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「りょ……」  しかし、名前は最後まで呼べなかった。だって、涼介と彼女がキスをしているのを見てしまったから。  なんだよ、それ……。  その瞬間、俺は血が頭から足先へと下がって行くのを感じ、体が小さく震えた。そして喉からは花がせり上がってきて、我慢できずにその場で黄色いチューリップを吐いてしまった。 「陽翔、お前……」 「……」  見られた! 花を吐いたのを見られてしまった。俺は何も答えることはできなかった。が、拓真はそれでは許してくれなかった。 「花吐き病だったのか」 「……」 「拗らせている相手は香川か」 「……」 「隠さなくていいよ」  拓真が花吐き病であること、そして涼介のことを好きなことを一気に訊いてくる。さらには、学校帰りのファーストフード店で問い詰められた。 「……」 「なにも責めてるんじゃないよ。でもさ、水臭いじゃん、隠し事なんてさ」 「隠し事なんて」 「してないって言えるか? 言えないだろ。実際に花吐いてるんだし」 「なんで花吐き病知ってるんだよ」 「昔、従姉妹の姉ちゃんが患ってたからな。だから、どうして発症するかも知ってる。片想い拗らせてるんだろ、香川にさ」  その言葉が拓真の口から聞こえた途端、ヒュッと喉が鳴り、俺は呼吸ができなくなった。 「なんで涼介なんだよ。相手の女の子かもしれないじゃん」 「そんなこと言ってる時点で香川だって認めてるようなもんだろ。で、いつから? なんで言ってくれなかったんだよ。男同士だから?」 「……気持ち悪いだろ」  これで友達が一人いなくなるかもしれない。しかも仲の良い友達を。そう思うと悲しかった。なぜ、あの場で冷静を装えなかったのか。なぜ吐き気を我慢できなかったのか。いや、不意打ちだったからそれができなかった。わかってるけど悔しい。 「陽翔のこと気持ちわりーとか思わないよ」  拓真の言葉に、顔をあげると拓真と目が合う。その目は嘘を言っているようには見えなかった。 「だって、男同士……」 「あぁ、そう考えるとな。でもさ、陽翔、軽い気持ちじゃないだろ? それくらい見たらわかるし、そんなのなら花吐き病なんてなってないよ。そんなさ、真剣に想ってるのに、気持ち悪いとか思えないよ」 「拓真……」 「まぁ、自分ごとじゃないからかもしれないけどさ。でも、陽翔が真剣に想ってるなら俺は否定しないよ」  拓真のその言葉に俺は泣きそうになった。否定されて当然のことなのに拓真は否定しなかった。それが嬉しかった。 「黙っててごめん。気持ち悪がられると思って言えなかった」 「そっか。気づかなくてごめんな?」 「そんな! 拓真は何も謝ることない。俺が勝手に黙ってたんだから」 「でもさ、知らなかったとは言え、無神経なこと言っちゃってたよな。それはほんとにごめん」 「謝るなよ。そんなこと全然気にしてない。知らなかったんだから当然だよ」 「そう言って貰えると助かる。で、いつからなんだ?」  そう問われて、中学一年生のとき、涼介に初めて彼女ができたのを知ったときに気づいた、と打ち明けた。

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