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第1話

「はっ……はあっ……あっ!?」    会社帰りの深夜。スーツのまま見知らぬ道を全速力で走っていた俺は、アスファルトに落ちていた何かに足を取られ、盛大ににすっ転んだ。すると即座に俺を追いかけていた「それ」が馬乗りになってくる。 「ひぃッ……」  早くこいつを退かさなくては。そう思うのに恐怖で身体が動かない。助けを呼ぼうにも、歯がカチカチと鳴るだけだ。  俺に乗った何かはじっと俺を見下ろしている。いや、見ているのかすら分からない。こいつに目らしきものは無かった。口も耳も鼻も無い。そもそも顔と呼べるのかどうかも分からない闇色の靄のようなものが、スーツを着た首無しの人体に乗っているだけだ。人の頭部よりも少し大きなそれは風も無いのにユラユラ揺れている。それがバケモノを一層不気味に見せた。 「だ、れ……か」  誰かを呼ぼうにも、通りかかる人はいない。何でこのバケモノは俺を追ってくるのだろうか? 平凡以下で幸福とは言えない日常を必死に生きていただけの俺が、一体何をしたと言うのか。  バケモノは無言で俺に靄の部分を近づけてくる。喋れないのかもしれない。靄は次第に大きくなっていった。  かと思えば、ぽん、と音を立てて真っ黒い靄は消える。代わりに、真っ赤な花になった。肩幅と同じ直径の大きな花は、薔薇だった。  何も言えず口をぱくぱくとさせていると、バケモノは悩む素振りを見せる。そして何かを閃いたかと思えば、またぽんっと音が鳴って薔薇は黒く四角い箱になった。  半分よりやや下からぱかっと開き、中から掌サイズの指輪が出てくる。バケモノは白い手袋を嵌めた手でそれを指差した。 「は……?」  指輪。そして1輪の真っ赤な薔薇。薄っすらバケモノの主張を、理解したくないけど理解した。「求婚」の2文字を頭から消すべく、全力で首を横に振る。 「嫌ですごめんなさいお断りさせてください!」  目をぎゅっと瞑ってそう言うと、重みが無くなった。バケモノは俺から退いたのだ。しかしホッとしたのも束の間、靄の頭に戻ったバケモノに米俵のように抱えられる。 「え、何? 嫌だ、助けて、誰かあああああ!」  俺の叫びは誰にも届かないらしい。車も人も通らないような場所に逃げ込んでしまった事を後悔した。バケモノは俺を抱えたまま、スタスタと歩き続ける。不思議な事に、歩いても歩いても俺以外の人間の姿は見えなかった。バケモノの背中を殴り抵抗を試みても、全く効いている様子は無い。  バケモノは見知らぬ道を歩き続け、気づけば森の中にいた。殆ど何も見えない道を、バケモノは街灯に照らされた歩道と同じ速度で歩く。  やがて森を抜け、目の前に大きな屋敷が見えた。バケモノはその屋敷に向かって一直線に進む。  冷や汗が流れた。とうとうバケモノの棲家に辿り着いてしまったようだ。  屋敷の中に入ると、バケモノは俺をベッドに下ろし、素早く首輪を付けた。驚いている間に手と足にも枷を嵌められる。枷と繋がる重く長い鎖は全てベッドの下まで続いていた。 「お願いします……家に返してください」  バケモノは首を傾げる。俺の言葉が通じているのかどうか分からない。だけど多分通じていないだろう。  俺をベッドに繋いだバケモノが今度は服をはぎ取ろうとしてくる。人間と同じ形の手で鋏を器用に使って俺の服を切り裂いていった。 「止めろ、ってば! 痛ッて……」  手で阻止しようとしたが、運悪く刃が腕に当たってしまう。鋏は思った以上に切れ味が良く、剥き出しの左腕に綺麗な赤い線が入った。数秒後には鮮血が溢れてくる。  流血に気付いたバケモノはサッと鋏を投げ捨て、分かりやすくオロオロと狼狽えた。頭の靄も不安定に揺れる。そして慌てて部屋を出ていったかと思えば、木箱を片手に抱えて戻ってきた。  中には救急セットが入っているらしい。腕と、ついでにコケた時の膝の擦り傷まで丁寧に処置したバケモノは、満足そうに頷いた。  1着しか持っていなかったスーツは既に布切れになり、下着すらも履けるものではなくなっている。その上ベッドの上に仰向けにさせられた。  明るい部屋で足を大きく開かされ、両手も頭上で固定されて身動きが取れない。