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第五章③ ♡

「あっ、あァいく、いくいくっ、いくぅ――っ!」    もう何度目の絶頂か分からない。早々に数えるのを諦めた。既に精子は空っぽで、鶫は何も出さずに絶頂していた。   「っく、んン、なんでおればっか……っ、おっさんもいけよぉっ!」 「お前が一突きごとにイクからイケねぇんだろ」    背後から抱きしめられる。硬い指が腹筋をなぞり、荒れた掌が胸を揉む。乳首の擦れる感触だけで、鶫は身悶えた。   「胸は感じねぇって言ってたくせに」 「っ、しらねぇ」 「知らねぇって何だよ」    尖った乳首を捏ねられると、それだけで頭の中に星が飛ぶ。また軽く絶頂した。後ろが欲深くヒクついているから、風間にもバレてしまっているだろう。己の浅ましさを知られて、恥ずかしいのに興奮する。   「っ、くそ、乳首なんか……!」 「気持ちいい方がいいだろ?」 「よくねぇっ、こんなの……っ」    乳首を抓られたまま、ピンポイントで前立腺を穿たれる。またイッた。もうどこをどうされても気持ちいいのかもしれない。  鶫は急に恐ろしくなった。このままどんどん色々なところを開発されて、体を作り替えられて、風間なしでは生きられない体になってしまったらどうしよう。  そもそもの話、鶫はセックスが好きなわけではない。求められるから穴を貸しているだけだ。この行為は、恋人同士の愛ある交わりなどでは決してなく、ただ互いの欲を発散するための――いや、風間の欲を発散させるためだけの行為でしかない。  鶫にとって、セックスは手段だ。自分をここに繋ぎ止めるための。そして、風間をここに繋ぎ止めるための。  体を差し出すことでしか、生きていく資格を与えられない。こうすることでしか、自分は誰かの役には立てない。その程度の価値しか、己にはない。散々教えられてきたことだ。痛いほどに自覚していた。  必要のないガラクタだと風間に気付かれてしまったら、もうここへは置いてもらえなくなるだろう。だから必死で体を差し出す。鶫にとって、この行為にはその程度の意味しかないはずだ。    それなのに。   「ひぁ゛、や゛、またいく、いぐぅ、いっちゃ、あ゛、あぁああ゛っ」  これが本当に自分の声か。快楽に溺れ、狂ったように喘いでいる。   「いくらでもイケよ」  そしてこれが、己を抱いている男の声か。本当に? どうしてこんなにも、胸にじんと沁み入るような、低く優しい声で己を抱くのだろう。そんな人間が、かつて存在しただろうか。   「や゛、ぁ、やだ、やっ」 「やめるか?」 「ちがっ、はっ、きもち、きもちいからっ、ぁ゛、やめないでぇ」    駄目だ。こんなんじゃ駄目だ。気持ち悪いよりは気持ちいい方がいい。それはそうだ。だけど気持ちよすぎるのは駄目だ。風間よりも鶫の方が感じているのはもっと駄目だ。この行為の意義が根本から崩れてしまう。そのことが鶫には何より恐ろしい。  風間との間に名のある関係性なんか要らない。ただ一緒に住んで、仕事して、竿を借りて、穴を貸して、ただそれだけの関係でいい。あまり深みに填まってしまうと、抜け出せなくなる。抜け出さなくてはいけない時に、苦しくなる。いつか必ず来るその時が恐ろしい。   「ひぅ、ぅう゛、やだっ、やぁあっ」 「大丈夫だから。泣くなよ」 「んン、ぅ゛、きもぢいのやだ、やだぁ、こわいっ」 「怖くねぇって。知ってるだろ」 「ひぁ、ン、んぅ゛……」    風間の声が耳を甘やかす。不思議と落ち着くその声に、鶫はまた涙した。どうしてこれが溢れてくるのか、いまだによく分からない。子供の頃でさえ、犯されながら泣くなんてことは滅多になかったのに。   「っ、ん……きす……」 「ほら、こっち向け」 「うん、ン……」    鶫が振り向いて舌を差し出すと、風間は優しく絡め取ってくれる。ぴちゃぴちゃと舌先を擦り合わせる。たっぷりとした舌が口の中を埋め尽くす。蹂躙という言葉とは対極にあるような舌遣いで、上顎を撫ぜられ、舌を吸われ、唾液を注ぎ込まれる。   「ふぁ、ン、んん……っ」    鶫はうっとりと目を細める。このまま溶けてしまいたい。身も心も溶けてなくなるまで、全て風間に捧げたい。桃色に弾けそうな視界の端に、白い雪が舞い散った。  氷のようなガラス窓の向こうは、一面の銀世界だった。一夜にして雪が降り積もっていた。夜明け前の、白み始めた空の下。真っ新な雪原は、ダイヤモンドを散りばめたみたいにキラキラ輝いていた。吐いた息は白く凍え、溶けて消える。  もちろん、今のは鶫の幻覚だ。アパートの一室から見える雪景色など、たかが知れている。ベランダの欄干と下の道路が、うっすらと染まっているだけだ。  けれど、あの美しい雪原を、鶫は確かに見たことがあった。実家で最後に過ごした朝のことだ。  雪の降り積もった庭園に裸同然の恰好で放り出されて、逃げられないよう枷を填められ、躾と称して竹刀でぶたれた。あの日見た雪景色も、この世のものとは思えないほど美しかった。   「ん……ンン……」    口の端から唾液が零れる。顎を伝い、ぼたぼたと床に落ちて、醜い染みになる。  やはり、駄目だ。呪われた犬畜生が、人並みの幸せを求めようなんて、馬鹿げた理想を思い描いてしまった。犬なら犬らしく、まともな飼い主に拾われただけで良しとしなければ。これ以上多くを望んだところで、手に入るわけがない。この身が穢れている限り、永遠に。   「……おっさん、もっと……」    だから、これでいい。このままでいい。酷い抱き方をされたい。自分は所詮犬なのだと、厳しく思い知らせてほしい。そうでないと、また無意味な希望を抱きそうになる。   「おく、奥に……中に出して、種付けしてくれ……っ」    人間並みの扱いはいらない。人並みの幸福も、尊厳もいらない。便利な穴でいい。肉便器でいい。そうやって乱暴に扱われて、いつかゴミのように捨てられたい。そうなった時、鶫はきっと風間を憎むだろうが、その感情さえ犬には過ぎたるものだと自覚している。   「もっと、もっと突いて……痛くしてくれっ……壊して……っ」    鶫が腰をくねらせてねだっても、風間はなおも優しく鶫を抱く。激しく突かれても痛くない。血が出ない。内臓を破壊されたいのに、全くそんな気配はない。胎が精液で満たされても、吐き気がしない。死にたくならない。  それどころか、胎を満たす男の熱に酔いしれて、幾度目か分からない絶頂を迎えてしまう。脳髄が蕩け、体の芯が甘く痺れる。抗いようのない快楽に悶えながら、自分が自分でなくなってゆく感覚を知る。  やっぱりおっさんとのセックスは嫌いだ。と、鶫は薄れゆく意識の中で思った。

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