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第12話

 ふーやに貰ったトレーディングカードは、見ているだけで元気をくれるもので。  待合室で指名されるまで待っている時は、いつもそのカードを肌身離さず持っていた。  別にふーやの顔写真があるわけではなく。  あるのは可愛らしい獣のイラストとふーやのサインのみで。  そこに描かれているのは、可愛らしさのなかに凛々しさも兼ね備えているライオンとトラを足したような、現実に存在しない架空の生き物のイラストで。名前は── 「お、ウィンニィじゃん!それ」  いつの間にか岩城がカードを覗き込んでいた。 「岩城知ってるの?」 「うん。あ、いや、それの元ネタのゲームならやった事あるってだけで、トレカまでは分かんないんだわ俺」 「……そっかぁ」 「でもさ、このカードサイン入りって事はさ。このカードゲーマーの人、相当有名なんだね。なかなかないよ?公式でサイン入れて貰えるなんて。しかもホログラム仕様だしさ」 「へぇ〜〜……、すごいんだ」 「うん、この人にとってはすっごく頑張った証なんだと思うよ」 「ふ〜〜ん……」  ──ふーやが褒められている。  なんだか、自分が褒められているみたいに誇らしげな気分になってる俺がいて、心がホカホカする。  ふふふ。  深海さんの頑張った証かぁ……。  岩城は壁に背を向けて、体育座りで俺の隣に座り出した。 「最近、諒太よく笑うようになったよね。その人のおかげなのかな?」  上下に身体をゆらゆらさせて、穏やかな表情で問いかけてくる。 「うん。──そう、なのかも」  つい、にやけてしまう。 「諒太にそんな顔させるだなんて。なんかこっちまで恥ずかしくなっちゃうじゃん」  改めてそう言われると、俺も顔が赤くなってしまっていて。 「諒太にとってそのカードは、お守りみたいなものなんだね」  お守り。  なんだかそれがストンと腑に落ちて。  そっか、これ──俺の御守りなんだ。 「大切にしてね。御守りって肌身離さず持ってないと効力が切れるって聞いたことあるし」 「そうなの?」 「うん、らしいよ?……まあ、でも。その様子なら諒太がそのカードを手放すとは思えないけどさ」 「うん」 「お、イイ返事」 「んへへ」 「やっぱ美人は笑顔が似合うっすな」 『大輔く〜〜ん、ご指名入ったよ〜〜!百二十分、よろしくね』 「はいよ〜〜。……んじゃ諒太、またね。おっち〜〜!」 「おっち〜〜」  岩城が悠々と去っていく。 『本日は二月十一日の日曜日です。バレンタインデーまであと三日ですね〜〜!』  テレビのアナウンスが聞こえる。 『本日の誕生花は、こちらのフリージアというお花です。なんとこのお花は薔薇のように、色ごとに意味が違うんですよ〜〜』  テレビ画面には赤色のフリージアと紫色のフリージアが花瓶に生けられていて。  綺麗というよりは可愛らしい見た目の花だ。 『赤いフリージアは純潔。紫色のフリージアは憧れを意味しているんです』  紫色のフリージア。  さり気なく、あまり主張のしない薄めの紫色がまるでふーやのようで。  花言葉は、憧れ。  うん、なんか。……ふーやにピッタリだなって思って。  なんだか笑みがこぼれてしまう。 『諒太君〜!鈴木さんからご指名だよ。いつものホテルで百八十分、よろしくね〜〜!』 「はぁい」    鈴木さん。俺の常連さんの一人で。  近親相姦プレイが好きな人。  でも別に変な事はしてこなくて、普通の気のいい叔父様だ。    仕事道具の入ったバッグを手にして送迎車に向かう。  ──次のふーやからの電話はいつなんだろう?なんて。  先の見えない期待感を抱きながら、俺は送迎車に乗り込んだ。  あれから数日が経過して。  俺たちは結ばれて。  連絡先も交換して。  今は夜中の十一時。  俺は仕事終わりに、ふーやの家に度々来ることが多くなって。  多くなって……── 「あっ、あぅん!ふ…ぅやぁ!も、やぁん!!」 「や〜〜じゃないでしょ?」  俺が調理台で簡単な夜食を作ってあげようとエプロンを身に付けた途端、ふーやの暴走が始まって。 「ハセさんがえっちなのがいけないんだよ?恋人のエプロン姿なんてもう新妻じゃん。しかもハセさんのお尻ってズボン越しでも丸くてハリがあってさ、こんな後ろ姿見せられたら襲わないほうが失礼でしょ〜?」  ふーやは俺のことを『ハセさん』と呼ぶようになってて。 