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第10話

 新幹線で目的の駅に着く。  今日はなんと────  いつものネット通話の日。  この旅に誘ってくれたのは、なんと太栄さんからだった。 「なあ佑哉。来週って休みいつ?連休あるやんか、その日って空いてる?」 「来週ですか?多分空いてると……嗚呼、空いてますね。どうしました?」 「あんな?」 「はい」  通話アプリのチャット欄に画像が貼られる、ので見る。  貼られた画像をクリックして見やすいサイズにすると、そこには『⚪︎⚪︎温泉旅館の旅』と書かれていて。  壮大な自然と賑わう温泉街。  立派な建築物の旅館宿。  一部屋にひとつの露天風呂。  一泊二日の大人二人旅でお手頃価格。     えっ、これって……? 「俺と温泉旅行……行かへん?」  まさかの太栄さんからのお誘い!? 「えっ、あの、俺はもちろんいいですけど──えっ、なんで?」 「いやお前、あの時言うてから一度も誘わんとやし」 「……ぁ」 『きっと、また逢えるから。また逢いに来ますから』 『俺、おれ…また来ますから!!絶対に、逢いに来ますから!!』  そう。  あれから俺たちは結局ネット通話だけの関係に逆戻りしていて。  あの日から半年以上経った今まで、一度も再会を果たせずじまいで終わっていた。  俺だって嘘を言ったわけじゃない。  お互いに時間も休みも合わなくて、仕方なくなのだ。  それは互いに立派な社会人である太栄さんも理解している。  まあ、でも。それは言い訳に過ぎない。  結局寂しがらせてしまっていた事に代わりはないのだ。 「すみません、太栄さん。俺が不甲斐ないばかりに」 「あ、いや。謝って欲しいんやなくて……俺もたまたま旅行ガイド見てたらええの見っけただけやし。佑哉の休みがあえば誘おうかなって思ただけやから、その……」  歯切れが悪い。 「一緒に旅行行けたら楽しいやろなって思ててん。別に寂しいとかやないねんぞ」  ん? 「……寂しかったんですね」 「違うゆうとるやろ、聞いとんのか人の話」 「ほんまですか?」 「そのエセ関西弁やめえや、もう」 「ふふ、すんません。なんか嬉しくて」 「……あほが…」  ぼそっと呟かれた最後のセリフは聞かなかった事にして。   そんなこんなで二人で旅行プランを相談しあい。  キャッキャウフフと一緒に決めた日程と泊まりの宿。  そして迎えた本日は。  いよいよ、芹川太栄さんと温泉旅行デートの日ッッ!!    新幹線から降りて最寄りの改札口を抜けて、太栄さんとの待ち合わせ場所に向かう。  改札から出て。駅前を少し歩いた先にある足湯ポイントが待ち合わせの場所。  十月まで少し暖かかった秋も、十一月となれば流石に少しだけ気温が下がり幾分か過ごしやすくなっていて。  その季節に合わせて、ベージュのタートルネックシャツに紺のジーパンを合わせて黒のロングコートを羽織った俺に対し、太栄さんはどんな服装で来るのだろうか?  結局あの時は部屋着以外は見れていないから、実は内心楽しみだったりする。  歩きながら腕時計で時間を確認。  待ち合わせの時刻はちょうどお昼過ぎあたり。今はその十五分前といったところか。  ……浮き足立ち過ぎてるかな?俺。  だって久しぶりの太栄さんだぞ。早く逢いたいに決まってるだろ?  そりゃコートだって新調するさ!  それくらい俺は、この旅行に気合いが入っていた。    駅を出て目の前に。いかにもな足湯施設があり、そこに幾人かの人だかりが出来ている。  多分、待ち合わせ場所はそこだろう。人すげえな。  で、問題は。  大栄さんがもう来てるかどうか── 「佑哉〜〜!!早いなもう来たんか?」  足湯の方面から声がするので振り返ると、そこには。  ベージュのフード付きロングシャツに白のカーゴパンツ、モスグリーンのモコモコしたブルゾンで身を包んだ太栄さんの姿があって。  旅行カバンを片手に持ち。おーいおーいとこちらに向かってブンブンと手を振っている。  え、なにあれ。  めちゃクソ可愛いんですけど。  私服イメージ通りすぎだろ。  ほんとに三十路超えてんのかよと思いたくなるような可愛らしい太栄さんが俺の前に現れた。    とりあえず駆け寄る。 「お。俺のがいっちゃん先か」 「ですね。待たせちゃいました?」 「いんや?俺も今来たとこやし。それより足湯浸かってこか」 「ですね」  空いた頃合いを見計らってスボンをまくって足湯に入る。  足湯の温度はほどよく暖かく。今の気候と相まって気持ちよく身体を温める事が出来た。  足湯の周囲には本当に老若男女が溜まっていて、どれだけここが人気の観光スポットなのかが見てとれる。 「すごいな足湯って。足だけやのに身体全体までぽっかぽかやぞ」 「ほんとですね。気持ちいい暖かさです」  心も温まってくるな。 「あ、せや。佑哉、こっち見て」 「ん……?」  カシャ。  太栄さんが俺を含めた自撮りをする。 「記念に一枚ってな」 「なるほど。いいですねそれ」 「せやろ?」  ニカッと笑う太栄さん。  うん、楽しんでくれてるなら何よりだ。  あまり長居するのも良くないので、俺たちは程よいタイミングで後ろで待つ人と交代する事に。  まずは互いに持った旅行バッグを預けてもらえる施設にお邪魔して大きな荷物とおさらばする。  そして。 「あ、そうだ。太栄さんお昼食べました?俺まだなんですけど」 「せやねん、佑哉と一緒に食べよ思て、俺もまだやねん」  よかった。 「じゃあ、ここからすぐの所に海鮮丼屋があるので行きませんか?」 「おお海鮮丼!行く行く!食べよ食べよっ!」  駅からほどよく近くにある、テレビで評判だった海鮮丼屋に到着する。  店外は、いろんなメディア媒体で紹介されたお店なだけあってテイクアウトの行列ができていて。  店の外観はそれほどパッとしない(看板はすこぶるデカい)のだが、店内は予想に反してポップで可愛らしく。なんだか男二人で来てはいけないところのような気すらしてしまう。  店員に案内されて席に座りメニュー表と睨めっこ。 「じゃあ俺は……このトロとろとろ丼をひとつ。