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13.泉崎病院にて

「熱傷が出てるね」  たまたまその日の外来担当であったらしい院長先生が俺の腹を見て、冷静にそう宇都木と同じことを言う。最初看護師さんに事情を説明したところ『スタンガンでやられた!?』『大丈夫なの、相手は? 被害届は出したの!!?』などと随分騒がれたものだったが、医者と言うものはこうも冷静なものか。そう思う。 「見た所元気そうだし、聴診にも異常はないけれど……いちおう検査して、今日一日入院でもするか、良いかい?」 「えっ、入院ですか」 「何か外せない、這いつくばってでも行かなきゃいけない予定でもある?」 「いえ。まあ映研も今日は休みだし、明日までなら」 「ではそのように進めよう……ん、君は映研に入っているの? 映研の市原くん、」 「え?」 「いや、何でもないよ。いったん待合室で待っていてくれ。あとは看護師が、手続きや案内をするから」 「ありがとうございます」  イケメンのおじさま院長は俺の名前に引っかかっていたようだけれどそこはスルーして、言われた通りに付き添いの宇都木が待つ待合室へと俺は戻る。 「よお、どうだった」 「検査入院、一応明日までだって」 「フーン。まあ、スタンガンくらってピンピンしてる方が変だもんな」 「ハハッ、健康体だと言えよ」  何気ない会話の後、院長に言われた通り看護師さんに、俺と宇都木は入院棟まで案内される。少し四人部屋の病室で手続きをして、親代わりのじいちゃんばあちゃんに連絡が行っては電話がかかってきたりもしたが、彼らの見舞いについては『全然大丈夫』と、断っておいた。四人部屋とはいっても他三名のベッドが空いているから実質は一人部屋で、検査を終えて入院服に着替えた俺が病室に戻るとまだ宇都木がスマホ片手に待っていたから俺だって『変な顔』をする。 「まだいたのか。帰って良かったのに」 「響がお前を心配して、連絡を寄越してきたんだよ。検査の結果は?」 「ああ、異常ないって」 「そうか」  また宇都木が顔をおろしてスマホで響への文面を打っているのを横目、ベッドにいちおう身体を横たえる。俺の大事な妹の響。俺がかつて守り続けた響のことを、俺はいつから忘れてしまったのか……それについては曖昧だ。父親が死んだこと、母さんが逮捕されたこと、俺たち兄妹がそれぞれの祖父母に引き取られて離れ離れになったことは覚えているのに。考えに耽っていると、連絡を終えた宇都木がジトっとした目で俺を見つめて、それから自嘲気味に笑った。 「電気ショックで思い出したって感じか?」 「いや、なんていうか、」 「転校して名字が変わったお前と違って、響は地元に残って同じ小学校に通いつづけることになって……結構酷いいじめを受けてた」 「え……」  あの響が? いいや、響は確かに昔は内気で大人しかった。殺人事件のあった家の子供と言うことだって近所中で有名になるだろうし、そういうことがあってもおかしくはない。 「高杉の爺さんが『女の子が、結婚もしていないのに名字が変わったりしたら可哀想だろう』って言い張ってそうなったんだけど、軽率っていうか考えが浅いよな。俺だってお前が響を迎えに来るまで、俺が代わりに響を守ろうって虫よけはしてきたけど、やっぱり学年が違うから完全には守り切れなくて。まあ中高生になったら、そういうセンシティブな問題は自然とタブーになってきて、響も普通に暮らせるようにはなってきたんだけど」 「……」  俺が響を迎えに行くまで。宇都木はそう思っていたのか。ならば猶更、再び出会った俺が響を、宇都木を忘れていることを知って失望しただろう。宇都木の『変な顔』も、響の『変な顔』も、つまりはそういうことだったのだ。 「響が綺麗に育ってモテ始めて、今日みたいなストーカー紛いが現れたりするわ、色んな所で狙われるわで俺も大変だったんだぜ?」 「ごめん、」 「ハハッ、でもさ。俺はお前のことも心配してたんだ」 「俺のことも?」 