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第9話
鳥のさえずりが聞こえる。
ん?……もう朝か……?
なんか妙に身体がだるい。
もうちょっと寝ていたい──
カンカンカンカン!!
「佑哉〜〜!!朝やで〜〜!!はよ目覚めぇやぁ〜〜!!」
凄まじい金属音とともに愛しい人の怒号が耳をつんざく。
「ん?まだ起きんのか?しゃーないなぁ」
カンカンカンカン!!
「あああ起きます!起きますから!耳元でフライパン鳴らさないでくださいよ!」
「お、やっと起きたなお寝坊さんめっ」
俺の目の前に現れたのは。
ネクタイにワイシャツの上からピンク色のエプロンを着けた太栄さんだった。
え、なにそれ可愛い。
「おーい、どした?まだ寝とんのか?」
「いや、太栄さんのエプロン姿可愛いなぁと」
「お?……まあ、飯作ってたしなぁ。早よ来んと朝飯冷めるで」
「え、太栄さん自炊できるんですか?」
「お前俺のこと何やと思っとんの?」
「いやなんとなくイメージで……」
「失礼なやっちゃな。簡単な料理ぐらいやったら俺にも出来るっちゅうねん。下で待っとるから服着たら早よおいでな……あ、せや。お湯ついてるからシャワーも浴びてきぃな」
フライパンを楽しそうにカンカン鳴らしながら太栄さんは去っていった。
ん?
服?
何気なく自分の身体を見まわしてみると……うん、裸だな。
ああ、そうか。
俺たち。ヤッたまんま寝ちゃったのか。
そっか。
あれから一日経過したんだな。
「嘘じゃないんだな、全部……」
今でも信じられないけれど。
俺はずっと好きだった人と結ばれる事ができたんだ。
絶対に叶わないと思っていた恋心だけに、正直今でも信じられないのが本音だ。
「佑哉〜〜!朝飯冷めるで〜〜!!」
下から太栄さんの叫び声が聞こえる。
うん、まずは服を着て台所に向かおう。
服を着て、部屋を出て。
一階へと階段を降りる。
あ、美味しそうな匂い。ほんとに料理出来たんだなあの人。
なんか不器用そうなイメージがあったからちょっとビックリ。
台所への扉を開けると、美味しそうな匂いはさらに濃くなって。
「おお、やっと来たな。お寝坊さんめ」
キッチンの奥からエプロン姿の太栄さんが俺を茶化す。
「味噌汁と目玉焼きと冷蔵庫にあった浅漬けやけど、それでええか?」
「いやいや全然。ありがとうございます」
「よっしゃ。今ご飯よそっちゃるからな」
「いやそれくらい俺が……」
「ええからええから、お前は椅子に座っとき」
すでに配膳がなされたテーブル。
味噌汁。
目玉焼き。
浅漬けの大根の葉。
充分に立派なメニューだ。
「せや、佑哉飲みもん何がええ?冷たいのなら烏龍茶とコーヒー、あったかいのならコーヒー一択やで」
「あ、じゃあホットコーヒーで」
「おう、任せとき」
ご飯の入った茶碗を二人分配膳し終えた太栄さんが、もう一度キッチンに向かう。
……ほんとに俺何もしなくていいのか?
疑問に思いながら椅子に座る。
「佑哉はお客さんやさかい、座っとってええんよ。ほいコーヒーおまちど」
「ありがとうございます。なんか色々すんません」
「ええねん、ええねん」
冷たいお茶を持ってきた太栄さんも席に着く。
「んじゃ手を合わせて、いただきまっす」
「いただきます」
まずは味噌汁を一口すすってみる。
ん。
「美味いっすね…」
「せやろ!?」
太栄さんの目が爛々としている。可愛いなこの人は。
目玉焼きには少しだけ胡椒が振られていて。
「目玉焼きは味付けあんましてないから醤油とかソースとか自分でかけてな?」
「分かりました」
醤油に手を伸ばす。
「おお、佑哉は醤油派か」
「太栄さんは何派なんですか?」
「俺はやっぱり、ソースやなっ」
「なるほど」
ご飯を口に含みながら浅漬けもいただく。
「あ、これ美味しいですね」
「せやろ?これウチのオカンの手作りやねん」
太栄さんのお母さんか。
前に通話した時、太栄さんはお母さん似だと言っていた。
さぞかし可愛らしい人なんだろうな。
「ごちそうさまでした」
「お粗末さまでした」
「美味しかったです。……あ、片付け手伝いますね」
「おう、あんがとな」
太栄さんと一緒に食器をキッチンへ持っていく。
シンクに食器を置いて。
「佑哉ちょっと食器洗っといてもらってもええか?俺支度せなあかんねん」
「ああ、いいですよ」
「すまん堪忍な。ほんま助かるわ」
そう言うと太栄さんはエプロンを外して台所から出て行った。
洗剤をスポンジにつけて食器を洗い、隣の水切りカゴに置く。
二人分だからそんなに数はない。
あっという間に食器洗いは終了する。
水気を拭き取っておきたいけど……どのタオル使っていいのか分からないので、仕方なくこのままにしておく。
「お待たせ。佑哉ありがとな手伝ってくれて」
おお。
スーツに身を包んだ太栄さんは、童顔とはいえちゃんと社会人で。
うん、これはこれで萌える。
