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第6話
山階のラボは、会社の片隅にある。彼専用の実験室ということで、膨大な本と、様々な機材で埋め尽くされている。薬剤なども沢山置いてあるのだが、よく解らない。ついでに、妖しげな、角の生えたウサギとか、水晶で出来た髑髏とかの置物がある。およそ、一般人が近寄りたい雰囲気ではない。
「おお、これは、清浦氏。先日渡した、かの妙薬は使われたので?」
興味深げに、細い目が、さらに細くなって糸のようになる。白衣に長い髪を一本に束ねている姿で、酷い猫背だった。
「うん、使ってみたよ。……えーと、お酒の中に、混ぜてみた。それで、お互いに呑んでみた感じ」
「おや? 一人であの量を飲みきるように言ったはずでは」
「ああ、じゃあ、次の実験では、一人で飲むことにするよ」
「ヨロし。お願い致します。それで……首尾は? 楽しいひとときは過ごされましたか?」
ふふっと笑いながら、山階の顔が近付いてくる。今日は、受け答えはまあまあ出来ているが、その分、どうも距離が近いようだ。
「山階さん、近い」
「おやおや。失礼。……実は、えもいわれぬ、匂いを感じるような……。フェロモンというのか、妙に引き寄せられる感がありますな。さぞや、盛り上がったのでは?」
「えーっと、うん。盛り上がりました」
「平素と比較した場合で、具体的に」
「いつもは……、一回したら、もう、それで十分なんだけど、昨日は、明け方までやってもやっても、止まらなくて……ずっと気持ちいいのが続いて、凄かったです」
身体の奥が、あの熱の感触を思い出して、しまう。
「……持続性は十分。では、硬度は? いつもと比べて感触は如何でしたか?」
「えーと、結構、明け方まで固かったかも……。感触は……いつもより、感じやすかった気がするけど、めちゃくちゃ過敏になったって言うわけじゃないかんじ」
あと、大樹が、言葉責めが増えたとか、いろいろ差はあったような気がする。
「ふむ……想定しているより、少し、効果が弱いような。やはり、一人分の分量を、お二人で呑んだのが原因かと」
「あ、あれより……凄いって事だよね……?」
それは、単純に怖い。だが、その反面、もっともっと、強い快楽を感じてみたいと思う自分もいる。
「清浦氏。本来、その薬は、拷問の為にも使うようなものなのです。個人的には、安全に、楽しく快楽を楽しむ為だけの道具にしたいものですが、それでも、作用の上限は知っておきたいのですよ。とくに、清浦氏のように、性欲が強めの方のデータが一番欲しいのです」
「性欲が強めかなあ」
好きな人と、触れたいと思うのは当たり前のことではないのだろうか。と首を捻っていると、山階が口を開く。
「様々なメディアでは、恋愛の成就の幸福な形の完成形のように、性行為が描かれますからね。特に、女性向けの作品などでは。そういう意味で、清浦氏は、大方、好きな人と触れあいたいという欲求は、そういう刷り込みによって生じたものであると考えられますが、実際の欲求ということに目を向けた場合、特に男である我々は、性行為と感情は、元来別個なものであるはずなのです」
「じゃあ、好きだからしたいっていうのは、幻覚ってこと?」
「文化的に共有された、認識であると言えるでしょう。大きな家を持ち。立派な車を持つのが、すなわちお金持ちで、立派な人間だというような刷り込みと一緒です」
とはいえ、と山階は言を切った。
「……とはいえ、私は、個人的な興味で、私の実験に付き合ってくれるあなたの事を、ありがたく思っているのです。ですから、あなたの、セックスライフが、満ち足りたものであるための薬の開発については、協力を惜しみません。時に、清浦氏。あなたは、セックスの際に、ローションのような潤滑剤をお使いですか?」
ものすごい勢いで巻きし立てられ、たじろぐ彼方だったが「うん、使うけど」と小さく呟く。
「なるほど。今回は用意出来ませんでしたが、次回は粘度の高い液体状のものをご用意しましょう」などと呟きつつ、メモを取っている。どうやら、アイデアが生まれたのだろう。ぞんざいに「これはお一人で一回に三錠呑んで下さい。アルコールでは呑まないように。呑んでから二十分程度で、効果が出始める予定です。効果が出始めた時間は控えて頂ければ幸いです」と言って、紙袋を渡すと、パソコンに向かってしまった。
「あ、ありがとうございます?」
没頭すると、人のことなど気にならなくなるらしい。それが、天才と言われるゆえんだろう、と凡人の彼方はぼんやり思いながら、研究室をあとにした。
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