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第四章② ⚠︎

 一人、特別に頭のおかしい女がいた。高い霊力を買われ、分家から嫁いできた女だった。まだ二十代半ばの若さだったが、年齢よりもずっと老いさらばえていた。嫁いできた当時はかなりの美人で、屋敷中が噂をするほどだったそうだが、今は見る影もない。  昼となく夜となく、鶫は彼女の足音に怯えた。物心つく頃には、鶫は土蔵の地下に軟禁状態にあったが、地上すれすれに鉄格子の填まった小窓があって、そこから辛うじて外の様子を窺える。  今夜もまた、パタリ、パタリ、と不規則な足音が近付いてくる。ふらふらとした覚束ない足取りで、真っ直ぐに歩けているのかさえ怪しい、そんな足音だ。  鶫は地下室の隅に縮こまる。家具なんてない、ただのがらんとした空間には、隠れられる場所なんてない。それでも一縷の望みをかけて、鶫は息を殺して身を潜める。  やがて、ギィ、と蔵の錆びた扉が重苦しく開かれる。パタリ、パタリ、と足音が天井を這う。そしてまた、ギィ、と地下室の扉が開かれるのだ。  夜になれば完全な闇が満ちる地下牢。闇に慣れた目には、ろうそくの明かりでさえ強烈な光源になる。鶫は、反射的にぎゅっと目を瞑った。   「どうして準備をしていないの」    老婆のようなしわがれ声が言う。鶫はガタガタ震えるばかり。   「ねぇ。あたしが来るの、分かっていたわよね。どうしてすぐできるようにしておかないの」 「っご、ごめ、なさ……」 「やめて! 犬の鳴き声なんか聞きたくないわッ!」    鼓膜をつんざくような金切り声が響く。鶫は部屋の隅で震えながら、ごめんなさいと繰り返した。   「これもあなたのためなのよ。さぁ、こっちへ来てちょうだい」    女は帯を解き、白い寝巻を脱ぎ捨てる。露わになる体は、この世のものとは思えないほどおぞましい。鶫はもう見ていられなくて目を伏せる。   「何をしているの。あなたも脱ぐのよ」 「や……」 「さぁほら早く。もたもたしないで。これ以上あたしを苛立たせないで」    鶫は震える手で帯を解き、着物も襦袢も脱ぎ捨てた。そして、板間に直接敷かれた布団に横たわる。女は満足そうに舌なめずりをし、鶫の手足を押さえ付ける。   「さぁ、よく見せなさい。体の隅々まで、よぉくね」    煌々と燃え盛るろうそくを近付けて、女は鶫の体を念入りに検分する。時折、溶けた蝋がぽたりと垂れて、跳び上がりそうなほど痛い。  しかし、動いたり叫んだりするともっと怖い目に遭うと知っている鶫は、唇を噛みしめて耐える。拳を握りしめて耐える。血が出るほど唇を噛んで、血が出るほど爪を食い込ませれば、火傷の痛みなんか気にならなくなる。   「だめね。全然だめ。まだ足りないのかしら。一体どれだけ注ぎ込めば、あなたは人間に戻れるの?」    検分を終えた女は燭台を置き、疲れを滲ませた溜め息を漏らす。鶫は安堵の息を漏らしたが、それも束の間。女は鶫の太腿を抱え、性器に口を寄せた。鶫は恐怖と恥辱に体を強張らせる。   「こんなものがついているから、あなたは一層惨めなのよ。せめて男でなかったなら、どれだけよかったかしれない」    紅を塗りたくった唇から、どどめ色の舌が覗く。まるで獲物を狙う蛇だ。鶫は蛇に睨まれた蛙だ。   「ねぇ。こんなもの、あるからいけないのよね。あなたが女の子であったなら、どれだけ幸福だったでしょう」 「ぅ、ゃ……」 「今からでも遅くないから、取っちゃいましょうか。ね、そうしましょう。こんなもの、ついていない方がずっとずっといいのよ」    女の口に、鶫の真っ白な性器が呑み込まれた。「たべないで」と鶫は震えながら懇願する。   「や、ぅぅ……ごめ、なさ、ごめんなさい……ゆるして……ゆぅしてください……」 「こんなに小さいんだもの、あってもなくても同じだわ」    女の鋭い牙が、鶫の繊細な部分へ突き刺さる。