「お前今変なこと考えとったやろ。鼻の下伸びてんぞ。ほれ早よシャワー浴びてこいお、俺が遅刻するやろ」
「あ、はい」
とりあえずシャワーを浴びに洗面所へ向かう。
うん、恥ずかしがる太栄さんもやっぱり可愛かった。
シャワーから出て適当に髪を乾かして、服を着て洗面所を出る。
「お、さっぱりしたか?」
「はい、ありがとうございます」
「ん、よかったよかった。ちと湯の電源切ってくるから、その間に佑哉は支度しときな?」
「あ、はい」
支度。といっても俺はコートくらいしかなくて。
コートを取りに太栄さんの部屋に上がり、また玄関先に戻ってきた。
──支度。
もうすぐ。
太栄さんとお別れの時……。
あっという間だったなぁ。
夢のような出来事の数々で。
夢のような時間を過ごして。
夢だと思っていた想い人と結ばれることができた。
次に逢えるのはいつになるんだろう……。
「佑哉お待たせ!んじゃ行こか」
準備のできた太栄さんが声をかける。
ああ。
もう、お別れなんだなって。
「そないな顔すんなや。今生の別れやあるまいし」
「でも──……!?」
フニッとした感触が唇にあたって。
それが太栄さんの唇だと気付くのに数秒かかって。
「俺やって、寂しいんやからな。お互い様やで。次遭う時は旅行にでも行こか?」
少し寂しそうに微笑む太栄さんを見てたら我慢できなくなって。
今度は俺から、太栄さんの唇を奪った。
「んぅ…、ん、ん…っふ、…っ…んふ…ぁ…ッ」
離れたくない。
このままでいたい。
離したくない────
「…っぁ…佑、哉……」
「太栄さん……」
俺たちは再び抱きしめあって。
互いの存在を確かめあった。
嘘ではないのだと思いたいから。
「きっと、また逢えるから。また逢いに来ますから」
「ぅん……っ」
「もう出ないと、遅刻しちゃいますよ」
「ぅん…」
「離れていても、ずっと愛してますから」
「俺も……愛してる……」
「じゃあ、そろそろ家出ましょうか」
「ん……」
イチャつけるのはここまで。
本当のお別れまでは、あと少し。
「駅まで一緒ですし、歩きましょ?」
「うん……」
家を出て、家主である太栄さんが鍵を閉める。
その間に俺は乗り換えアプリと睨めっこしていた。
他愛もない話をして、駅へと向かう。
まるで今までずっと行われてきた行為のように。
ゲームでの出来事を話したり。
さっきのことを話したり。
世間話をしたり。
リアルのことを聞いてみたり。
ああ、なんて。
なんて、楽しい時間なんだろう。
でもその時間も……あっという間に過ぎて行って。
俺たちは、新大阪駅に着いてしまった。
本当のお別れの時。
太栄さんは時間ギリギリまで一緒に居てくれて。
新幹線の改札口まで着いてきてくれた。
「じゃあ、また」
「おう、ほなな」
改札口を抜けて小さな階段を上がる。
上がって。
…………。
つい、後ろを振り返る。
「太栄さん……」
今にも泣きそうな太栄さんが、改札前に居て。
「太栄さん……!!」
俺はつい、改札に向かって階段を降りていた。
「早よ行けや!!戻んなやアホが!」
太栄さんの大きな声に、駅全体が静まり返る。
「俺、おれ…また来ますから!!絶対に、逢いに来ますから!!」
「佑哉……」
「絶対ですから!!」
涙にあふれる太栄さんの顔を見ながら、俺は数名の駅員さんに取り押さえられてしまった。
不審者の誤解が解けて新幹線に乗る。
気が付けばあれから一時間も経過していて。
何となくスマホを見ていたら、数件の未読メッセージが溜まっていた。
確認するとそれは太栄さんからのもので。
駅員に取り押えられる俺を心配した内容でいっぱいだった。
「情けない姿見せちゃったなぁ」
最後はカッコよく決めたかったのに。
* 今、新幹線です。
すぐに既読がつく。
* おお!よかった……
* 会社は間に合いましたか?
* おう、これでも無遅刻無欠勤やで
それはすごい。
* 今度は旅行、一緒に行きましょうね
* おう!ええな!
* 温泉なんていかがですか
* ええなええな!どこがええかな??
旅行話に花が咲いて。
何気ない会話で盛り上がっていると。
* お、すまん。部下に呼ばれたわ。ちょいと行ってくるな
* 行ってらっしゃい
そこから。
太栄さんからの返信はなかった。
家に着いて。
ゲーミングチェアに腰掛けて、一息つく。
長かったけど、あっという間の二日間だった。
それに。
とても、有意義だった。
今度遭えるのは、いつになるんだろう。
そんな事を考えながら。
俺は日課になっているパソコンの電源を付けた。
いつもの日常が帰ってきたんだなと、しみじみと実感する。
さあ。
次に逢えた時、何をしようか?
次に逢えた時、どこに行こうか?
どんな貴方に出逢えるんだろうか。
楽しみに取っておきますね。
まずはお仕事。
──頑張ってくださいね、セカイさん。
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