何をされるのか分からない恐怖と同時に、とてつもない羞恥心が襲ってくる。叫んで誰かに助けを呼びたい気持ちは山々だが、この姿を見られたくない。  観察されている。  目があるのかも分からないが、バケモノは俺の足の間で膝立ちになり、俺を見下ろすような姿勢をしていた。 「あの……そろそろ、放してくれませんか?」  聞いてみたが、バケモノからのリアクションは無い。せめて意思疎通ができればどんなに良いだろうか。  ふと靄を見ると、それはまた大きくなってきた。そしてすぐにぽんっ、と音がして、バケモノの頭が変形する。   「カメラ……?」  俺がバケモノの頭を見たのとほぼ同時にシャッター音が鳴った。続けて2度、3度とシャッターを切られる。身動きが取れないせいで逃げるどころか顔や身体を隠すことすらできない。せめてもの抵抗で顔を背けたが、バケモノに顎を掴まれ、強制的にカメラの方を向かされた。 「やだ……」  声が震え、目から涙が溢れる。バケモノはそんな俺の様子を気にすることなく写真を撮り続けた。  しかししばらくしてから、シャッター音はぴたりと止む。しかし「もう終わったのかもしれない」という期待はあっさりと打ち砕かれた。手袋をしたバケモノの手が、俺の尻を撫で始めたのだ。 「触るな、変態」  その手が前の方に伸びてくる。剥き出しの性器を両手で包まれ、軽く扱かれた。こんな状況で、気持ち悪くて嫌なのに身体が勝手に反応する。柔らかい布に溢れた汁が染み込んだせいで変に気持ち良くなってくる。止めてほしいと訴えても手は止まらず、とうとう俺はバケモノの手に射精してしまった。再びシャッター音が聞こえる。バケモノは汚れたままの手で俺の尻穴に触れた。 「そこはやだ、止めろ!」    抵抗しようとしても腰を微に浮かせる事しかできない。俺にバケモノの行為を止める術はなく、どんなに逃れようとしても指は体内に侵入してくる。嫌、嫌と首を横に振っても聞いてくれない。ボロボロと零れた涙は目尻の方から耳の方まで流れ、真っ白な枕を濡らす。視界が滲み、俺を撮り続けるカメラの輪郭がぼやける。 「ひっく……あ、あッ……やだ……誰か……グスッ」    もはや羞恥心などどうでも良い。誰か助けてほしい。バケモノの指は更に奥に入り込み、まるで中を押し広げるようにかき混ぜてくる。 「あ……っく、うぅ……」  気持ち悪い。痛い。早く終わってくれ。  この屋敷には俺とこのバケモノしかいないのだろうか? 部屋先程からずっと俺自身の呻き声とシャッター音しか聞こえない。大声を上げても、気づいてくれる存在はいないだろう。何で俺がこんな目に遭わなければいけないのだろうか。  長い時間尻を弄っていた指がずるりと抜けた。バケモノは自らの下半身をくつろげ、性器を取り出す。人間と変わらない色、形だったが、平均的なサイズの俺のよりも一回りは大きい。  ああ、このバケモノは俺を辱めたいのだ。  ここまできたらもう、頭のどこかで否定していた事実を認めざるを得ない。この先何をされるかなんて、流石に言葉が無くても分かる。バケモノは1度カメラのシャッターを切ってから、俺の尻に性器をあてがった。 「あ、アァ、っ……痛、いたいっ」  慣らされたとはいえ、明らかに挿れるべきではない質量のものが体内に侵入してくる。 「もう無理、裂ける、っから……」  予想通りというか、当然というべきか、バケモノは俺の意思など聞いちゃいない。快楽に溺れることができればどんなに良いだろう。痛くて息苦しくなるだけの行為はただただ苦痛で、時間をかけて心ごと壊されているような気がした。  腰を掴まれ、揺さぶられるたびに下から痛みが響く。これが終わったら帰れるだろうか? 痛みと不快感に耐えながら、せめて早く終わりますようにと祈った。  真っ暗だった窓の外が明るくなり始めた頃までは覚えている。何度も何度も中に精を吐き出され、いつの間にかそれが潤滑剤になったおかげで少しずつ痛みは薄れていった。そうすれば今度は痛みが快感に変わる。バケモノは欲望の赴くままに俺を犯し尽くした。その行為に俺たち人間と同じ意味があるのかは知らない。行為は俺が意識を失うまで続いた。

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