太栄さんは?」 「じゃ俺もそれひとつで」 「ではご注文を繰り返しますね。〜〜……」  店員が注文を繰り返したのちに厨房へ伝えに行ったのを視認して。 「太栄さん、俺と同じのでよかったんですか?」 「せやってここ、佑哉の行きたいトコやったんやろ?ほなら同じメニュー食いたいやんか。それのが間違いないやろし」 「まあ確かに……」 「せやろ?」  なぜかドヤる太栄さんが可愛くて、俺はほくそ笑んでしまった。 「お待たせしました。トロとろとろ丼です」 「「おおォォ……」」  器からはみ出んばかりに盛り付けられた切り身たちとネギトロとイクラは、どこぞのタレントではないがまさに宝石箱のようにキラキラしていて。  食べるのがちょっともったいないと思ってしまうくらいだった。  まあ食べたけど。  すげえ美味かったし。 「あ!カメラ!……もう食ってもうた……」 「あとで店の看板と撮りましょ」 「せやな!」  太栄さんも目を輝かせながらすごい勢いで箸を口に運んでいたっけ。  一緒に食べれてよかったな。  んで次は。 「たしか商店街がこの先に……あ、ありました」 「おお。食べ歩きやなっ」  おお。目が輝いている。  趣きのある温泉商店街。店外はそれなりに観光客で賑わっていて盛況のようだ。人であふれている。  左右に広がるさまざまなお店。  お土産やさんから地元の人が立ち寄りそうな老舗。  その中で行列を見せていたのは、やはり飲食店の数々で。  どこもかしこも美味しそうな匂いが食欲を誘う。  そのなかで俺らが見つけたのは。 「あ、温泉まんじゅう」 「え、どこどこ?あ、ほんまや。うまそうやのう」 「食べます?肌寒いからちょうど良さそうですね」 「せやな、一発目はこれにしよか。おばちゃん、このまんじゅう二つくださいな〜〜」  食べ歩き用の紙袋に入れられた温泉まんじゅうはとても暖かく。 「思った以上にあったかいですねコレ」 「せやな、食べる時注意せんとな。おばちゃんあんがとな。……っと、せやせや。一枚撮るで佑哉」  慌ててスマホを取り出してカメラを向けられ。こちらもちょっと緊張する。  太栄さんはこの旅行で何枚写真を撮るんだろうか。  そんなことを考えながら、やけどしないように気をつけて温泉まんじゅうをハフハフと貪りつつも商店街を闊歩する。  次はなにを食べようか?  と考えている間に、太栄さんが次の飲食店に目星をつけていた。 「佑哉、こっちこっち。練り物屋!いろんなのあるで!」  また目が輝いている。  可愛いなぁもう。  実年齢よりも幼い行動をする太栄さんが微笑ましくて。 「何があるんですか?」  おお。  ほんとに色々ある。  練り製品だけで何種類あるんだこれ?ってくらいたくさんの商品が並んでいる。  しかも食べ歩きオーケーとくれば。 「俺はせやな……関西人としてコレは譲れへんやろ!おっちゃんタコ棒一本!」 「じゃあ俺は……ってほんとに色々ありますね……えーと、うーん…じゃ、このじゃがバター天をひとつください」  タコ棒はそのまま手渡しされて。  じゃがバター天はその場で揚げてから紙袋に包まれて渡された。  うん、これも熱い。 「佑哉、カメラカメラ」 「ん?あ、そか……はい」  撮影が終わって互いに「いただきます」と言ってからひとくち。 「そっち熱そうやな」 「ですね。でも美味しいですよ、バターの香りがめっちゃそそります」 「ほんま?俺も食べていい?」  あ。 「あ、はいどうぞ」  太栄さんが横からこちらを覗き込んでひとくち食べていく。 「あ、ほんまや!めっちゃうまいなコレ」  口元に手をあててハフハフと頬張っている。  そんなことをよそに俺は。  間接キスっていうのか?こういうのも。  ……とか邪推しながら残りのじゃが天を頬張った。  なんだかんだで商店街の端まで来てしまった俺たちは、折り返して駅に戻る事にする。  ほんとにいろんなお店があって。  その中にはシャッターの閉じている店舗もいくつかあって。  それがなんとも言えない哀愁を漂わせていて。  なんか。  こういう商店街らしいなと、失礼ながらに思ってしまっていた。 「なんか、こうゆうの。ノスタルジックやな」 「そうですね」 「いろんな歴史が詰まっとんのやろなぁ。さっきのおばちゃんも、おっちゃんも」 「そうですね」 「俺らもこんなふうになれんのかな?」  こんなふうに。  こんなふうに……。  寄り添いながら添い遂げられたら、どんなに幸せなんだろうか。  俺たちにもそれができるんだろうか。  ただでさえ遠距離の俺たちに。  男同士の俺たちに。 「なんや……手ぇ、寒いな」 「え、そうですか?」 「む。気の利かんやっちゃな」  え?  いきなり俺の右手を太栄さんがむんずと掴み、自らの手とともに俺のコートに乱暴に突っ込まれる。  え。  あ、これって。 「手ぇぐらい普通に繋ぎたいもんやけど、俺ら男同士やからな」 「──……」  なんか心がグワッと掴まれた気がして。  俺は精一杯。太栄さんの左手をぎゅっと握りしめるのだった。  多分俺の顔は耳まで赤いに違いない。  そして。  ──太栄さんも。  駅まで、たったあと少し。  たった少しの間だけど、俺たちは大衆の前で手を繋いて歩くことができた。  先ほど駅前で預けてもらった荷物を戻してもらい。  駅前でタクシーを拾って目的地の旅館に向かう事にする。  時刻はそろそろ夕刻あたり。お日様はいい感じに沈みかけている。 「〇〇旅館までお願いします」 「はい」  荷物をトランクに詰めて、俺らは後部座席に乗せられてタクシーは先へと進む。  車からのぞく景色は。さすが温泉街を名乗る観光地なだけあって、ホテルや旅館らしき建物があちこちに建造されていた。  目の先に見える港もこの景色に一役買っていて。  夕日なのも相まって。  古き良き日本の観光地といった風情が辺りを漂わせる。 「ええとこやな、ここ」  外を見ながら太栄さんがボソリと呟く。 「そうですね……」  もの哀しい太栄さんの背中を見つつ。 「……」  今度は俺から、手を繋ぐ。 「……っ!?──ゆ、佑哉……」 「また来れますから。