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落ち穂拾い的な 眠り姫
ネームプレートに蛍のシールが貼られている部屋に、カートを押しながら二人の看護師が入る。
病室は柔らかな光に満たされて、静かな空調の音以外は何もないような空間だった。
白いカーテンのかかる窓の向こうにはわずかな雲を浮かべた空が見えるがそれだけで、景色を邪魔するものは何一つないからかどこかこの場所自体が空虚な存在のようだ。
その部屋にあるベッドの上に横たわる人物は穏やかな顔をしていて、微笑んでいるようにみえる。
「今日はよいお天気ですよ、体の向き変えますね」
話しかけながら二人は彼の体をずらし、体調を診てから室内を整えていく。
ベッド上の彼の表情は体を動かしても変わらず、体をう動かされて起きてもよさそうなものなのに健やかな寝息を立てたままだった。
「ずっと、眠ってらっしゃるんですよね?」
乱れた寝具を整えている最中に看護師がポツリと漏らす。
目の前の人物は、見た目だけではどうして入院しているのかわからないほどだった。
顔色が悪いわけでもなければ重篤な怪我を負っているわけでもない。ただいつも緩く口角が上がるような表情で目を閉じているだけで、実は寝ている演技だと言われても看護師は信じてしまいそうだ。
けれど彼は、ずいぶん前からずっとこの状態だった。
「……ええそう」
乱れて額にかかった髪を整えながら看護師は頷いて唇を引き結ぶ。
この病棟にはΩが大勢入院していて、症状も様々だったけれどこの患者は群を抜いて……
「幸せそうですよね、いい夢でも見てるんでしょうか?」
「ええ、きっとね。だから…… 」
答えながら看護師は言葉を濁す。
ずっと眠っている方が幸せだろう と。
END.
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