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雪虫4 1

 後片付けをしていた時、ひゅっと喉がなってその場に立っていられなくなった。  ここは大きな病院の一室……室内の装飾から見ると院長室とかそう言うお偉いさんが使いそうな部屋で、鍵もかかっているから急に襲撃されるなんてこととは無縁の場所だ。  だからオレ、しずるが壁に縋りつくようにしてうずくまってしまった時、同じく撤収作業をしていた医者の瀬能は慌てるでもなく怪訝な表情を作っただけだった。 「緊張がゆるんだかい?」  胡散臭い笑顔を向けてくる年配の男に……でもオレは顔を上げることはできない。  先ほどまでこの部屋では、特別な客を迎えてその人物の妊婦検診を行っていたところだった、バース医の権威でもある瀬能が直接診察に来なくてはならない程の身分と症例と言うこともあって、緊張はしていた。  けれど、これはそんなもんじゃない。  壁の向こう、はるか下、それはまだ病院の玄関にも来ていないのに、感じるのだ。  すんすんとフェロモンをかぎ取るために鼻を鳴らすような行動をすると、瀬能は怪訝な表情をさらに深める。 「……せんせい、何が……くるんですか?」 「何? 何って……言われてもねぇ、ここ病院だから急患 かなぁ」  そう言ってオレの隣に立ち、窓の外を見下ろす。  病院の最上階にあるこの部屋からはどんな場所も見えそうなくらい遠くまで見渡せたけれど、瀬能の視線は真下に近いところを見ている。 「ああ、さっきの客のお迎えが来たようだね。ふむ、ちょっと挨拶してこようかな」  瀬能の調子は相変わらずだ。  ちょっと用水路の様子を見に行ってくるよって言うような調子でさっさと院長室を出て行ってしまった。  一人残されてオレは……  ぶるぶると震えていた。  何かが近づいてくる予感に、それが化け物と呼んでも差し支えないようなフェロモンを持ったナニか……いや、αだと言うことに。  恐ろしくて怖くて、自分にできることなんて何も見つけることができなくて……大神達に鍛えられていなかったら、もしかしたら鼻水を出して泣き出していたかもしれない。いや、鼻水だけで済めばいいのだけれど…… 「アレは  なんだ、アレ  」  答えだけを言うなら簡単だ。  人。  男。  α。  言い表すだけならいろんな言葉がある。  けれど、そのどれもアレのすべてを言い表してはいなかった。 「アルファは……あんなになるのか……」  震えながらも怖いもの見たさでそろりと窓から下を覗き見ると、異国の濃い砂漠を渡る熱い風の香りがした。  日本では決して感じとることのできないそれは、そのαが日本人ではないと言うことを教えたし、ただならぬ者なんだと言う証拠でもあった。

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