今度も二人で」 「……ん…」  タクシーが旅館に到着するまでの間。  俺たちは後部座席で片手同士を繋ぎあった。  着いた旅館の門構えの歴史の重みに面食らいつつ、引き戸を開けて入り口へ。 「いらっしゃいませ〜〜」  着物に身を包んだ仲居さんたちの元気な挨拶。 「あの、予約していた芹川です」 「芹川様ですね。お待ちしておりました。こちらへどうぞ」  太栄さんが手続きを済ませ、俺たちは予約していた客室部屋に案内された。 「こちらが本日のお宿となります。何かありましたらいつでも声をかけてくださいね」  仲居さんに通された部屋はとんでもなく豪華な間取りで。 「「広ッッ!!」」  と、二人して大声をあげてしまうほどだった。 「あともうすぐ十九時となりますのでお夕飯のご用意しても宜しいですか?」 「あ、はい。お願いします……」  あっけに取られてしまい、太栄さんまでもが敬語になってしまっている。 「ではしばしの間、ゆっくりしていってくださいね。お夕飯を持ってきますので」  仲居さんは笑顔で離れ棟を去っていった。 「なんやこの広さ、二人だけじゃ持て余すぞ……」 「写真は見てましたけどこれ程とは……」  二人では足りすぎるほどの立派な和室に。 「おっ、これが露天風呂か。こっちもえらい立派やなぁ」  太栄さんが和室から覗いた先にある、窓ガラスから見える室内露天風呂。 「檜風呂ですね。こりゃまた見事なスペースで……。たしかここって全部屋厳選掛け流しでしたよね?」 「せやな〜〜……いやぁ、えらい豪華なとこ来てしもたなぁ」  立派な源泉掛け流しの檜造りの露天風呂。  本当にすごいところに泊まりに来てしまった。  でも、だからこそ。  この思い出を、より強固なものに出来るような気さえする。 「あの、太栄さん」 「ん、なんや?」 「絶対いい旅にしましょうね。これ以上はないってくらいの」  俺の顔をまじまじと見て。太栄さんがフッと笑う。 「……おう。そないなもん当たり前や。何を今更言うとんのや」 「……ですよね?」 「おうっ」  にこやかに微笑む太栄さんはこれ以上ないくらい可愛くて。  可愛くて。  可愛くて。 「太栄さん……」 「佑…──……っんぅ…ぁ…ふ」  隣で窓ガラスに寄りかかる太栄さんの唇を奪ってしまった。  太栄さんの口内はとても熱くて。  俺だけが盛り上がってたわけじゃないことを実感する。  キスしたまま、左胸に手を這わせてみる。  太栄さんの心臓の鼓動。ドクドクしてる。  そのまま乳首のある辺りをサワサワと撫でてやる。 「んぁっ…ぁ、はぅ、ゆぅ…ん、ふぁ……っ」  太栄さんの身体が小刻みに跳ねていく。  可愛い。  可愛い。 「可愛いです、太栄さん」 「……佑…哉ぁ……っ」  真っ赤に染まった快楽に弱い太栄さんは本当に可愛い。  ブルゾンを脱がし、シャツをはだけさせる。 「ここで……すんの……っ?」 「はい──って、ダメでしたか?」 「ぃや、もうすぐ夕飯やから。仲居さん来るんとちゃうかなって思て……」  あ。  そうだった。 「すんません俺つい……」  すっかり夕飯のことを忘れていた。  そして。  太栄さんのいう通り。その後夕飯を持ってきた仲居さんがやって来て。  ──危なかった……。    仲居さんたちの持ってきた夕飯たちは、これまた例に漏れず見事の一言で。  いわゆる懐石料理というもので。  さまざまな小さな器に彩られた料理たちがキラキラと輝いている。  一緒に渡されたメニュー表によると。  まずは食前酒。  先付。  前菜。  吸物。  お造り。  焚合せ。  中皿。  お凌。  強肴。  焼物。  食事。  水菓子。  ──という構成らしい(メニューガン読み)。  全てがいっぺんに出てくるわけではなく。ある程度置かれたのちに、俺らのペースに合わせて次々と料理たちが運ばれてくるというものだった。  ひとつひとつは小さな器と小さな料理のはずなのに、全部食べ終わる頃にはちょうど満腹になっていて。  そういうペース配分まで考えられているのかと思うと感心に値する。  料理人もすごいけど、タイミングよく配膳する仲居さんたちもすごいと思う。  懐石料理を食べ終わり、配膳が片付けられる頃。 「二十時より花火大会がありますので。よろしければ浴衣を着て、当館自慢の特等席からご覧くださいませね。夜は肌寒いので羽織ものもご着用ください」  自慢の特等席とは、旅館に泊まった人だけが立ち入る事のできる場所らしい。  玄関から出てすぐのところだそうだ。  時間を確認すると二十時は目と鼻の先だった。 「太栄さん。花火、見に行きませんか?」 「うん。……俺、佑哉と花火見たい……」  少しだけ顔を赤らめた太栄さんはベリベリキュートで。 「ついでやし浴衣も着てこな」  抱きしめようとした俺の両腕が空振ったことなど知る由もない。  用意された浴衣と紺色の羽織ものを着て、二人で玄関先まで歩く。  ちょうど視線の先に映る浴衣越しの太栄さんのうなじが眩しい。  俺らが外に出る頃には花火大会はもう始まっていて。  玄関に近づくたびにドン、ドンという大きな音が館内に響いていた。  花火に照らされた外観は夜とは思えないほど明るくて。  夜空には。  思った以上に大きな花火が投影されるものだから、俺らはあんぐりと口を開けっぱなしでしばらく花火に見惚れていた。 「あらお客さん。特等席はあちらになりますよ」  別の仲居さんから声をかけられる。え、ここじゃないのか。  ここでも充分迫力満点なのに? 「せっかくやし、そっちも行こ?」 「……はい」  花火に照らされた太栄さんに見惚れてただなんて言えない。  仲居さんに連れられた先には、すでに何人かの旅館客が先住していて。 「ではごゆっくり」  そういうと仲居さんは行ってしまった。従業員は入れないところのようだ。 「楽しみやな〜〜」  ワクワクしてる。可愛いな。  あ、花火が出てくる音。  ……ド……ッン…!!  まるで目の前で花火を撒き散らかされたのかと誤認するほどの迫力で。  次々と巨大な花火が上がっていく。  ドン!  ドン!  ドン!  ドン!  圧巻とはまさにこのことで。  