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ケダモノの聖餐 9
けれど今のレヴィはその声をいなすことを知っていたし、大神の指示した人間以外は傷つけないと言う約束だったから、それを違える気はない。
レヴィはベスのもたれかかる胸元を見下ろし、赤いミミズのような傷跡をぼんやりと眺める。
自分のモノでない臓器がそこに収められていて、奇妙なことにこの体を動かしている。
一度止まったはずの心臓が、こうして再び動いているのは……亡くなったあの小さな子がくれたからだ。
ベスの手に持たれている写真の三人の表情は硬い、けれどそれと相反するように互いの手は握りしめられ合い、お互いがお互いを必要とする三枝の花のように見える。
だからなのか、写真を大事に抱えるベスは花を抱えているように見えて、うとうとと微睡む様は先ほどの墓の姿に似ているとレヴィは思った。
「 ん 」
ベスはずるずると倒れ込むようにベッドに横になるとそのまま寝息を立て始める。
自分よりもはるかに大きいのに、その心はいまだに幼いのかその行動も子供と同じだった。
こんな体にされて、心が傷ついてしまって成長しないのか、それともあの実験で狂ってしまったのか……レヴィにはそのどちらがそうだと答えることはできなかったが、ベスに影響を与えたのは悪意あるあの施設の大人たちなのはわかっていた。
カクリ と首が傾く。
「今なら、あいつら全員血祭りにしてやれるのにな」
思わず漏れた言葉に、はっと瞳孔を縮めて飛び上がる。
周りを汚すと、すがるが掃除が大変だと文句を言ってくるからだ。
「殺すならば、綺麗に殺しなさい。行儀の悪い」と美しい顔で告げてくるバケモノの笑みを思い出して、萎れるようにレヴィは身を縮めると、ベスの手から写真を取って元の場所へと戻した。
幼い自分は何の力もなくすがるしかできず……
Ωの多産にするための研究。
αの才能を伸ばす研究。
Ωの発情を強くする研究。
αのフェロモンを強める研究。
Ωの、神秘の力に関する研究。
αの、他者を操る力の研究。
それから、すべてを取り込もうとするΩ遺伝子がすべてを手放した際に何が起こるかの研究。
その実験に使われた、たくさんのαやΩを礎にして自分達の命が立っていることに理解はしていたが、そのことに関してレヴィは何か特別な感情を抱いたことはなかった。
なぜなら研究で死ななければ自分が殺していただけの話だったから……
一度は空洞になった胸から沸き上がる気も狂わんばかりの殺意衝動に、天を仰いで目を閉じる。
「わかっている。最後に殺すのはレヴィの心臓だ」
それは独り言ではない、天に向かっての宣誓の言葉だった。
END.
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