木さんと何か話したの?』と可愛い上目を向けてくるから俺はへらり、笑って響に『昔のことを、ちょっとだけ』と誤魔化した。響は主演女優だからメイク直しなどに忙しくてあまり話は出来なくて、それでも昨日のこと。高杉のじいちゃんに俺が理不尽に怒鳴られたことを響は気にしているようで、俺を気遣いながらも、 「家のおじいちゃん、頑固な人だけど……本当は悪い人じゃないの」  そういっては『ごめんね』と俺に謝ってきた。宇都木は俺が思い出したことで俺を『許す』気になったのかどうか分からないけれど、とにかく昨日のアレは何だったのかというくらい普通に飄々としている。たぶん、おそらく俺のことが好きな宇都木。イケメンで女の子にモテモテで、演技もそこそこ様になる宇都木が、このB級面の俺のことが好き? 幼い頃には(宇都木曰く)響を超えるくらい可愛かったという俺。今は普通の男子大学生の俺。その俺をまだ好きだなんて未だに謎は残るが、悶々としている間にも撮影は順調に進んでいく。宇都木の響への気持ちが俺と同じ『妹』への愛情みたいな、家族愛に近いものだと知った俺が宇都木に掴みかかろうとするようなことはもう無くなって、だからマンションの部屋での二人のラブシーンも、気に食わないが映研スタッフの一人として冷静にみられるようにもなった。 (とにかく映画が出来上がるまでに、響にはちゃんと言わなくちゃいけない)  それ即ち、『俺とまた、一緒に住もう』ということをだ。響は高杉のじいちゃんばあちゃんの定食屋を手伝っているから、大学近くからは離れられないだろうけれど、別にじいちゃんばあちゃんと一緒に住まなくても店の手伝いぐらいできるだろうし……何より俺が、兄として今までずっと響に辛い思い、寂しい思いをさせていた分一緒にいてやりたい。でも『人殺しの親に育てられた兄』と俺を忌むじいちゃんに、俺はどうやってそれを納得させようというのだろう。それを解っている響が、じいちゃんに気を使って俺の提案に悩むことになるかもしれない。そう思ったらなかなか言い出せなくて、宇都木ともあっさり何事もないままに、本島での撮影期間も一週間を越えて、俺たち映研メンバーは、夜の港(部長の家のクルーズの駐車スペース)でのラストシーンを迎えている。  お盆が近い夜の港に、涼しい風が吹いている。 「どうかしら? 私たちって背格好も似ているし、後ろから見たら響ちゃんそのモノでしょう」  薄明りの中、響と同じ黒のミドル丈ワンピースを着て、響と似た長さの黒髪のウィッグを被っている部長がその場でくるっと一回転する。安来先輩が『部長、最高です!!』と部長を誉め讃えて拍手をしている。 「市原も、どう? ちゃんと私、主演女優みたいに見える?」  悪戯っぽく俺の隣まで来て歯を出して笑う部長は、ラストシーンで夜の海に飛び込むところを、大事な主演女優にやらせるわけにはいかないと代役を買って出たのだ。いくら知った港で、梯子だってカメラからは見えない角度で掛けているし、救助浮き輪も用意しているとはいえ俺も少し部長が心配で、最近パーマが取れかかっている髪を押さえつつ眉を上げる。 「本当に飛び込むんですか部長。海、真っ暗ですよ」 「私が書いた台本だもん、皆もいるし恐くなんかないわ。責任だって自分で取らなきゃ」 「女性にこんなことやらせるなんて……俺がもっと華奢だったら代わるのに」 「アハッ、華奢で女の子みたいな市原なんて想像もつかないわ! あの響ちゃんと兄妹のわりに、市原は顔もまあまあだしね」 「……」  それが部長。小さい頃は俺も『お姫さま』みたいだったらしいですよ。とは言いにくく、眉を曲げてため息をつく。と、ふいに後ろから何者かに伸し掛かられて『うお』と俺は声を上げた。 「透、部長のことがそんなに心配か?」 「むっ……宇都木。そりゃあ部長だってあれでもか弱い女性だから」 「あんまり気のあるような素振りを見せてやるなよ。彼女が余計に可哀想だ」 「えっ?」 「お前、気づいてないのかよ」 「何を」  後ろから俺の腰に腕を回して、意味ありげに宇都木に下腹部を擦られるからそれを振り払って、俺は眉を潜めて宇都木を振り返る。響より先に撮影準備を終えている宇都木は『はー』とため息を吐いて『やれやれ』と奴の額に手を当て、俺に呆れたような態度を取ってくるから更にムッとする。 「何だよ!」 「お前はきっと、今までもそうやって世の女性たちをスルーしてきたんだな」 「女性たちをスルー? 何言ってるんだ、俺はいつだって女の子に優しくしてる」 「それが余計にいけないんだよなぁ」  ケラケラ笑って宇都木は部長や響の方に戻っていって、俺は一人でパソコンの前に取り残された。