夜空に咲きほこる花火の威力は凄まじく、見目も音も先程とは雲泥の差だった。 「すごいですね……」 「せやなぁ!めっちゃ綺麗やんなぁ……ッッ!」  花火が上がるたびに旅館客たちの歓声があがる。  空が、明るい。  カラフルな煙にまみれる漆黒の空模様を、あらたな花火たちが照らし続ける。  音が地響きとしても伝わってくる。  それくらい、近い場所で俺たちは花火を見ていた。  花火はさまざまなものを照らしていて。  そのなかに太栄さんの姿もあって。  花火色に染まった太栄さんの浴衣姿は本当に艶やかで、綺麗だった。  気が付けば花火に興奮する太栄さんをずっと見ていて。  見続けていて。  見惚れていて。  気が付けば一時間なんてあっという間で。  夜空を照らした花火は黄色い星屑となって散漫し、花火大会は無事終焉した。 「花火、すごかったですね」 「迫力もすごかっ…──いや、なんもない」  太栄さん?  一瞬振り返りかけたのに。  なぜかこちらを見てくれない。 「こっち来て、よかったですね」 「せ、せやな。めっちゃ…よかったなぁ」  足早に客室へ戻ろうとする。 「太栄さん……??」  一体どうしたんだろうか。  客室に戻ると。和室には仲居さんが敷いたのであろう布団が二つセットされていて。  一足先に戻っていた太栄さんはいなかった。  どこに行ったんだろう?  俺、またなんかやらかした??  俺に愛想尽かして……。 「太栄さん…っ」  先に帰っちゃった!? 「太栄さん……ッ!」  そんなのって……!! 「太栄さんッッ!!」 「うっさいわボケ、トイレくらい静かに入らせろや」  え?  後ろを振り返るとお手洗いから出てきた太栄さんの姿があって。 「よかった……先に帰ったんじゃないかと俺、気が気じゃなくて……っ」  俺はあまりの安堵感に全身の力が抜け四つん這いになる。 「なんでそないな事になってんのん。相変わらず悩むのうまいなお前」 「だって……」 「ウジウジすんなやいい大人が。それよりも佑哉、一緒に温泉入らへんか?」 「へ?──太栄さんと……一緒に??」 「おう」 「俺なんぞが入ってもいいんですか……?」 「……そのキャラ突き通すんなら嫌や」 「冗談です冗談ですから、入ります入らせてください」 「最初からそう言やええねん。うし、んじゃ風呂場行こか」  と。  脱衣所に来てみたはいいものの。  なんかムードも情緒もなくて。  コレじゃない感がすごい……。 「まぁた一人で考えとる!せやからお前は悩みすぎやねんぞ?」 「すんません……」 「俺先に身体洗って浸かっとるからな。あとでちゃんと来ぃや?」 「はぃ…」 「おし、んじゃ待っとるからな」  太栄さんはさっさと準備して露天風呂への扉を開いて行ってしまった。  俺悩みすぎなのか…。知らなかった。  でも太栄さんは知ってたのか、俺の悩み癖。  自分でも気付いていない事に気付いててくれたのがなんだか嬉しくて。  心がジワッと暖かくなる。  女々しい俺で、ホントすんません。  太栄さんの横に立てる立派な男にならなくては、だな。  そう決意し、俺も露天風呂の扉を開いた。    露天風呂の視界は湯煙で視界が阻まれていて、檜風呂と入ってるであろう太栄さんが視認出来なかった。  檜風呂の洗い場はかなり広く(檜風呂もデカいのだが)、ゆとりがあって。  うん。今のうちに身体だけ洗ってしまおう。  適当に身体を洗った頃には湯煙が晴れてきていて。  檜風呂に浸かることがやっとできた。あったかい。  でも太栄さんが見えなくて。どこにいるんだろうか。  それにしても温泉気持ちいいなぁ……。 「お、佑哉。やっときたか」  この声は太栄さん!  声がする方向を向いてみると、湯煙の中からじんわりと太栄さんらしき影が近づいてきていて。 「おっそいなぁお前。さっさとしんと俺先出てまうとこやったぞ?」  呆れた笑顔で煙の中から太栄さんは出てきた。 「太栄さん……」 「あと、さっきはすまんかったな。俺も、その悪かったっちゅうか…」  そういえば。 「そう言えば。なんで太栄さん、先に客室に戻っちゃったんですか?」 「ぅ…、そのな。…えと……」  太栄さんの顔がどんどん茹でダコになっていく。 「花火に照らされた佑哉が、その…めちゃカッコよかってん……せやから佑哉の顔見れへんかってん…女々しいやろ、俺。佑哉に逢ってからずっとこないな調子で、ずっとお前に狂わされっぱなしなのなんなんほんま…」  俺が花火に見惚れてた間に、太栄さんが俺を見てたってこと?  しかも。 「俺に見惚れてたんですか?」 「ぅ…、せやって…花火に映った佑哉めっちゃ男前で浴衣も似合っててほんまカッコよかってんもん……」  恥じらう太栄さん可愛い。  可愛くて。  可愛すぎて。 「あの、太栄さん。今……抱きしめてもいいですか?」 「……ぅん、ええよ?──ほれ」  聖者の微笑みと共に両手を広げ、太栄さんは俺を全身で受け止める体勢で。  俺の身体は自然と吸い寄せられていった。  ああ、太栄さんのぬくもりだ。お湯の中なのもあってほんのりいつもよりも暖かい。 「ふふ、佑哉は見た目はカッコええのになぁ。まだまだ甘えん坊やな」  頭をポンポンと撫でられる。  む。 「俺、子供ですかね?」  なんか、モヤッとする。 「まあ俺と比べると子供やな」  ──じゃあ。 「子供がしないような事、しましょっか。太栄さん」 「……へぁ…??」  湯煙の中、ときおり鳴り響くお湯をはじくような音。 「や…っん、ゆ、ぅやぁ…っ…ん」  乳首を口の中で喰みながら舌で転がす。 「は、ぁぅ…」  吸う。 「ひぃ…ぁんっ」  もう片方のは左手指でグニグニと弄り倒す。 「ひゃうぅ、ぅあッ…クリクリすんの、ややぁ…ッ」  同時に動かす。 「はあ…あ、ァァ…っ…あ、ぁぁァァ、いぃ、よぉ、気持ちぃ…ぇえよぉ…」  チャプチャプと揺れる波紋。  震えながら桃色に染まる肌。 「太栄さん、後ろ向いてもらっていいですか?」 「……ぁ…ぅん、ええよ?どうすればええのん?」 「じゃあ──……」 「んぁ…あっ、佑哉、あかんって…ソコ、汚い…っ」  檜風呂に捕まった状態で四つん這いにさせた状態で、尻穴を舐めてあげる。 