「お前、小さい頃は響と並ぶくらい……いや、もっと綺麗で女の子みたいで儚げで、心は逞しかったけどそれでも変な大人によく絡まれてただろ」 「は?」 「そこらへんは覚えてないのか。ってかお前、俺のこともまだ思い出してないな?」 「えーっと」  元あった俺たちの実家の隣の祖父母の家の、響のご近所さんなんだから、おれとも宇都木は幼馴染なのだろうが、俺の記憶はまだ曖昧で。俺は事件のこと、家族の行く末あたりのことしか思い出していない。つまり宇都木の言う通り、俺には宇都木はまだ『大学の同級』ってだけに他ならない。宇都木はそれが不満らしく、持っていたスマホをサイドボードにおいて、背が持ち上がったベッドに横たわっている俺の上に、覆い被さってずずいっとそのイケメンで、俺の顔の前まで迫ってきた。 「綺麗で強い、儚げでいて凛としたお前のことを、俺は俺の『お姫様』だと思ってたよ」 「おひめっ……!? ぶはっ」 「お前がこんなに大きくなって男っぽくなって、それでも俺は一目見てお前に気が付いた。つまりこれが、どういうことかお前には分かるか?」 「お姫様……お姫様、俺が? ハハッ、いや、全然わからん」 「なあ『透』。小学生の頃の俺は響の目を盗んで、いつもお前の痛々しい身体を診るふりをして、お前に悪戯をしてた」 「はっ……」 「これ、も、その一つ」  いって目前にあった宇都木の顔が、そのまま俺の唇に降ってくる。ちゅ、と触れるだけのそれはとても優しく、愛しいものにするみたいなキスで。一重瞼を見開いて、ポカンと宇都木を見上げている俺に、宇都木はそれからも、何度も何度も触れるだけのキスを顔中に降らせてくるから、 「ちょっ、ま、待て待て! 宇都木止めろっ」 「お前が俺を、思い出すまでやめない」 「そんなこと言ったってこんな、いつ誰が来るかもっ……」  ツカツカツカツカ。こっちに向かってくるヒールの音が聞こえたから『おい!』と俺は宇都木を突き放して、突き放した次の瞬間に、俺の病室に見知った女性が入ってきた。 「市原、大丈夫!? スタンガンでやられたって何なの!!?」 「えっ、部長?」  そう。部長。映研のあのお嬢様部長が、連絡もしないのに何故か俺の病室にやってきたのである。面食らってまだ不貞腐れている宇都木を無視して、俺は部長に疑問を呈する。 「どうしてここが? 何で俺が入院したのを知ってるんですか?」 「いやね、どうしてって。ここ、私のお父様の病院よ」 「えっ、あっ……泉崎(いずみさき)病院!?」  確かに部長の名字は『泉崎』で、ここは大学の近所の病院で、部長の実家も近所にあるとは聞いたような聞いていないような。本当に俺は何も考えていないというか、他人への興味が薄いというか、だ。 「お父様から『お前の大学の映研の『市原』って子が、スタンガン被害で入院してるぞ』って連絡があったのよ!! 市原って一人しかいないじゃない、だから思わず私……あっ、迷惑だった!?」 「いえ、迷惑ではないですが……ただの検査入院ですし」 「それでも心配なのよ! あっ、え、映研の部長としてよ!?」 「はあ……?」  焦って赤くなってそっぽを向く部長に小首を傾げていると、乾いた笑いでさっき俺に突き飛ばされてひっくり返りそうになった宇都木(俺の隣に座っている)が部長に事情を説明する。 「部長こいつ、響をストーカーから守ろうとして、自分が代わりにスタンガンを浴びたんですよ」 「まーた響ちゃん? 市原アンタ本当に……ってゆうか宇都木くん、居たのね」 「最初からいましたけど」 「あら失礼。ゴホン、それにしても市原、休日まで響ちゃんと会ってるの? アンタたちってまさか、」 「あー、ソレなんですけど部長。あの……とても言い辛いんですが」 「えっ」  俄かに不安げに眉を上げて、俺のことを真剣な目で部長が見つめてくる。どこから説明しようか、俺は迷っていろいろ省くことにして、 「響は俺の、生き別れの妹なんです。その、今まで黙っていてすみません」 「はっ、ええ!? 生き別れの妹!!?」 