「そんなこと……アッ!」  丸出しのお尻の穴にふーやの指が三本ともなんなく侵入していく。 「ふぁ…ん、やっ…あ、はぁ…」  ズボンはもう膝上あたりまでズリ落ちていて、逆にそれが身動き取れない要因でもあって。 「今日もいっぱいお仕事したんだね。お尻の穴、すっごく柔らかい」  前立腺をクンッと押し上げられる。 「んふ、うぅ、は、あァ…!」 「ハセさん、気持ちいい?」 「ぅん、うん……っ!ふーやの指、きもちぃ…、きもちぃのぉ…ッ」 「ハセさん俺じゃないと感じなくなっちゃったんだもんね。──お仕事お疲れ様、いっぱい感じていいよ」  指の律動がせわしなくなり、俺の快楽も高められていく。  後ろから嫌でも耳をつんざくグチャグチュといやらしい水音が、俺を昂らせる一因にもなっていて。 「はぅ、あ、はぁん!アッアッ、も、もイク、イッちゃううぅぅッッ!!はあぁぁァァ……!!イッッックウゥうぅぅ〜〜……!!!!」  身体全体が大きく痙攣を繰り返す。  脚がガクガクして、シンクに捕まっていないと立っていられなくて。 「エプロンのリボンがお尻と一緒に揺れてめっちゃ可愛い」 「やらァ、見ないでぇ……!!ッッあぅん!」  指が引っこ抜かれて、代わりにふーやの熱いモノが当てがわれる。  グニグニと鬼頭を尻穴に押し付けられる。ふーやの先端からは先走り液が垂れていて、それがローションの代わりとなって。  でもその行為が俺にはもどかしくて。  つい催促をするように無意識にお尻を揺らして誘惑していた。  ふーやの熱いの、早く欲しいんだもん……。 「挿れるよ?ハセさん」 「うん、来てぇ……?」  ふーやの肉棒が、俺の尻穴に進行していく。 「アッ…は、……っん、あん……」  圧迫感はあるものの、痛みはなく。すんなりと受け入れる。  ふーやのがドクドクしてるのが分かる。俺で感じてくれてるんだって思うと、嬉しくてたまらない。  と同時に。  ふーやを想えば想うほど、奥がキュンキュンして。  俺の身体は着実にふーやに変えられているんだという実感が湧いてきてしまって、それがまた奥をキュンとさせる要因となっていて。 「ハセさんのナカ、今日すごいね。うねりまくってる……、俺一瞬で搾り取られそう」 「ふーやのぉ、熱いよぉ…っ」  トン…ッと最深部に到達する。 「あっん…奥ゥ……もっとトントンしてぇ?」  後ろから大きなため息が聴こえた。 「もう……。いくよ?──諒太」 「──ぇあア!?…あう、あぁん!や、ふーや、もっとゆっくりぃ…ぃぃんんぁ!ああ!あう!やだ、すっごい、すごく感じちゃうぅ……!!」  ズン!といつもとは違う激しい律動に、俺の頭は一瞬パニックになった。  目がチカチカして。後ろから得られる快楽が激しくてジンジンする。 「誘惑する諒太が悪いんだよ?あんなんされたらさ、我慢できなくなっちゃうでしょ」 「あああァァァァ……!!ふぅやアァァ、きもちぃ、きもちぃよぉぉっ!」 「ふーやじゃないでしょ?──諒太ァ……」  耳元で息を吹きかけるように名前を囁かれる。 「はぁん…ッ!と、しやぁ…」 「ん。よく言えました」  ご褒美のキス。  キスをしながらもふーやの下半身は動きを止めない。 「んぅ、と、しや、…ぁ、あぅ、んむ、ふ、ぅん…っ、ん、んぅ、ん!んふぁ、や、はぅ、イッ、んぅ、んんん!ンンンン〜〜……!!」  俺の精液がシンクに飛び散る。  と同時に、俺のナカに熱いモノが放出されたのが感じられて、嬉しくて微笑んでしまう。  身体がこれでもかとバウンドして。  目の奥がチカチカして。  口の中が痺れてて。  下半身はガクガクで言うことを聞かなくて。  でも心は恍惚としていて。  俺はやっぱり、この男が好きなんだと再認識する。  シンクからお湯が流れている音が聞こえる。ふーやがあったかい濡れタオルを作ってくれていた。  その音が心地よくて。  つい、考えなくてもいいことが頭をよぎってしまう。    もう、ふーやじゃないと感じることができなくなってしまった身体。  最近ではこの間の鈴木氏以外にも、俺の感じ方が演技だと気づき始めている人が増えてきているようで。  ——そういえば。  こんな身体に作り変えた張本人は、俺と客のことをどう思っているんだろうか?  恋人になったから嫉妬して?なんて、虫が良すぎる話だよね。   「ハセさん、ほら捕まって。ベッドに座ろ」 「うん、ありがと…」  温タオルを手にしたふーやの肩を借りる際に、行為でズリ落ちてしまったズボンを履かせ直してもらってから、ベッドの上に腰掛ける。 