あれから、予想に反して宇都木は俺に『答え』なんかは求めては来ていないのだ。あの日の病室でのこと、もしかして夢だったんじゃないかと思うくらいにあっさりしているかと思うと時々セクハラはしてくるが、例えば言葉にして『好きだ』とか『可愛い』だとかを言ってくることは無い(別に実際俺はかわいいわけじゃないけれど)。 「本番行きます、ヨォーイ!」  バチン! 安来先輩がカチンコを鳴らすと、港に立った黒いワンピースに裸足の響が悲し気に、涙を流しながら彼女の台詞をいう。 「私は海の魔女なの。広い海で一人きり、過ごすことが私の運命(さだめ)だった」  パソコンの画面に宇都木が映る。息を飲む表情。宇都木も最初はまあまあだったけれど、ラストシーンに来るまでに奴の演技を磨いてきている。もしかしたらコイツ、将来俳優になったりして……なんて頭の他で考えていると再びカチンコがなって『カット、オーケー!』とワンピース姿の部長の声が港に響いた。それを皮切り、皆が部長の飛び込みシーンの安全確認に走り回って、俺も浮き輪を車から出してきては『浮き輪、オッケーです』と部長や皆にそれを見せて、はしごの安全を確認している大道具さんの方にも駆け寄っては俺もそれがしっかりしていることを確認した。 「ヨォシ! じゃあ皆、ラストシーン撮りと行きますか!!」 「「「はいっ」」」  ラストシーンに台詞はない。宇都木の表情ももう取ったし、あとは海に落ちていく部長と、彼女が落ちていった後の水面や港の様子を撮影するだけ。一カメ二カメが息を飲んで用意をして……そりゃあそうだ。これこそ一発勝負に他ならないから。響も不安げにワンピース姿でパソコン前の俺の方に寄り添ってきた。 「お兄ちゃん、部長大丈夫かな」 「ああ、うん……安全確認は十分したから」 「私だったらあんなこと、自分の脚本だって言ったってきっと出来ない」 「ああ見えて根性の人だからな、部長は」  そういうと響も『そうだね』と言って笑い合って、そうして兄妹水入らずでいる所にお邪魔虫の宇都木が割って入ってきた。 「確かに。最初はただの我が儘お嬢様かと思ってたけど、部長はなかなかどうして根性があるよな」 「宇都木、」 「始まるぞ。俺たちの映画のラストシーンだ、心して見ろ」  言われなくたって心してみるさ。思って部長が港の淵に立って、それでもってカチンコが鳴るのを待つ。副監督の安来先輩が『本番、ヨォーイ』といつも通り声を上げて、カチンコが鳴ると振り返りもせず、フラッと部長の後姿が海に消えていく。バチャン!! 水しぶきが上がって、カメラさんが走っていって彼女が沈んだ水面の様子を撮りに行く。一秒、二秒、三秒、四秒、五秒。気が遠くなるくらい長く感じた沈黙ののちにカチンコが鳴って、 「オッケーです!! 部長、部長無事ですかぁ!!?」  一番に安来先輩が港の淵に走って行って、水面を覗き込むことをする。結構深くまで沈んだらしい部長は少しして自然に浮かび上がってきて『ぷはっ』と息を吐いて立ち泳ぎで親指を立てるから、皆が『わぁっ』と沸いた。クランクアップだ。俺もパソコンから離れて、海に浮き輪を投げ込むとうまく部長がそれをキャッチして、だからそんなに離れてはいない梯子の方に水上の彼女を誘導する。梯子を部長は自分の力で登って、潮に濡れたワンピースを重そうにしながら港に這い上がってきた。そうしていつもの毅然とした様子でその場に立ったびしょ濡れの部長が声を上げる。 「みんな、お疲れ様!! カメラ、ちゃんと撮れたわね?」 「「はいっ」」 「市原、映像は?」 「バッチリ最高です、部長」 「うーん、ヨシ! そうしたらクランクアップね、皆、お疲れ様!!」  再び『わあっ』とスタッフも演者もが沸いて、メイクさんが部長にタオルをかけて『大丈夫ですか』と彼女を気遣う。皆が部長を取り囲んで輪を作っていて、部長は勝気に笑って『ご苦労ご苦労、』と皆を労っていたけれど次の瞬間『くしゅん!』とくしゃみをしたから、安来先輩が慌てて追加のタオルを部長に被せに行った。 「部長! 早くシャワーに!! あっ、そ、想像なんかしてませんよ!!?」 「……安来、私は何も言ってないわよ」 「もっ、もうしわけございませーーーん!!」  そんないつもの二人のやり取りにも皆が笑う。今日は久しぶりの皆での打ち上げ、飲み会があるから部長は一旦シャワーを浴びに近くのマンションに寄って、他の部員で一足先に繁華街の居酒屋の、予約していた大部屋に集まって、俺たちはいつもの酒盛りを始めたのであった。

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