「黙っていて、というか……俺も今日その事実を思い出したんですけど。とにかく部長には要らない心配をおかけしました」 「なんだ、そうだったの……『妹』。響ちゃんが市原の、生き別れの妹? アハッ、道理で彼女に、変に執着して過保護にしてたのね」 「ええ、まあそういうことです」 「って、全然わからないわよ!? もっとちゃんと説明しなさいよ!!?」 「えっ、いやーそこはなんというか」  ごにょごにょ言葉を濁す俺に、隣の宇都木がずいっと俺と部長の間に入ってきてフォローをしてくれる。 「部長、そこは響と透と……俺との間のセンシティブな問題ですので」 「センシティブな? って、宇都木くん、いつのまに市原のこと名前で呼んでるわけ!?」 「俺と響と、透の三人で幼馴染なんです。本当は昔から『透』呼びでしたよ」 「??? はああ!? えーと、ゴホン。今日の所は市原も怪我人だから、まあもう良いわ。ただし! 退院したらちゃんと私にも、事の顛末を説明すること!!」 「え、ええ」 「市原も元気そうだし、検査も異常なかったって話だし、私はもう退散するわね」 「あの、態々見舞い、ありがとうございました」 「良いのよ。それが私の、部長としての役目だから」  素直に礼を言うと照れくさそうにまた部長はそっぽを向いて、それから手に持っていた差し入れ(スポーツゼリーなど)をサイドボードに置いては病室から出て行った。嵐のような人だ。思って息をつくと宇都木が『おい』とまたジト目を向けてくる。 「あのうるさいお嬢様部長に、お前の過去をどうやって説明するっていうんだ?」 「そ、それは……まあ何とか濁して」 「元々濁った記憶をさらに濁すって言うのかよ、お前はそんなに器用な方だったか?」 「何だよ、突っかかるなって!」  宇都木を責める俺だけど、宇都木はそれ以上に俺を責めるような目で見てくるから居心地が悪い。そんなに俺が、宇都木のことを思い出さないことが不満なのかよ、仕方ないだろ! とは思うが、それはまあ見当違いってやつなのである。俺だって後になって気が付くことだが、宇都木はあの部長の態度に思うところがあるのだ。『まあ良い』と宇都木が言うと、立ち上がって今度は部屋の扉を閉める。ベッドに戻ってきたと思ったらそこを囲んでいるカーテンまで閉めて、何を思ったか靴を脱いでベッドの上に乗りあがってくる。 「じゃあ透。お邪魔虫はいなくなったし、これからここで、お前が『思い出す』のを手伝ってやる」 「はっ? な、なんだよ……なんで乗りあがってきて?」 「愛しの妹のことは思い出して、それと同じくらい一緒だった俺のことだけ、思い出さないなんて不公平だろ」 「ひえっ」  おれが変な声を上げたのは、宇都木が俺の入院着のズボンの中に手を忍ばせてきたからだ。下着の上からさすさすと俺の股間を撫ぜるから、怪しい手つきに俺だって少し、反応してしまう。 「おっ、おい何のつもりだ!? やめろって!!」 「ふふん、とかいって透、ここは反応してるぜ。なあお前、童貞処女か? 誰かと付き合ったことは?」 「つっ、付き合ったことくらいは、ある! ふわわっ」  付き合ったことくらいはあるが、セックスはしたことがない。高校時代の彼女とそういう雰囲気になった時、俺が彼女に勃たなくて、ぶん殴られて振られたのである。黒歴史だ。緊張していたからだと思いたいが、俺は今イケメンで男で幼馴染だという男に股間を擦られて勃起している。もう片手で俺の入院着をはだけさせて、胸元を晒した俺に(海で見ただろ、とは思うが)宇都木は『はぁ』と熱い息を吐く。 「ふはっ、なあお前、女の子のこと相手に出来たか?」 「うっ」 「やっぱりな。何せこの俺が、小学生の時にちゃーんと仕込んでやったんだから」 「えっ……アッ」  ついに握られて、変な声が出る。胸元にも宇都木の高い鼻先が掠って、そのまま舌で乳首を舐られる。何ということだ。彼女の裸を見ても抱きつかれても勃起しなかった俺が、やっぱりどうしてこの男に触られて愛撫されて勃起しているだなんて。