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壁の中のラプンツェル9

「体を獣共に与えても、心は貴方にだけ捧げるから」  頼りない体重がそっと大神の上に圧し掛かる。 「大好きですよ   大神さん」  万感の思いを込めて呟かれた告白は何かに邪魔されることなく闇の中に散っていく。  目を凝らせば何とか確認できる程度には近い距離なのだから、聞こえていないことはないだろうとセキは様子を窺った。 「もう、寝ろ」 「 ────っ! ちょっとは照れたりしました⁉」 「してない」  暗闇の中で飄々と言われても真実はわからない。 「んもーーーー! これが経験値の差なのかなぁ!」  そう言ってバタン とベッドに倒れ込んだセキの上に布団が掛けられる。 「寝るぞ」 「経験……経験かぁ…………あ! オレの処女を捧げたんだから大神さんの処女をオレがもらうってどうだ! 今ならおまけにオレの童貞もついてくるお得パック!」  「は?」と言いたかったんだろうなって気配が突き刺さるようだ 「ってことで大神さんっ! 処女くださ────むぎゅ」  しずるは慣れないスーツの襟元を弄りながら扉の前で咳ばらいを一つする。  それから、直江が注意するようにと言っていたセリフを一言一句しっかりと思い出す。   『部屋に入っても顔を上げちゃいけないよ? 見たくないものを見るからね』 『見たくないもの?』 『大神さんのナニとかセキ君のナニとか。後者の場合は命にかかわるからね』  そう言って今日は社長の代理で別の仕事に向かう直江は慌ただしく出て行った。 「まず挨拶だっけ   おはようございます、社長。本日は午前中は晴れ、午後から少し曇りそう   ?」  部屋に入ったら下を向いておくようにしようと、視線は常に爪先付近をさまよっていた。  なぜならベッドの上であられもない格好でヤリ潰されている友人を見たくなかったからだ。  なのに、今、床に下げた視線と友人であるセキの視線がばちりと合った。 「おはよー」 「あ? え? えぇ⁉ 大神さんっ! セキがっ   」  布団で簀巻きにされています って言おうとしたしずるの言葉が止まる。 「ソレはそのまま放っておいて反省させろ」 「そんなぁぁぁぁ! 酷いですよっ! ちょっと処女くださいって言っただけじゃないですかぁ!」  なんだその内容は……と呻きそうになってしずるは口を押える。  犬も食わないこんな喧嘩に巻き込まれて割を食うのは自分自身で……  しずるは面倒臭さを感じて何も見なかったと、決め込むことにしたようだった。  布団でぐるぐる巻きにされて床に転がされていたとしても、セキ本人が幸せを感じているのならば口をはさむことがらではないと言うことだ。  しずるはそっとセキに向けて合唱をすると、今日の予定は……と直江に教わった仕事を始めた。 END.  

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