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クリスマスに口付けを①

 同じ職場にいれば昔の恋人に遭遇するなんて、よくある話だと思う。  ただ俺がついてなかったのは、昔の恋人に既に新しい恋人がいたっていうこと。元彼を見かけるだけでも辛いのに、今の恋人と仲良くしているところまで見なくてはならないなんて……地獄としか言いようがない。  しかも元彼の恋人は、俺と全然タイプが違う。本当に平々凡々で子供みたいな奴だった。ただ素直そうだし、凄く優しそうに見える。きっと、あいつは恋人に癒しを求めたのかもしれない。年をとったんだな……。 「葵、おいで」  優しそうな笑みを浮かべ、今の恋人である水瀬君を振り返った。こんな穏やかね笑みを久し振りに見た気がする。 「ほら、手……」 「え?でも……」 「大丈夫だよ、ここなら誰にも見つからないから」  誰かに見つかっては困ると、なかなか千歳の手を取ることができないその手を、千歳が強引に握った。 「ほら行こう」 「はい」  恥ずかしそうに目元を赤らめる水瀬君は本当に可愛らしい。  そんな恋人にもう一度優しい笑みを向けた後、手を繋いだまま歩き出す。  その幸せそうな光景を見送った。 「俺が見てんだけど……?」  そんな幸せそうな恋人達見送った後、壁にもたれ掛かって大きく溜息を付く。  こんなグチャグチャな気持ちで、あと半日も働けっていうのかよ……。しかも世間はクリスマスムード一色だ。嫌でも憂鬱になってしまう。 「本当、堪らないよな……」  前髪を搔き上げてから気落ちを取り直して病棟に戻ろうとした瞬間、「あ、橘さんだ」と聞き慣れた声がする。ふと顔を上げれば千尋の弟である智彰がいた。  凄く似ているのに似ていない2人。そんな智彰の顔を見て少しだけホッとした自分がいた。

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