歯が食い込んで、舌で押さえ付けられて、鶫は噛み千切られる恐怖に慄いた。   「さぁ、あなたも舐めるのよ」    女は少し体勢を変え、鶫の上へ跨った。粉を吹き、皮のたるんだ大きな尻を、鶫の顔に押し付ける。どどめ色の性器を擦り付ける。鶫はなんとか逃れようと身を捩るが、女に押さえ付けられていては逃れようがない。   「ほら、ベロ出して、ぺろぺろしなさい。中までしっかり舐めて、お汁も全部飲みなさい」 「ぅ、ぁ……いや……っ」 「全部あなたのためなのよ! あたしの霊力で、あなたは人間になるの! そうしたら、あたし達はもっといい暮らしができるのよ!?」 「ぅ゛、っぐ……」    鼻も口も、女の性器に塞がれた。死んだ魚のような生臭さが、胃の中まで充満する。思わず戻しそうになるのを必死に堪えて、鶫は舌を動かした。そうしなければ窒息してしまう。   「そうよ。やればできるんだから、初めからちゃんとやりなさい。あなたの悪い癖だわ。治しましょうね」 「ふ、っぐ、……ぅ゛ぇ゛……っ」 「ええ、もちろんこっちもしてあげるわ。上からも下からも、あたしの体液をたくさん吸収するのよ」    女は再び鶫の性器を口に含む。恐怖と苦痛で気が狂いそうだった。それでも、鶫は女の性器を吸い続けるしかない。そうすることでしか、生き延びる道がない。   「さて、仕上げにしましょうか」    ようやく、女の尻が持ち上がった。鶫は、溺れた金魚さながらに口を開けて、新鮮な空気を取り込んだ。鼻も、口の周りも、頬の辺りまで、女の生臭い汁でびっしょり濡れていた。早く顔を洗いたいとそれだけを願った。   「さぁ、よく見ていなさい」    しかしまだ終わりではない。最後の仕上げが残っている。女は鶫に馬乗りになった。脚をM字に開いて、白髪の混じった陰毛と、ぱっくり割れた性器を見せつける。   「目を逸らさないで。あなたのが、あたしの中へ入るところを」    女がゆっくりと腰を落とす。鶫の、まだ蕾にさえなりきれていない幼い性器が、女の使い古された黒い性器に呑み込まれていく。   「やだ、やだ……」 「ほら、ちゃんと見て」 「ひっ、も……ゆぅして、っ……」 「見なさいっ!」    バチン、と頬を叩かれる。鶫は涙を浮かべて女を見上げる。するとまた平手が飛んでくる。   「こっちを見ないでっ! 穢らわしい!」    女は鶫の両腕を掴んで布団に押さえ付けた。そんなことをされなくても、鶫はとうの昔に動けなくなっている。   「あなたの! あなたのせいよ! 全部全部、あなたのせい!」    女は激昂したように激しく体を上下させる。   「あなたが! あなたさえ! あなたさえいなければ! あたしは! あの人は!」    バチン、バチン、と尻が打ち付けられる。鶫の小さな体では、女の体重をとても支えきれない。それなのに、そんなことは全く無視して、女は尻を打ち据える。腰骨が砕け、内臓がひしゃげ、性器がもげてしまいそうだった。   「ひっ、ぁ゛、や゛っ、んぅ゛」    痛みと、体をぶつけられる衝撃とで、鶫は途切れ途切れに呻き声を上げる。女は狂ったように喚き散らしながら、鶫をすり潰す勢いで腰を振る。   「あんたさえ! あんたさえ、生まなければ! あんたみたいな欠陥品を、産みさえしなければ!」 「いだっ、ひっ、やだっ、や゛っ」 「戻ってよっ! お腹の中に戻ってよっ! なんであんたなんかが生きてるのよ! 早く、早くあたしの中に戻ってよぉっ!」    実の母親に、罵倒されながら犯される。これ以上の罰があるだろうか。鶫が一体何をしただろう。  鶫は一筋の涙を流した。透き通った雫は、枕元の布地へと静かに吸い込まれる。

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