「汚くないですよ」  舌をねじ込むように挿入し、左右に振りながら内壁を舐める。 「ふああぁぁァァァ……んん」  太栄さんの身体がプルプルと震える。  震えるたびに、周囲のお湯がチャプチャプと揺れる。  流石に舌では前立腺には届かないので、入り口付近を重点的にいじめてあげる。 「はあ、ぅ…ソコややぁ、佑哉、ソコややあぁ…っ」  ついでに太ももと尻を撫で回しながら、股間をやんわりと握り同時にシゴいていく。 「あぅんっ…や、やや佑哉、そこ…弄ったらあかん、堪忍や…っぁ…両方弄られたら俺、あん、どうかなってまうからぁ……」  どうかなってください。  舌を抜いて指を三本入れて今度は前立腺をいじめる事にする。 「ああァァええよぉ、ソコええの、あはあァァんッッ」  シゴく速度を上げていくと、太栄さんの腰はフルフルとさらに高くなる。 「両方弄るのやや、堪忍や佑哉、ふあ、ああァァ、もう、も、あかん、俺もイク、イクから、離してえぇ、あはぁ…あ、あもイク、イク、イクイクイッくうゥゥゥ〜〜……ッッ!!」  ビクンッビクンッと太栄さんが身体を反らせて痙攣する。  合わせるかのようにお湯が跳ねて水滴が舞い、蒸気に浮かぶその光景は本当に美しく、とても綺麗だった。  太栄さんが痙攣するたびに太栄さんのナカもすごくヒクついていて。  俺の指を離さない。 「あの、お尻緩めてくれないと指抜けないんですけど」 「え……っ…そ、そないなこと言うたかて、俺なんも分からへん……」  動揺する太栄さんくっそ可愛い。  あ〜〜ブチ込みてえ〜〜〜〜。  とりあえず指動かしとこ。 「ゃあァァ、指イィ…っんん…」 「ナカすごいうねってて、めちゃめちゃ熱いです。太栄さんのココ」 「佑哉ぁ…」 「ん、どうしました?」  なんか恥じらいながらモジモジしてる。可愛い。 「佑哉、ゆう…やぁ……も、奥が疼いてしゃーないねん。はよ突いてぇやぁ…?」  四つん這い状態でこちらをゆっくり振り向いた太栄さんの顔は、とても艶っぽくて。  ……なにその誘い文句。すげええっち。  あ、指外れた。よかった。 「ぁ…っん…」  指が抜けた感覚が気持ちよかったらしく。お尻をふるると震わせて、その場に崩れ落ちてしまった。  俺はそんな太栄さんの顔がすごく見たくなって。 「太栄さん……太栄さん」  肩で息をしている太栄さんをゆっくり起こしてこちらを向けさせたくて。 「太栄さん。こっち、向いて…」 「んぁ…佑哉……?」  俺に気付いた太栄さんがこちらを向き、両手を伸ばしてくる。 「ゆうやぁ…キス、しよ…?キスしてぇ?」  とろっとろの顔で誘われたらたまったモンじゃない。 「ゆぅ…──んぅ、んふ、ぁ…っん」  俺は太栄さんに貪るようなキスをする。  舌を縦横無尽に動かし歯列や上顎を舐めたり。 「んぁ…っ」  舌を吸い込んでみたり。 「んんンン…」  互いの舌を撫であったり。 「んっ…ん……っ」  もう一度、舌を吸って翻弄してみる。 「ふあぁあぁぁァァ〜〜……ッッ!!」  全身を震わせて太栄さんが痙攣しながら果てていく。  全身性感帯と化した太栄さんの片脚を持ち上げて、俺自身を捩じ込んでいく。  ズプ…ッ!ズププ……ッ! 「んはああぁぁァァ〜〜…」  奥へ進めば進むほど吐息のような嬌声とともに全身を震わせてくれる。  ビクビクする身体が愛おしくて、何度もイカせたくなる。 「ふぁ、あ、ぁ…ぁぁ、ァ……」  ズズズと奧に進軍するごとに、太栄さんの身体が小さく震える。  蕩けた顔から涎と涙が垂れている。  ずっと喘いでいるからか、開いた口はなかなか塞がってくれない。  眉が八の字になっていて、とても可愛らしい。  ──トン…ッ  奥に到達。 「あっ…奥ぅ、着いてもぉたぁ…」  恥じらいながら、ウルウルとした瞳でこちらを見る。  その表情が切なげなようで、でもどこか誘っているようでもあり。 「……動いても、いいですか?」 「!!」  ここで太栄さんに選択させる俺は結構鬼畜だと思う。  一度閉じた唇が再度わなわなと震え出す。 「ゅ、ゆうやの、欲しぃ…から。その、あの……動いても、ええよ?」  戸惑いながらの受け答えが一層愛らしさを引き立てていて。  俺のボルテージは一気に跳ね上がった。 「…あ、ぁぁ、ぁ、あ…んっ」  俺が貫くごとに太栄さんがイキ続ける。 「俺今イッとる、イッとるからぁ…っ!あぅんっ」  俺が貫くたびに。  太栄さんが果てるたびに。  バシャバシャとお湯が跳ねる。 「あ、あぅ、ぁ、あひ、ぃ、イィぃぃ……っん」  片脚から太栄さんの痙攣が伝わってくる。 「太栄さんずっとイッてますね。気持ちいいですか?」 「俺、おれずっとイッとるの…おかしなる…あんっ!も、堪忍や、佑哉、もう俺、壊れてまうからあぁぁ…っ!」 「叫びながらもずっとイキ続けてますね。可愛いですよ」 「あはあぁぁ〜〜……ッッ!!」 「ほら、またイッちゃいましたね」 「あ、あひ、ぃ…」  ヨダレと涙でベチャベチャの顔。  可愛い。俺の太栄さん。 「佑哉、ゆうやぁ…好き、好きぃ…おれぇ…っ」  俺の名前を呼ぶ唇を愛しさで塞ぐ。 「んぅ、ンンっ!…んっはぁ、あぅ、あん!あ、あぅァァ、佑哉、あっ、おく、奥にゆうやのせえし、俺んナカにいっぱい欲しいの…いっぱい注いでえぇ…っ」  …ぐ。  なに今の、クラクラする。  角度を変えて出来るだけ奥にねじ込む。  お湯の波も止まらない。 「んひいぃッッ!奥、奥突かれてるぅゥゥ、俺またイッちゃうぅぅ…ァァ…あはあァァ〜〜……ッッ!!」 「太…栄、さん……ッッ!!」 「ぁ…っ…熱いの、キてる…ゆうやの、いっぱい…キてるのおぉ……っ」  果てながら太栄さんはフッと気を失ってしまって、俺は慌ててその身を抱き抱えた。  今まで鳴り続けていた水音は消え去り、代わりに肩で息をする呼吸音が響き渡る。 「はぁ…はぁ……ッ」  ズルリと俺が抜け出た穴から、白い液体がじんわりと漏れ出ていて。少しずつ温泉を白く染めていく。  つい勢いで中出ししてしまった。  煽られたのも原因だけど。  あとでちゃんと掻き出してあげないと。    また、太栄さんを抱き潰してしまった。  