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落ち穂拾い的な 三人のΩ

 ゆっくりと離れた唇は名残惜しげだったけれど、ぐぅ と鳴ったシモンの腹の音に淫靡な空気は霧散して…… 「食べ物運んでもらってるから」  くすくすと笑いながらカイが寝台の外を指さし、シモンは腹を押さえながら恥ずかし気にこくこくと頷いて返す。  もう、幾度こうして三人で発情期を乗り越えたか……数えようとしてクイスマは肩をすくめた。  幾ら数えたところで未来にあるのも同じ光景なのだから、指を折って数えるのも無駄と言うものだ……と二人の後を追って寝台を降りる。  クイスマ達に番はいない。  いや、かつてはいたがそれも随分と昔の話だった。  騙すように無理やり連れてこられ、有無を言わさずオモチャに名前を書くかのように項を噛まれた時を思い出し、テーブルに着く二人に近づこうとしたクイスマの足がすくむ。 「あのお方はもういないのに……」  何人もの珍しい外見を持つΩ達を囲った籠は、主人であるαを失って瓦解して……行き先がなかったり外に出たくないものが残り、そして三人になった。  一時は発情期を迎えたΩ達のフェロモンで噎せ返っていたこの空間も、そんな雰囲気など一切ないようにすべてが当時と変わっていて……  変われないのは自分だけだと小さくごちながらクイスマはテーブルに着いた。  浅黒い肌、  砂漠と同じ色の髪、  月と同じ煌々と光る瞳、  クイスマはこの国の王族ならではの外見を思い出しては、震えそうになった。  幸い、今仕えている王は月色の髪に赤い瞳をしているためにそれを思い起こさせるようなことはなかったけれど、それでも王族が持つ雰囲気に気圧されてしまう時がある。  このままここにいてはずっとその亡霊のような記憶に憑りつかれ続けるのかもしれないと思わなくもなかったけれど、クイスマは風の入る窓を眺めて溜息を吐いた。   「クイスマ―? 先に体を清める?」  空腹のはずなのに目の前の食事に手をつけないクイスマを見てシモンが首を傾げる。  クイスマの左隣に座るカイは普段からのきついと思わせる目を険しくさせて、「休むか?」と労わる言葉をかけて…… 「いや……食べよう。お腹空いただろう?」  かつてはこの場所全体に紗が幾重にも引かれ、その中では発情を促す香が焚き染められて、それに触れたΩが発情してはフェロモンを垂れ流して……酒とシーシャと香とフェロモンの混ざった臭い。  出ていくことも許されなければ自由に過ごすこともできなかったあの時代。  クイスマは晴れ渡った青空を見せる窓をもう一度眺めた。  淫靡で薄暗い部屋はすべて真白いものに変えられ、華やかな調度品で整えられて、どこにもかつての面影はない。  あの地獄のような日々は……もう来ないのだと、クイスマは艶のある唇に笑みを乗せて二人に向かって顔を上げてみせた。   END.  

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