っていうか『小学生の時に仕込んだ』と宇都木は言うが、俺がじいちゃんばあちゃんに引き取られたのは小学三年生の時だぞ!? それ以前にこいつは俺に、手を出していたというのか。早熟すぎないか? 響が俺のこと、というか俺と宇都木のことをやたらと心配していたのはこういうことだったのか。と、今更になって気が付く。でも…… 「おまっ、ひぃっ、おれ、は、もう、全然可愛くなんかっ……!?」 「知らなかったか? 俺には今でも、お前が可愛くて堪らない」 「むねっ、ち、ちくびを吸うなぁっ!?」 「なんで、敏感だから?」 「あっ、はぁっ、は、乳首、しながら、擦り上げるなっ……」 「流石にあの時は射精できなかったもんな。透、なあ、今日が初めてだ。やっとお前を射精させてやれる」 「ざっ……けん、な! どうして俺が、お前なんかの手で、」 「抵抗しないくせに、おっかしい奴。てか透、顔……表情トロットロ」  乳首をしつこく舐っていた宇都木が顔を上げて、俺の頬を片方の手の平で包み込んだかと思うと、『トロットロ』になっているらしい俺のB級一重面に軽くキスして、それから舌で、今度は深く口付けてきた。ゾクゾク、腰が震える。それは宇都木が俺のモノを下着越しにゴシゴシしているせいもあるが、宇都木のキスが、何より気持ちいいっていうのもある。今までは、孤島の大雨の中でキスされたときには混乱ばかりだったけれど、宇都木が俺を、笑える話だが『可愛くて堪らない』と思ってやっていると思うとキュウウっと胸が締め付けられる思いである。 「ふぅっ、ん、んぅっ……」 「はっ、声も、そんなに甘ったるくなるんだな、透、」 「あっ、ぁっ、くっ、」  なんだ? 俺、本当にコイツに『仕込まれて』いるみたいだ。宇都木に触れられた、どこもかしこもが熱くてたまらない。宇都木のキスは、手つきは舌は、理性が吹っ飛びそうなくらい甘くて気持ちいい。でも微かに……、 「はぁっ、はっ、はっ、うづき、宇都木ぃっ、下着っ、入院服が汚れるっ、」 「っふ、確かに。脱がしてやる、」 「じゃなくてっ、もぉやめぇっっ!?」 「そういう顔はしていないぞ、」  一旦やめた口付けをまた再開して、宇都木は器用に俺のズボンと下着を太ももまで降ろす。下着を降ろしたってことは、俺の半剥けの勃起した性器が空気に晒されて、おまけに今度は直に宇都木に握られてしまうっていうことで、 「ひぁっっ!!?」 「はぁ、もうグズグズ……透、とおる、可愛いな?」 「んっ、んんっ、んぅうっっ、んんんーーーーーっっ!!?」 「ほらっ、イけっっ!!」 「んぅ゛っっ!!?」  最後に一番深く口付けられて、くぐもった声を上げて俺は……宇都木の手によって腰を浮かせて『どぴゅっ、ぴゅるるっ』と、勢いよく射精させられてしまったのであった。 ***  一度イった後も、宇都木は一滴たりとも俺の精巣内に精液を残さない、とばかりに裏筋をなぞったり先っぽをぐりぐりしたりして、俺の精子の残滓まで絞り出すから腰がガクガクして『あっ、アーっ』と情けない声が止まらなかった。やっと処理が終わって離してもらった頃には俺は自分でも分かるくらい脳髄までトロトロに蕩けさせられていて、真面な思考もほとんど残っていなくていつのまにか宇都木にしがみ付いていた。 「ひはっ……はぁっ、は、」 「ん、全部出たな」  今度はしがみ付いている俺の耳元に口付けられて、それでもってやっと俺は脱力する。少しずつ思考が戻ってきて、ふっと俺から退けた宇都木を見上げると、宇都木の高そうなパンツが苦しそうに押しあがっていて、そっちも高級そうなきちっとしたシャツに、俺の精液がべったりとくっついていたから赤面して、 「あっ……ご、ごめん宇都木っっ、俺、お前の服に!!」 「良いよ。俺がそうさせた」 「で、でも、あっ! クリーニング代、」 「ハハッ、相変わらずのお天気頭だな? お前、俺に無理やりイかされたんだぜ?」 「っっ、」  ひゅっと息を吸って、それから気が付いておれはズボンと下着を一気に引き上げる。俺に悪戯して勃起している宇都木の股間については、悪いが知らん。