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第2話

 新規の方で名前は深海様。○○アパートの二〇五号室。時間は六十分で指名あり、か。  俺は早瀬諒太(ハヤセリョウタ)。  デリバリーフロウで働く、まあいわゆる男版デリヘル嬢だ。ちなみに本職はモデル。……といってもランウェイを歩くようなモデルじゃない、雑誌や広告などで掲載されるようなチンケなモデルだ。  だから兼業してデリヘルをやってる。……別に男好きって訳でもないけど、この業種はそんなに嫌いではない。  ──まあ、変な客はたまに来るけどね。  そういう時はスタッフに言えば対処してくれるし、俺が所属しているデリバリーフロウはそこらのデリヘルよりも金額が高めに設定されているためか、あまり変な客は寄ってこない。  今回は新規のお客様。名前は深海さんというらしい。指定されたアパートはお世辞にも綺麗とはいえないボロっぷりで、こんな家に住んでて、よく俺んとこのデリヘル呼べる金あんのかってちょっと不安になった。  変な客じゃない事を祈るしかない……。  二〇五号室のインターホンを鳴らす。 『はーい』  屋内の遠くから返事があった。声質から判断するに、年配の変態オヤジではなさそうで内心ホッとする。むしろ若々しい声だ。 「諒太と申しま〜す」  一瞬、間があって。 『ぁ、はい。鍵開いてるんで、どうぞ〜』  爽やかな男の声がした。  扉を開けると、まさにワンルームといった感じで。ひとつの廊下とひとつの部屋しかなかった。廊下の端々にキッチン、トイレ、洗面所がある。特に散らかってはいない逆に素っ気ないと思うほど物に溢れてはいなかった。 「失礼します」  挨拶をして脱いだ靴を揃えて、俺を指名した相手のいる部屋へ通じる廊下を歩く。  近づけば近づくほど、相手の顔が鮮明に分かる。  ──あれ?この人。  服装のせいで野暮ったく見えるだけで、実はめちゃくちゃイケメンなのでは……?  眼鏡の奥底に見える切れ長の瞳。  長めの下まつ毛。  シュッとした肉体に白い肌。  整った顔立ち。  うん、間違いない。この人イケメンだ。それもウチの店で働けるレベルの逸材。  深海氏に近づいて、彼の目線に合うように正座をし、三つ指を立てて口上を読む。 「デリバリーフロウから派遣された諒太です。本日は御指名ありがとうございます」  一寸の間があって。 「よろしく、お願いします……あ、えっと、机片しますね」  フワッとしていて聴き取りやすい声。  あ、俺。この声好きかも。  深海氏の動かしている机の上には、いわゆるカードゲームのカードがたくさん並べられていた。いろんな絵柄のカードがあるんだなぁ。  片付けが終了した深海氏は、俺に合わせてなのか正座をして俺に向き合った。  真正面から見た深海氏は本当に整った顔立ちをしていて。俺は思わず息を飲みそうになったのを感じて、それを振り切るように口を開ける。 「お客さまは、なんて呼べばいいですか?」 「は、ぁえっと〜〜。あ、初めまして、深海っていいます」  知ってる。顧客情報に入ってたから。  ──名前は、まだ知らないけど。 「ふふっ、初めまして。俺は諒太っていいます。……なんだかお見合いみたいですね」 「あ〜〜なんかこっちこそ、すいません……」  照れ臭そうな表情で、猫っ毛な髪質の頭を引っ掻きながら、申し訳なさそうに一礼をする。  照れた顔がなんだか可愛くて。  この人、磨けば魔性の男に光るんじゃないかな? 「深海さんって呼べばいいですか?それとも下の名前がいいですか?」 「あ、いや。みんなからは『ふーや』って呼ばれてるからそっちで」  名前はダメか。 「ふーやさん」 「さんもなしで」 「ふーや」 「うん。それでいいっす……あ、敬語もいいんで」 「分かった」  にっこりと笑顔で対応する。  初対面にタメ語。ちょっと苦手だけど指定されたら仕方がない。多分深海氏的にはこちらが話し易くできるように言ってくれてるんだろうけど……。俺はどちらかと言うと敬語の方がやりやすい。  だって。    ──本気にならずに済むから。  本職が稼げないからといって、この業界に手を出した理由。それは俺が……ホントは隠れゲイだからだ。  じゃなかったら、いくら給料が良くたってこんなコト普通はしない。そうだろ? 「じゃあ、早速お風呂に──」  立ちあがろうとしたその時。 「あ〜〜、それなんだけどもさ」  なんだか嫌な予感がする。 「はい?」  俺の予感は大体的中する。 「せっかく来てもらって悪いんだけど、今回俺の知り合いが悪ノリしてリョウタさんとこに電話したみたいでさ……その、俺自体は全く乗り気じゃないっていうか〜〜」  癖なのか、片手で頭を引っ掻きながら歯切れの悪い言葉を放つ。  ……そっか。  深海さんにその気はなかったのか。  結構好みのタイプだったんだけどなぁ。 「そうだったんですね……」  俺は久々に心から落ち込んだ。少しため息も漏れていたかもしれない。    深海さんと、シたかったなぁ。……なんて。 「あっ、勿論お金はちゃんと払うから!!そこは心配しなくていいからね!?」  後ろ髪引かれる気持ちで、つい目線を深海さんの股間に向けてしまう。  客によっては今頃もうおっ始まっていて、お風呂すら通さずにフェラを要求してくるキモ客とか、ナカを解さずにいきなり突っ込んでくる勘違い野郎とか。  でも今日はそんなんじゃない好青年で、アタリだと思ってた矢先にコレだよ。  あの股間、膨らんでくんねえかな?  そしたら言いくるめ出来るのに。  と思ってたら。願いが通じたのか、深海さんの股間が少しだけ盛り上がっていて。 「はぁ……」 「ん?── はぇ!?えっ、なんで、俺……!?」  心の中でガッツポーズをした。 「よかった。俺で勃たないってわけじゃなくて」 「いやいやそれは絶対ないですよ。リョウタさん色気すごいですもん」  なんかめっちゃ褒められた。ちょっと嬉しい。 「ふふっ、ありがと。ふーや」  ふーやってあだ名、可愛いな。俺も呼びたい。 「どういたしまして……?」  この機会を逃したくない。 「ふーや」  上目遣いで名前を呼ぶ。 「なに?」 「お風呂。──……はいろ?」  首をコテンとさせて、深海さんを凝視する。 「────…………はぃ……」  顔を真っ赤にさせた深海さんは、照れ隠しに眼鏡を何度も上げ直してて。  その仕草がとてつもなく可愛く見えただなんて、本人には言えないよね。

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