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第四章① ※ 女

 むっとする性のにおいが充満したホテルの一室に、鶫は一人立っていた。   「よくやったな。上出来だ」    ベッドの上には、でっぷりとした肉の塊が横たわっている。   「まさかあの女傑が、こんなちんけなラブホで死ぬことになるなんてな」    正確には仮死状態だが、このまま放っておけばいずれ死ぬ。予定通り、余計な傷は付いていない。うまく処理して自然死に見せることができれば、今回の仕事は上がりである。   「じゃあ早速――」    冷静に死体の確認をしていたところを、いきなり鶫に組み付かれた。二人でベッドに倒れ込む。肉付きのいい女の尻が視界の端に映って、風間はぎょっと目を剥いた。   「ちょっ、おま、」    鶫は何の躊躇もなく、女をベッドの下へ蹴り落とした。たっぷりついた贅肉のせいか、衝撃音は少なかった。   「これで文句ねぇだろ」 「文句しかねぇよ……」 「んだよ。ごほうびくんねぇの?」    鶫は甘えたように言い、風間の胸に頬をすり寄せた。くんくんとにおいを嗅いで、溜め息を漏らす。   「はぁ、やっぱこのにおいだな。おっさんくせぇ」 「お前、喧嘩売ってんのか」 「なんでだよ。俺、このにおい好きだぜ?」    鶫の鼻先が首筋や耳たぶを掠める。くすぐったいのと、子犬がじゃれているようで微笑ましいのとで、風間は笑いを堪えた。   「なぁ、おい。帰ったらしてやるから」 「やだ。今してぇ」 「まだ仕事中だぞ」 「もう終わったようなもんじゃん」 「大体、死体が寝てたベッドだろ」 「明日には何も知らねぇカップルが平気でセックスするベッドだぜ」 「床に死体落ちてるし」 「いちいちうっせぇなぁ。潔癖かよ?」    鶫は風間の耳に唾液を含ませながら、兆し始めたペニスに尻の谷間を擦り付ける。男の情念に火をつける術を、何よりもよく心得ている。   「……五分で終わらすぞ」 「マジかよ? 早漏すぎだろ!」    *    手短に準備を済ませ、手早く挿入した。幸いローションは使いたい放題だ。普段はあまり使わないが、後処理の面倒を考えて避妊具も装着した。   「あっ、んンっ……、もっと、もっと強くしろ、っ」    ついさっきまで女の死体が寝ていたベッドで、鶫は快楽に身を捩る。縋るように風間の腕を掴み、爪を立てる。   「痛ぇよ」 「うっ、あぁ、おっさん、っ、もっとしてくれ」 「……お前、あのばあさんとやったんじゃないのか?」 「やった、けどっ……まんこくせぇし、香水とか化粧とかもキモいし……」 「そりゃ災難だったな」 「おっさぁん、もっとっ、もっとぎゅってしてくれよ」 「……」    今日はやけに甘えたがる。死体のそばでまぐわっておいて甘えるもクソもないが。  風間は鶫を抱きしめた。その声音が、まるで泣くのを堪える子供のように聞こえて、しかしいくら確認しても、鶫の目から涙は出ていなかった。   「なぁ、キス……」    控えめにねだる唇。風間は自身の唇を重ねた。徐々に口づけは深くなる。唾液も、呼吸ごと交換するようなキスをする。鶫に頭をがっちり抱えられて、離れるに離れられなかった。    *    結局、当初の予定より数倍長い時間をかけてしまった。  豚のように床に転がっていた、ただの肉塊と化した女をベッドに寝かせ、風間は一応手を合わせた。鶫も真似して神妙な顔をする。   「なんか、悪かったな」    風間が言うと、鶫は首を傾げた。   「何が?」 「こんなババア、抱きたくなかっただろ」 「でも、これが一番手っ取り早いんだろ。別に初めてでもねぇし、いいんだよ」 「でもお前、女苦手だろ」 「んなことねぇよ。ジジイに抱かれるよかマシだね」 「そうか?」 