そして同時に、少しずつ宇都木の幼いころの姿が脳内によみがえってくる。こいつは小学生の時からイケメンで、保護者のお母さまたちにもモテていて、でも本人は俺にベッタリで響と一緒になって俺を取り合っていた、様な気がする。そして、 「宇都木……お前、何もわからない俺に、良くも色々と、」 「ついに思い出したか」  そうだ、宇都木が言っていたことだ。おれは宇都木に、響の目を盗んだところでたくさん悪戯をされていた。小学校低学年だから勿論宇都木の言う通り、達するというか射精することは無かったけれど、かなりのレベルのことまでされていた覚えがある。でもそれ以上に宇都木は、 「そっか、お前……お前が通報してくれたんだよな。お前が俺たち家族のこと、いつも見ていてくれて、じゃなかったら俺たち今頃」  そう、父さんをめった刺しにした母さんの包丁は、次には俺たち兄妹に向いていたのだ。一家心中する所だった俺たちに一番に気が付いて駆けつけてくれたのが宇都木だった。思い出すと涙を浮かべて、俺は宇都木に感謝せざるを得ない。 「あの時は、ありがとう……響のことも、今までずっと見ていてくれて、サンキュ」 「俺の自己満足だよ。実際響は、俺を疎ましく思ってるしな」 「ハハッ、そりゃーそうかもな」 「今でも俺が、お前にまた手を出すことを心配してる」 「いや、それは出してるだろ。今出したろうが、」 「ふはっ、」  奴の服をティッシュで拭って俺の入院服を直しながらの宇都木が可笑しそうに笑うから、俺もおかしくなって笑う。宇都木が俺の上から退けて、カーテンを開けるとちょうど病室がノックされて、女の看護師さんが中に入ってきた。 「市原さん、お腹にお薬塗りましょうね」 「あっ、は、はい……」  たぶんベッド周りには性の名残、匂いがしただろう。看護師さんは俺の顔を見て、宇都木のイケメンを見て『キャ』と少し恥じらったけれどそれ以上を言及することはせず、『失礼しますね』と俺の入院服を捲って熱傷のある腹に薬を宛がい始める。それを少し眺めて、宇都木は『ふう』と息を吐いて、それから俺に声を掛けてきた。 「じゃあ透、俺も帰るよ。明日からはまた、映研の撮影でな」 「ああ、うん。また、」 「安静に、」 「解ってる」  最後目を細めて笑って宇都木が出て行って、看護師さんも用事を終えて『お友達ですか? かっこいいね』と一言言って病室を出て行って、一人きりになると俺の身に降りかかっている問題を思い出す。それ即ち、俺のことを嫌っている、市原のじいちゃんばあちゃんを憎んでいる高杉のじいちゃんのことだ。これ以上彼らに迷惑をかけられないし、出来たら響を引き取りたいな。まだ社会人にもなっていない俺だけれど、出来たら響とまた一緒に暮らせたら良いと、そう思う。でもあの様子じゃあな、きっと許してくれないだろう。 (それに明日から、また撮影が始まる、)  孤島での撮影を終えた俺たち映研には、今度は部長が借りているマンションや街角での撮影と、ラストシーン、港での夜撮影がある。響が俺と映研で一緒だということを(高杉のじいちゃんに)話すとは思えないからそれについては問題ないと思うけれど……。 「っていうか、アイツ」  俺に悪戯した、宇都木。俺を『可愛くて堪らない』といった宇都木は、俺のことがもしかして好きなのか? いや、たぶん好きなんだろう。疑問形にするまでもない。じゃないとあんなこと……を、大の男にするわけがない。では俺は? きっといつか、近いうちに宇都木への答えを求められるのかもしれない。俺は、宇都木のこと……いやいや、実際好きなわけがないだろう。俺はノーマルな男子大学生だし、彼女だっていたことがあるし、あんな、恩があるとはいえイケメンの同級を、好きになる謂れはない。でも、もしも、 (もしも俺が、あいつを振ったら、)  あいつはどんな顔をするんだろう。それを思うとキュッと胸が締め付けられるのはどうしてだ?

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