歯止めきかせなきゃなのに。    意識のない太栄さんのナカから俺の精液を全部掻き出し。グッタリした太栄さんを両腕で抱きかかえ脱衣所にて浴衣を着て着せて、和室に敷かれた布団の上にそっと乗せた。  先ほどまで意識のなかった太栄さんから寝息が聞こえる。  …よかった……。  備え付けの冷蔵庫から、あらかじめ入れておいたペットボトル飲料から水分を摂って。また戻し冷蔵庫を閉める。  よし、一息つけた。  一泊二日の温泉旅行ももう終わり、明日は帰るだけで。  せめてもうひとつでもいいから思い出が欲しいだなんて。  わがままなことを願いながら、俺は太栄さんの寝顔を眺めながら就寝につくのだった。  次の日。  ここの旅館は朝食も豪華で。  新鮮な刺身に干物、煮物にご飯など。地元の素材を使っているのであろう食材の味を生かしたやさしい味付けの和食膳になっており。胃にも優しいレパートリーが揃っていた。  これが長年続く老舗旅館伝統の味わいといったところか。  朝食を食べ終わり、服を着替え。  チェックアウトまで時間がある。  今日の予定。  あとは駅に向かって太栄さんと別れて、それぞれ新幹線に乗って帰るだけなのだが。  なのだが。  あとひとつ、思い出を作りたくて。  造りたくて。  なにかないかと手近にあった旅館パンフレットの観光地の項目を見ていると。 「……あ」 「ん、どしたん?」 「太栄さん、……ここ。一緒に行きませんか?」    荘厳な雰囲気を醸し出す、深紅で大きな鳥居の上にはこの神社の名前が刻まれていて。  勇んでこの神社へ来てみたはいいものの、なんだかちょっとだけ気が引けてしまう自分がいて。  ……俺は。この鳥居をくぐっていいのか? 「──なあ、佑哉」  不安な俺を気にしてか、太栄さんの声は優しい。 「はい?」 「せぇので、一緒にくぐろ?」  なんだかフワッと後押しされるように涼やかな風が吹いてきて。  まるで俺たちを歓迎してくれているかのような……。 「行くで?」 「あっ、待ってくださ……」 「はよしいや。ほれ行くで、せぇ〜〜のっ!」  ピョンっと四つの足が鳥居をくぐる。  風はさらに柔らかく、まるで俺らを神社へ誘うかのように優しくそよいでくれていた。  鳥居を抜けると竹林に囲まれた参道が果てしなく続いていて。  その左脇に手水舎と書かれた場所があったので立ち寄ることにする。  実はちゃんとした手順知らねえんだよな。どうしよう。 「お、佑哉。こっちにやり方書いてあんで」 「おお」  太栄さんが指差した先にお手水のやり方が書かれた立て札があり、俺たちは難を退かれた。  立て札に書かれた通りに身を清め。参道に戻って本殿を目指す。  竹林から醸し出される風情が心地いい。  敷かれている小石たちも小さくて丸いものばかりなので、足に負担はない。  参道の雰囲気に呑まれ。つい無言のまま本殿へ辿り着いてしまう。  無言になってしまったのにはもうひとつ理由があって。  それが、この神社へ来た目的でもあるから。余計に俺たちはビビり散らかしている。  俺たちが来てもいい場所なのか?と。心の底に思いながら、本殿前に辿り着く。  連休ということもあって、本殿はそれなりに混んでいて。  それが俺たちを余計に萎縮させてしまう。  いや、ここで怖気付いてどうする俺。 「お参りの列に並びましょっか」 「あ、ぉ、おぅ……」  もしかしたら太栄さんは俺よりも緊張していたのかもしれない。    列の最後尾に並んでいると。列は長かったものの進み具合は意外と早く、体感五分ほどであっという間に本殿目前へと到着していた。  用意してあった小銭を投げ入れてから、二礼一拍手一礼をして。  手を合わせて、静かに祈る。    『芹川太栄さんといつまでも、いつまでも一緒に居られますように』  ……よし。  ひと息ついて参列の傍に寄り、太栄さんを待つ。  数分待っていると。太栄さんが人混みからひょっこりと現れた。 「おおすまんな。避ける方向間違えてしもて、こっち側に来んのにえらい時間かかってしもたわ」 「無事でよかったです」  太栄さんは。……何を祈ったんだろうか?  そんな小さな不安がよぎってしまって。  もし。   「あ、太栄さん。おみくじしましょ、おみくじ。ささ、ほらあっちにありますよ」 「ん……お?…おぅ」  一抹の不安を拭い去るように太栄さんにおみくじを提案する。  とは言ったものの。 「おみくじ、いっぱいありますね……」 「せやんな。どれにするん?」 「えぇと──」  恋みくじ、七福神みくじ。それに混ざって棒で引くタイプの通常のおみくじがあって。 「ええっと…………」  それ以外にもさまざまなおみくじが設置されていて。  俺はただ、頭の中を切り替えたかっただけなのに。 「ったくも〜〜、しゃーないなぁ。ほれこっちゃ来い。迷った時は無難なヤツがええって相場が決まっとるもんや」  太栄さんは迷ってる俺の手を握って、ほぼ強引に通常の棒みくじの受付前まで連れてこられてしまった。  一瞬だけど、手を繋げたのがちょっと嬉しかったり。 「ほれ。着いたで。お姉ちゃん二人分な。先に俺引くで、え〜〜っと……十八番やて!」  室内にいる巫女さんが大量の棚の中からひとつの棚を開けて、白い紙を太栄さんに渡した。 「ほい、次佑哉な。揃ったら一緒に見よ?」  棒の入った六角形の箱を「ほい」と手渡されながら穏やかに微笑まれて。  それがちょうど、陽に透けて。  なんだかとても、綺麗だった。 「……はい。え〜〜っと俺は……あ、十二番です」  巫女さんから白い紙を手渡される。 「あざっす」  おみくじを手に太栄さんの元へ行く。太栄さんは人混みの邪魔にならないように境内の傍で俺を待っていた。  近づいてきた俺に気付き、微笑みつつ小さく手を振る。 「なあ佑哉」 「はい?」 「お前またしょーもないこと考えとったやろ?」 「え」 「んなな、お前見とったら分かるっちゅうねん。んで今回は何に悩んどったん?」 「いや、その。……太栄さんは何を祈ったのかなぁって……」 「俺か?」 「はい」 「んなもん決まっとるやんか。『佑哉と一緒に居れますように』って、それ以外の何があんねん」  よかった。