「……まぁでも、女が苦手なのはその通りかもしんねぇな」    ***    物心がつく頃には、鶫は既に性の味を知っていた。といっても、そんなにいいものではない。女中の女達に身包みを剥がされて、自慰行為を強要されるのだ。  普段は上品に振る舞って、性とも暴力とも無縁です、というような澄ました顔をしているくせに。普段は鶫をいないものとして扱い、徹底的に無視するくせに。集団で下品な笑い声を上げながら、無知で無力な鶫を嬲るのである。   「ほらぁ、ちゃんとおちんちん握って。しこしこしなさいよ」 「イクまで放しちゃだめだからね」 「ちゃあんと撮っててあげまちゅからねぇ」    カメラを向けられ、フラッシュを焚かれる。眩しくても、目を瞑りながらでも、鶫は性器を弄り続けなくてはならない。   「ゃ、ふ……やだ、ぁ……」 「やじゃないでしょ。素直に気持ちいいって言いなさいよ」 「きゃははっ、犬も自分でするのねぇ。みっともないったらないわ」 「犬のくせに、人間の女に発情しちゃって。浅ましいったら」 「もっと腰へこへこしなさいよ。間抜けなとこ撮っといてあげるから」    乾いた性器を強く握って扱くと、皮膚が剥けそうに痛い。まだ精通を迎えていないどころか、快楽を得ることも難しい体だ。この行為の意味さえ、鶫にはよく分かっていなかった。  ただ、大勢の異性に囲まれて丸裸にされて、性器を弄っている様を見張られて、写真まで残されている。この状況が酷く屈辱的だということだけは肌で感じていた。その証拠に、女達は楽しそうに笑っている。   「これが、あの当主様のお孫様だなんてね。心底哀れだわ」 「あんたも分家に生まれりゃよかったのよ。そうしたら、こうしてお仕えすることだってできたのに」 「むしろ女に生まれればよかったんだわ。どうしてこんな出来損ないが、本家の男として産まれてきちゃったのかしらねぇ」 「いっそ生まれてこなければ、鷲一様も奥様も幸せだったでしょうよ」  浴びせられる嘲笑と侮蔑の言葉も、今の鶫の耳には入らない。性器の先端から何かが漏れそうになる、あの独特の感覚を押し殺すのに必死だった。 「あら、そろそろイク? イク時はイクって言いなさいよね」 「ほらほらぁ、我慢しないでイッちゃいなさいよ」    荒い息遣いが鼓膜を支配していた。まるで自分の声じゃないみたいだった。体は熱いのに、指先だけは氷みたいに冷えていて、それなのに、握っている性器は爆発しそうに熱かった。頭がぐらぐらと煮え滾って、おかしくなりそうだ。   「ぅ、あ……やだ、やっ……」    とうとう鶫が涙を零すと、女達は手を叩いて笑う。早くいけ、と囃し立てる。   「ゃ、あぁ、っ……んぅぅっ!」    芽吹いたばかりの木の芽のような性器が、ピクピクッと微かに痙攣した。鶫は全身を強張らせ、力の入らなくなった膝を折り、恥辱に震えた。   「ちょっとぉ、イク時はイクって言いなさいっての! 精子出ないんだから、イッたかどうか分かんないじゃないのよ」 「でも傑作だったわぁ。あの情けない声、聞いた? 犬の方がまだマシよね」 「ビクンビクン震えちゃって、そんなにイイのかって感じよね。見られてイクなんて、この歳でとんでもない変態じゃないの」    女達は文句を言いながら嗤い合う。そして、まだ震えの収まらない鶫を、容赦なく外へと放り出すのだ。  鶫は裸のままで冷たい地面に伏せる。脱がされた着物を投げ付けられて、冷水を頭からぶち撒けられる。   「用が済んだらさっさと消えて。犬の臭いが移るのよ」    女は冷たく言い放ち、空のバケツを鶫にぶつける。そのやり取りを遠巻きに見ていた屋敷の連中が嘲笑う。鶫は込み上げてくる涙を必死に堪え、肌着だけを急いで纏い、その場から駆け出すのだった。こんなことが日常茶飯事だった。

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