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赫の千夜一夜 2

 それぞれの時代のそれぞれの王妃の国の文化を受け入れた結果、こうなったのだと言われている。  一応の共通語らしきものはあるものの、年代によってはメインに使う言葉が違うので言語統一をと何度も提案されたそうだが、王族の結婚騒動の度に元の木阿弥となってしまうらしい…… 「ところでおにーさんは旅行者?」 「ああ」 「長いの?」 「……」 「ここらでちょっと故郷が恋しくならない?」 「何を言っている」 「日本語で話し合える相手とか、どう?」  リンゴを受け取るために伸ばした逞しい前腕に添えられた指は、ただ置いてあるだけなのに酷く扇情的だ。  特段いやらしい動きをしていると言うわけではなかったのに、わずかな曲げ方や力の籠め方がそう言った誘い方に精通しているのだと物語る。 「同郷だしさ。おにーさんなら一食分でいいよ?」  下から見上げて、媚びを売るようなのにこちらを値踏みする目。随分と馬鹿にされたもんだ……と体を摺り寄せる男から距離を取る。  この国で「日本」が儲かると知ってやってきたのか……それにしては と、大神はその姿をさっと眺めて眉をしかめた。  青年のすがめられた目の小慣れた感じに溜息が出る。 「間に合っている」 「ちょ  そんな! 楽しい時間を過ごせるよ?」 「   失せろ」  何枚かの札を服に捩じ込み、背を向けて歩き出す。 「馴染がいるだろう?」  再び腕を絡めようとした男を躱し、硬質な双眸に棘を含ませるようにして睨みつける。  この男に絡みつく執着の塊のような香りはやけに鼻について不愉快だった。    見た目はくたびれた宿とは言え、看板の下には「Ωsafety」の文字とそれを示すための世界共通マークであるハートとネックガードをあしらった絵が描きこまれているここは、Ωが発情期の際に利用できると保証された宿だ。  大神はそこのフロントへと入り、年の数だけ顔に皺を刻んだ老人に声をかける。  自分自身のこの国の言葉がどれほど通じているのかはわからなかったが、伝わらないなりに意思の疎通ができるのはありがたかった。 「Ŝanĝu ĝin」  鍵を受け取った大神に、老人はシーツを手渡して借りている部屋の方を指さす。  こう言う宿だけに「そう言うこと」に手慣れているのか、老人には何か詮索するような下卑た雰囲気はかけらもない。  いや、この国が全体を通してΩに対して日本とまったく違う態度をとっているんだ と、階段を上りながら思う。 「この国に着いて、正解だったのかもしれんな」  金が禿げた鈍色のドアノブを掴む前に大神はそう一人で呟き、開けるために力を込めるのをわずかに遅らせた。  他の国だったらどうなっていただろうか……と考え、頑固そうな口元をむっと引き結ぶ。

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