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赫の千夜一夜 1
高い気温、けれどさらりと感じる程度の湿度、それから見上げれば眩暈を起こしそうなほどの蒼天。
異国の花の香りと砂の匂い。
男は……大神はばらけた前髪の間から太陽の位置を眺め、肩を竦めるようにして歩き出した。
「rigardu!」
「malmultekosta! malmultekosta!」
市場の左右の露店から聞こえる言葉はもちろん日本語でもなく、ましてや英語でもない。けれど大神はそれに構うことなく、賑わう人々の間をサンダルをペタリペタリと鳴らしながら進んでいく。
この国に溶け込むようなくたびれた砂色のランニングシャツにゆったりとしたパンツ、整えてもいない頭髪と無精ひげと言う気怠げな雰囲気は、直江が見たら卒倒しそうなほどラフなものだった。
けれど、荒い顔立ちにはそれが良く似合って……
すれ違う人々が振り返ることも少なくはなかったし、シャツから覗き見える入れ墨に興味を持って声をかけてくる強者もいた。
何人目かの声掛けを無視して、大神は一軒の店の前に立ち止まって山と積まれたリンゴを指さす。
「Mi volas 5 pomojn」
大神の言葉はもちろん伝わってはいたが、指さしと大きく広げられた掌を見て店番の夫人は頷き返してくれる。
それから と視線を巡らせ視界の端に入った物を見て目を細めた。
「tiam…… 」
あれはこの国ではなんと言ったかと、ふと言葉が詰まる。
簡単な会話ならできたが、細かい物の名前までは把握していなかった。
「アカイ ノ?」
急に飛び込んできた母国語にはっと目を見張るが、対応してくれているのは気の良さげな恰幅のいい夫人で、それ以上でもそれ以下でもない。
「そうか 確か、日本人が嫁いだんだったな」
この国の伝統的娶り方。
ルチャザ国の性格とでも言うのか、国全体が国外から王子の花嫁を受け入れるのを歓待し、その花嫁の文化を嬉々として受け入れると言う変わった文化を持っていた。
王になる人間は世界中を旅して運命の番を見つけるのだと、そんな話を聞いたことを思い出して大神は顔をしかめそうになる。
「赤い チューリップは……」
「Tulipo please」
そう横から言葉をかけてきたのは日本人だった。
黒髪黒目、この国の人間からしたら平坦に思えるけれど、性格が出ているのか少しきつそうな雰囲気もある、すがめるようにして大神を見てから受け取ったチューリップを手渡してきた。
「これだろ?」
「ああ。英語も通じるんだな」
「ところどころ簡単なのならね、今ならフランス語が一番通じるんじゃないかな」
前王妃はフランス語圏の人物だったためか今の若者が愛を囁く際はフランス語で囁き、年寄り連中はイタリア語で愛を語るのだと聞いた。
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