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第五章② ♡

 今夜、風間は帰らない。  元々泊まりの用事だった。仕事の関係なのだろうが、鶫も詳しくは知らない。次の仕事の打ち合わせだとか、取引相手との会合だとか、おそらくそんなところだろう。興味がないので忘れた。  そんなことよりも、鶫には喫緊の悩みがあった。風間が帰らないことを忘れ、帰ってきたらすぐにできるようにと、体の準備を済ませてしまったのだ。  すっかり出来上がった体を持て余すこと早数時間。いい加減イライラしてきたところで、ふと思い出したのだ。今夜、風間は帰らない。   「クッソ、マジかよ。ありえねぇ!」  鶫は悪態を吐き、不貞寝を決め込んだ。  が、中途半端に高めた体が疼いて仕方ない。体が火照って眠るどころではない。いくら目を瞑ってじっとしていても、布団に染み付いたおっさんのにおいで気が逸れる。   「……ちっ」  欲に支配されるなんて、忌々しいことこの上ない。しかし、こうなってしまった以上どうしようもない。適当に抜いてから寝ようと思い、鶫は下着を下ろした。   「ンぅ……は、っく……くそぉ……」  昂ったペニスを乱暴に擦るが、どうにもイケそうにない。  鶫は元々、自慰行為をほとんどしない。実家にいた頃はそんなことをする余裕はなかったし、この家に転がり込んでからはそういう気分になったら風間に相手をしてもらえばそれで済んだので、自分で慰める必要がなかったのだ。  だからといって、やり方を知らないわけではない。適当に擦って扱いて精液を出せばいい、ということは分かっている。分かっているが、前を弄っているだけではどうも射精できそうにない。  鶫は、諦めて尻に手を這わせた。セックスするわけでもないのにここを弄るなんて不毛すぎるが、致し方ない。準備万端の穴に中指をねじ込む。   「ン……」  軽く押し込んだだけで、ぬぷん、と呑み込まれた。当たり前だ。鶫のここは折り紙付きの名器である。男なら誰でも、時には女でさえも、鶫のここにモノを突っ込みたくて仕方がないのだ。   「はぁ、あ……んん……くそっ、どこだよ」  尻の中に気持ちいい場所があるなんて、風間とのセックスで初めて知った。知りたくなかった。体を根っこから変えられてしまった。もう戻れない。ここを硬いモノで突いてもらわないと満足できない体になってしまった。  しかし、自分で弄るのには限界がある。どうしても、イイところに届かない。中指と人差し指を付け根まで突っ込んで乱暴に掻き回してみても、まるで空振りである。  鶫はだんだんむしゃくしゃしてきた。さくっと抜いてさっさと寝たいだけなのに、どうしてこうも上手くいかないのか。  全部あのおっさんが悪いのだ。あいつが変な抱き方をするから、鶫の体はおかしくなった。実家での肉便器扱いがいっそ懐かしく感じられるなんて、頭の方も相当どうかしていると思った。   「っ、くそ……マジでどこにいんだよ、おっさん」    今頃、もしかして豪華な会席料理でも食べて、広々とした露天風呂にでも浸かっているんじゃなかろうか。きっとそうだ。そう思うと、ムカついてきてしょうがない。だって、鶫は今一人ぼっちで、孤独に性欲と闘っているというのに。  怒りに任せて乱暴にペニスを扱いてみたが、やっぱりイケない。気持ちいいことは気持ちいいが、何かが決定的に欠けている。しかし、それが何かは分からない。   「はぁ、っく、……ちくしょ、イケねっ」    前も後ろも汁だくで、ぐちゅぐちゅと音がするほど激しく弄っているのに、何が足りないのだろう。熱に浮かされた頭では、冷静な判断もままならない。  鶫は、ペニスを弄っていた手でおもむろに胸を撫でた。指を濡らした先走り汁がちょうどいい潤滑剤になり、ただ撫でているだけで気持ちがいい。   「んン、んっ、あ、ぁ、あっ……」    風間の手付きを思い出し、ぬるぬるの指で乳首を摘まむ。きゅう、と摘まんで、くりくり捏ねて、先端をかりかり引っ掻いて。小便したくなるどころか、胎の奥が熱く疼いた。三本の指を呑み込んだ後ろの穴が、乳首を弄られるだけできゅんきゅん締まる。  今ここに埋まっているものが己の指などではなく、おっさんの性器であればよかったのに。そう思うと、もう堪らなく切なくなって、涙が込み上げてきた。涙を浮かべ、鶫は夢中で乳首を苛めた。   「あァ、あっ、もうやっ、やだっ……おっさん、おっさぁん、早く戻れよぉ……」    口を犯されたくて、鶫は虚空に舌を伸ばした。今すぐこの舌を絡め取ってほしい。今すぐ口の中をめちゃくちゃにされたい。   「ンぁ、もっ、もうむりっ、ぃ、いかせてぇ……っは、いかせろよぉ……っ!」    ぼんやりと霞んだ視界を、黒い影が塞いだ。そのシルエットに、匂いに、鶫は痛いほど覚えがある。鶫がこんなにもみっともない姿になり果てるまで待ち焦がれた、たった一人の男であった。   「――や゛、はっ、あっ、あっ、あぁ゛っ!」    認識した途端、堰を切ったように精液が噴き出した。びゅるるっ、と顔まで飛んで、なかなか止まらない。   「はっ、あ゛、やだやだやだァ゛っ」    鶫は涙まじりに叫んだ。叫んだところで、愉悦に震える体を抑えることは不可能だ。   「……いっぱい出たな」    風間は、鶫の頬に飛んだ精液を掬い取り、一舐めした。   「はは、さすがに濃いわ」 「……なんで……」    どうして己の精液なんかを舐めるのか、と問いたかったのに、風間は見当違いな返事を寄越す。   「話がすんなりまとまったんで、帰ってきたんだ。ま、どうせ明け方近くになっちまったけどな」 「……」    鶫が訊きたかったのはそんなことじゃない。なのに、早く帰ってきてくれたことが嬉しくて、体が勝手に悦んだ。   「ん、ぁ……」    言葉を紡ぎたいのに、うまく声にならない。舌が縺れ、喉が嗄れている。   「どうしたい?」    風間は意地悪な笑みを浮かべる。分かっているくせに、あくまでも鶫の口から言わせようとしている。   「っ、……すきにしろっ……!」    鶫は掠れた声を振り絞った。

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