一緒だった。 「お前なぁ、わざわざここまで来て別のお願いするわけないやろ。恋愛成就の神社やぞ。そないに信用ないんか俺は?」 「いえ、そういうわけでは……」 「相変わらずの心配性やなぁ。んじゃ佑哉はなんて祈ったんや?」 「あ、俺も『太栄さんと一緒に居られますように』って」 「せやろ?俺らやっぱ両想いやねんなっ」  ニカッと笑うその笑顔に全てが浄化されていく。 「なあなあ、おみくじ開けようや、せっかく引いたんやし」 「そうですね」 「いっせ〜ので見せ合いっこするんやで?」 「はいはい」  なんだか可愛い。 「いっせぇ〜〜のぉっ……ホイ!」 「ほい」  俺が出した十二番のおみくじには大吉と書かれていて。  太栄さんが出した十八番のおみくじにも大吉と書かれていた。 「おお!二人とも大吉とは幸先ええなぁ!」 「ですねっ」  やった、大吉だ。  しかもお揃いだなんて、なんだか嬉しい。 「よっしゃ。恋愛運は……『将来幸福になる』やて!やったなぁ佑哉!」 「え、俺っすか?」 「当たり前やん。お前といると幸せになれるっちゅうこっちゃろ?」 「え……」  太栄さんが、さりげなく物凄いことを言ってくれている。  嗚呼この人は、何度俺のことを幸せにすれば気が済むのだろうか。 「なあ佑哉は?恋愛運なんだったん?」 「え、あ…俺はですね、え〜〜っと『愛情を信じなさい』だそうです」 「せやな、佑哉はいらんことでも悩む癖があるからな。神様もそこを言うとるんかもしれんな」  ……神様すげえ。  そんなことまで見抜かれてたなんて。  というか。  太栄さんは俺のことをよく見てくれているんだなって心底思った。 「さ、次は何するん?」 「あ、次はですね……御守りを買おうと思いまして。え〜〜と…あっちで売ってるみたいです」 「ほな行こか」 「はい」  スマホを地図がわりに神社内を散策して御守り売り場に到着する。  これが今回の目的のひとつ。  ……よかった。見た目は男でも買いやすいデザインで。 「佑哉は何が買いたいのん?」 「これです」  スッと目的の御守り見本を静かに指差すと。 「え、これって──」  太栄さんの顔が少し赤らいでいる気がした。 「はい、縁結びの御守りです。さっき太栄さんも言った通り、ここは縁結びで有名な神社ですからね」 「お、おぅ。そか、そか……」 「実物は今見たんですけど、俺らでもつけやすいデザインでよかったです」 「おぅ、せ、せやんな」  軽く動揺している太栄さんがとても可愛い。  ──ここは男を見せるとき! 「すみません!…この結び守を…えと……二つ、ください」 「二つですね。千六百円です。はい、ありがとうございます〜〜」  白い紙袋に包まれた御守りを巫女さんから手渡される。  気のせいか巫女さんからの視線が熱いような気も? 「……あの……?」 「あっ…すみません!御守りありがとうございました!その、お幸せに…っっ!」  なぜか真っ赤になっている巫女さんを尻目に、太栄さんの元に向かう。  すると。  さっきの巫女さんのような真っ赤になっている太栄さんの顔があって。 「太栄さん?すみません待たせちゃって」 「お前の行動力、たまに感心するわ」 「そうですか?…はいコレ太栄さんの分です」 「おぅ、あんがとな」  紙袋から出した結び守は。薄緑色を基調とした緑葉の枝をグラデーションで、男性にも付けやすいデザインだった。これはありがたい。 「これ、俺らでも付けやすいな」 「ですね」 「買ってくれて。その、あんがとな」 「はい」 「大切にするな?」 「はい」 「ほんま、あんがとな。大事にする」  小さく大事そうにギュッと御守りを握りしめてくれる太栄さんを見れただけでも、この御守りを買った甲斐があったなと俺は思った。 「あ、あの……ッ!!」  ん?  声がする方を振り向くと、先ほど会計をしてくれた巫女さんが相変わらず真っ赤な顔でこちらを向いて俺たちに声をかけた。 「なんでしょうか?」 「さ、差し出がましいとは思うのですが、その……あちらの大楠は樹齢二千百年を越える大木でして、その、恋人同士で幹を一周するとですね、ね、願い事が叶うそうなので、もしお時間があればと思いまして……ッッ!!」  ものすごい早口で捲し立てられて俺たちは呆気に取られてしまった。 「あっ、あっ、お邪魔してしまってすみません!あの、境内にはお茶所もいくつかありますのでっ…、ゆっくりしてってください……ッッ!!」  伝えたいことを伝え終わった巫女さんは、そそくさと自分の持ち場へ戻っていった。  それは嵐のような出来事で。一瞬呆けてしまったが。 「じゃあ、行ってみよか。せっかくの巫女さんからの紹介やし、な?」  上目遣いで太栄さんにお願いされたら断れるわけがない。 「そうですね。行きましょか」  俺たちは大楠へ向かうことにした。  着いた先の大楠は。流石の樹齢といった感じの迫力と厳かさが半端なかった。  ゴツゴツとした壮大な太い幹。  鬱蒼とした緑葉から陽射しが透けて。  偉大さを証明するかのように巻かれた細めのしめ縄。  雰囲気を感じさせる心地いい風。  全てが相まって、二千百年の重みを一瞬で感じ取ることが出来た。 「すごいな、これ。ジ⚪︎リの世界やん」 「ですね……」 「巫女の姉ちゃんはこれ一周するとええって言ってたやんな?」 「はい、そうです」 「んじゃ廻ろか。今度は俺が先陣な」 「ふふ、……はいはい」  まったく、負けず嫌いなんだから。  太い幹をじっくり眺めながら、踏みしめるように足を運んで進んでいく。  先頭をいく太栄さんも樹齢の荘厳さに感嘆しながら踏み進めている。  本当にすごい大木だと思う。  巫女さんありがとう。  ちょうど一周まわり終えた頃。 「すみません、写真撮ってもらってもいいですか?」  と、若い女性二人に声をかけられた。  友達同士なのかな? 「おう、ええよ。このスマホで撮ればええのん?オケオケ、んじゃ樹の前に並んで並んで〜〜」  呆気に取られていた間に、太栄さんがサササッと二人の間に入って写真を撮る算段を進めている。 「んじゃ撮るで〜〜ッ……」  ──あ。  この二人。違う。……ただの友達同士じゃない。  