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第7話
仕事が終わる時間が違っていたので、帰宅はバラバラだった。
先に上がった大樹が、夕食を用意してくれていて、大樹の家にたどり着いたときには、ダイニングに暖かな食事が並んでいたところだった。
サラダと、トマトクリームのパスタ。これは、エビとブロッコリー、それと小さなモッツァレラチーズが彩りよく見せていた。それに、野菜のスープ。ちょっとしたイタリアンのお店で出てくる品のようだ。そして、実際、とびきり美味しい。
恋人が自分のために作ってくれる料理、ということを差し引いても、かなり美味しい。
ただ、具材がちょっと豪華なことに気がついて、ちょっと笑う。やましいことがあるとき、具材がちょっと豪華になるのだ。
「……わー、すごい、美味しそう!」
会社を出るときに連絡して、それから逆算して、丁度できたてを用意してくれていたのだろう。正直、そこまで気を遣わなくても良いのではないか―――というのは、料理をしない彼方側の感慨で、料理をする方というのは、大抵、できるだけコンディションの良い食事を食べて貰いたい傾向があると言うことだ。ここは永遠に交わらないだろう。
手を洗ってからスーツのジャケットを脱いで、ダイニングテーブルに向かい合って座る。なんとなく、新婚みたいだなとは思ったが、口に出しては言わなかった。
「いただきます」
「うん。食べて」
クリーミーなトマトソースを、どうやって作り出すのか、彼方には全く想像も付かなかったが、ささっと、大樹は作ってしまう。実は、その魔法のような手際を見ているのも好きだった。大きくて、骨張った手が、器用に動いて、野菜を切ったり、具材を洗ったり、炒めたりしている―――働く手、というのは、なんとなく色気がある。
(あの手で、俺にいろいろしてくるんだよね)
それを思うと余計にエロティックに感じる。今朝方まで、身体中をまさぐって、奥まで探っていたのだ。
「……ん、おいし。お店で食べるより、好きだなー」
「そう言ってくれるなら」
大樹は、すこしホッとしたような表情になった。
「……今日は、凄い豪華だよね。エビだし。クリーム系だし」
料理をしない彼方だったが、クリーム系のパスタは生クリームを使うのは知っている。つまり、コストの掛かったパスタだということだ。少なくとも、缶詰のソースを掛けるようなものではないからだ。多分、二人前でも、手作りのほうがコストは高いだろう。
「あっ……あの……その……今日は、本当に無茶して……」
「えー? アレは、俺が使った媚薬のせいだって。だから、むしろ大樹は、被害者っていうか……。いつも、淡泊だけど、あんなにしちゃっと、平気だった? ついでに、仕事中、ずっと奇行が目立ったけど」
おかげで、取引先へは行かないようにと係長から指示が出るほどの、奇行ぶりだった。
「……その……、彼方には言ってなかったんだけど」
「なに?」
「前、付き合ったことがある子がいて」
「別に、そんなのどうでも良いけど……? お互い、全く、未経験って訳はないでしょ? 今も二股掛けてるとか言われたら、チョン切るけど」
「チョン切るっ!」
何を、とは言わなかったが、大樹の顔は一瞬で青ざめる。
「……それで?」
「それで。前のヤツから、その……エッチがしつこい……って……だから、できるだけ、一回で済まそうと……その理性が、今日は完璧にぶっ壊れました!!! 済みませんっ!!」
勢いよく頭を下げる大樹を見て、「……なにそれ」と思わず彼方は低い声で呟いていた。
「あっ、だから、その……彼方にも、ゴメン。次は……そんなに……」
慌てふためいて、大樹が取り繕っているが、彼方は、なんとなく、腹立たしかった。前の恋人のせいで、いままで、物足りなさを味わっていた―――というのが、本当に腹立たしい。
たち上がって、カバンの中から紙袋を取りだした。山階から作って貰った、媚薬だ。
「それ、なに?」
「……山階さん謹製の、新しい媚薬」
「えっ?」
「山階さんに言わせると、俺って、エッチにしか興味ない、性欲強めのヘンタイらしいよ? ……でも、間違ってないかもね。俺も、大樹が淡泊で、物足りないって思ってたし」
「えっ。ええっ……? じゃ、その……」
三錠。山階に言われた数を、彼方は一気に水で飲み干す。
「クスリが効き出すまで、二十分だって」
ごくり、と大樹の喉が鳴ったのが解った。
「……俺、結構、物足りない顔してたし、もっとっとおねだりもしてたし……?」
なんなら、大樹から誘われたことはないけど?
その言葉だけは飲み込んだ。食事は、途中だった。せっかくの美味しいパスタは、食べ時を逃してしまっている。けれど、手を付けるのは躊躇った。今から、絶対にセックスすると決めている。
(食事は、あとで食べよう)
それより、今は、大樹をなんとかしなければならなかった。
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