一緒だ。俺たちと一緒なんだ。  カメラを見据えた表情で理解した。  ほどよく顔を赤らめた幸せそうな顔。  嗚呼。  ……いいなぁ。  カシャッ 「ほい、撮ったで。ええ顔しとったわ」 「ありがとう、ございます……」 「──あ、あのっ!」  思わず声をかけてしまった。 「はい?」  今を逃したら、二度とないかもしれないから。 「俺たちも、その、撮ってもらってもいいですか……?」 「へ、佑哉、何言っとん…!?」  慌てる太栄さんとは裏腹に、お二人の女性は顔を見合わせてにっこりとこちらに微笑み返してくれて。 「ええ。……もちろんいいですよ。カメラはこのスマホで…はい、分かりました。では樹の前に並んでくださいね」 「ほら、太栄さん。樹の前に行きましょ」  真っ赤になって固まってる太栄さんを半ば強引に大樹の前に連行する。 「二人っきりの写真なんて、今を逃したらきっと撮れないですから」 「…まぁ………せやな…」 「じゃあ、撮りますよ〜〜……はい、オッケーです。お二人とも幸せそうでしたよ」 「ありがとうございます」 「では私たちはこれで」  女性たちにお礼を言って、二人は幸せそうに去っていく。  俺たちもあんなふうになれたらいいのにな。  きっと彼女たちもそう思っているんだろうけど。  少なくとも、俺には。  ……あの二人がとても幸せそうに見えたから。 「ほんま、お前の行動力には呆れてモノも言えんわ」 「え、嫌でしたか?」 「ちゃうわボケ。……俺も撮りたかったから、その──サンキュな?」 「……ふふ。──はい」 「へへ。あとで画像送ってな?」 「はい。じゃあ次は、茶店にでも入りましょうか」 「せやな」  近くの茶店に入って、さまざまなメニューの中から神社といえばなドリンクをチョイスして外に出る。本当は店内で座ってゆっくりとしたかったのだけど、思いの外混んでいたため撤退せざるを得なかった。  茶店の壁に寄りかかって買ってきた飲み物で暖をとる。 「やっぱ美味いな、甘酒」 「ですね。うん、うまいっすね」 「神社に来たらやっぱ甘酒よなぁ」 「適材適所て感じですよね」  ふぅ、とため息をつきつつ。 「佑哉、疲れたか?」 「あ、いえ。なんか色々あったなぁって思って」 「せやんな。色々というか、いろんな人に出会えたな」  商店街の人。  旅館の人。  神社の人。  俺らと同じ人。 「色々出会いましたねぇ」 「なんか、この旅行だけで老けたんちゃうんかっつーくらい色々考えさせられた気ぃもするわ」  確かに。  ノスタルジックな商店街。  歴史の詰まった老舗旅館。  厳かな雰囲気の漂う神社。  どれもこれも、ここでしか出逢えない場所だった。  それぞれの場所で俺らの立ち位置を思い知らされたような気もする。 「けど。一緒に戦ってる人にも逢えましたね」 「……せやんな。あの二人ええ顔しちょったわぁ」  きっとあの二人もお守りを買って行ったんだろうなと思うと、ちょっとだけ誇らしくもある。  俺らも買ったぞ!と。  買ってやったぞ!と。  伝えてあげたい。  きっと彼女らは喜んでくれることだろう。 「んじゃ、行くか」 「はい」 「佑哉、連れてきてくれてあんがとな。御守りめっちゃ大切にするからな」 「俺もです」 「へへ……」 「……ふふ」  俺たちを和やかすように、さわさわとした涼しい風がそよいでいく。  甘酒を飲み終えてゴミ箱に捨てて、神社を去る。  時計を見るとなんだかんだでお昼を越えていた。  神社から最寄りの駅まで徒歩二分。  スマホの地図をたよりに信号を渡り、高架下の線路沿いを歩いていく。  嗚呼、もうすぐ。  二人の時間も終わってしまう。  なんかそう思ったら。  いてもたってもいられなくなって。  俺は。  おれは。 「ちょ…ッ!佑哉、ここ外……ッッ!!」 「太栄さん…、太栄さん……ッ」  太栄さんを思い切り抱きしめていた。 「俺かて寂しいんよ?お前だけやない。俺もや」 「うぅ…ううぅぅ…」 「泣くなやもう…。ほんま、でっかい赤ちゃんやなぁ」  太栄さんが背中をさするように抱き寄せてくれる。 「ほれ、佑哉。こっち見ぃ」 「え?」  ──ふにッ  え。  一瞬だけど、確かに触れた感触があって。  それは確かに太栄さんの唇の感触だった。 「今は真っ昼間やから、こんなもんや。……しゃーないやろ!?」 「あいえ、あ、その……ありがとうございます…」 「んむ。分かりゃあええねん、ほな行くど」  まったく。  この人には一生敵わない。  最寄りの駅から昨日待ち合わせた駅まで乗り合わせて、そこから新幹線へ。  ここからが本当のお別れ。  俺は関東へ。  太栄さんは関西へ。  いつもの日常に戻るのだ。 「ほなな、またネットで逢おうな」 「はい。旅行誘ってくれてありがとうございました。すっごく楽しかったです」 「おう、俺も佑哉と一緒や。ごっつ楽しかったで」 「また行きましょうね」 「おう、今度はお前から誘えよ?」 「ええ勿論。期待しててください」  時計を気にする。  そろそろ時間だ。 「ほな俺、そろそろ行くな」 「はい、お元気で」  大きく手を振りながら太栄さんが去っていく。  遠くにいく。  近づいて抱きしめたいのを我慢して堪える。  小さくなっていく。  人混みに紛れて、見えなくなっていった。  嗚呼。次、また逢えるのはいつになるんだろうか?  そんなことを思いながら、俺も改札口に向かい歩を進める。  足取りは重い。先ほどの唇の感触がまだ残るくらいには未練がある。  太栄さんとの旅行、楽しかったな。  私服の可愛い太栄さん。  くるくると表情の変わる太栄さん。  浴衣の似合う太栄さん。  いろんな太栄さんに出逢うことができて。  心の底から、この人と恋人になれたことが嬉しかった。  そして。  より一層、この人を大切にしていこうと心に誓うこともできた。    次に太栄さんと出逢う時。  俺は一皮剥けた男に成れてるといいな、なんて夢見心地なことを思いながら。  関東へ向かう新幹線に乗って、帰路に着くのであった。

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