「身体拭くね」 「あ、いいよ。それくらいは自分でできるし」 「そっか、じゃあ背中の汗だけ拭き取らせて?」 「うん」  ふーやは優しい。  優しく丁寧に、背中に温タオルが乗せられていく。あったかくて気持ちいい。 「じゃ、あとはよろしくね。俺風呂沸かしてくっからさ、一緒に入ろ?」 「うん!」 「ん、いい返事。んじゃちょっと待っててね」  ふーやは洗面所へと消えていった。  ふーやから渡された温タオルで汗を拭く。  ……ふーやの熱で浮かされた汗。  なんだか拭くのがもったいなくて。  ゆっくりと温タオルを汗ばんだ肌にのせていく。  汗を拭くために半脱ぎ状態だった服を元に戻していると。  ♪〜〜  ふーやのスマホからタイマーらしき着信音が鳴った。 「ハセさん」  洗面所からふーやが顔を出す。  なんだかそれがとても可愛らしく見えて。  ついはにかんでしまう。 「ん、なぁに?ふーや」  洗面所から廊下を通じてこちらへ向かってくるふーやは、なんだかいつもと違う雰囲気で。  すごく、──カッコよくて。  まるでランウェイを歩いているような雰囲気に見惚れている間に、深海俊哉の姿はいつの間にやら俺の目の前で跪いていて。 「え、ふーや……?どうし──」 「諒太。三十歳の誕生日おめでとう」  そう言ってふーやが真剣な眼差しで俺に差し出したのは真紅色の……どう見てもリングケースで。 「えっ、これ……?」  戸惑いを隠せない間に、ふーやはゆっくりとリングケースの蓋を開けていく。  中に入っていたのは中央に大きな銀色の薔薇が一輪あしらわれたプラチナリングで。薔薇の中心には赤と紫を混ぜたような色合いの綺麗な宝石がはめ込まれていた。 「——と言っても俺、指輪買ったの初めてだから号数?とやらが合うか分かんなくてさ。一応念のため指に合わなかった時用にネックレス用のチェーンも付属でつけたんだけど……」 「……つけてみても。いい?」 「ん、もちろん。ちょっと待ってね、ケースから外すからさ」 「うん……」  真紅のケースから薔薇のリングが取り出される。 「じゃあハセさん。左手、出して?」 「えっ……」 「ん?」  もう、この男は。どこまで俺を狂わせれば気が済むのか。  言われた通りに。おずおずと左手をふーやの前に差し出していくと。  案の定ふーやは薬指に指輪をはめようとしていて。  指輪が、薬指の先端に触れる。  俺の顔は正常に保っているだろうか。  耳が熱い。  手が、震える。  指輪は順当に薬指を抜けていく。サイズは見事ピッタリだった。 「よっしゃァ!合ってたぁ……!!」  無邪気にガッツポーズをするふーやが、なんだかとても無邪気な少年のようで。 「ふふっ…」  つい笑ってしまった。  ふーやが左手の薬指にはめてくれた指輪をまじまじと見てしまう。  すごく綺麗な指輪で。  …嬉しくて。  ……嬉しくて。 「俊哉、指輪ありがと。俺、すっごく嬉しい」  顔がにやけそうになるのを抑えられない。 「あとね、諒太。もうふたつお願いがあるんだ。誕生日にお願いっていうのもアレなんだけど……」 「うん、なに?」  真剣な眼差しに戻ったふーやが、ひとつ息を整えて口を開いた。 「デリバリーフロウを、辞めて欲しいんだ」 「えっ……」 「これは完全に俺のワガママというか、単に言えば嫉妬なんだけどさ。ハセさんの職業なのは分かってるし、デリヘルがそういうモノだって言うことも解ってる。解ってるつもりだった……でも、日に日に耐えられなくなってる俺がいてさ。──虫が良すぎるよな、他の男に抱かれてるハセさんに嫉妬するから辞めて下さいなんてさ……──って、ハセさん!?」  俺の目からは大きな涙がポロポロと溢れていて。 「ごめん、変なこと言って」 「違うの、俺。…嬉しくて……ふーやが俺の客に嫉妬してくれたことが嬉しくて、ずっと気になってたから……──ア…ッ」  ふーやが俺を目一杯抱きしめてくれる。 「嫉妬するよ、しまくりだよ。しない訳ないじゃんか」 「うん…うん……っ」  涙をペロッと舐められて、キスをされる。  そのままベッドに押し倒されていく。 「ん…んぅ……」 「ねえ、諒太もうひとつのお願いはね?」 「うん」 「俺たち、一緒に住もう?」 「えっ……──いいの?」 「うん、まだ引越し先は決めてない……というか一緒に探したいからさ。どうかなって」 「嬉しい……、俺、こんなに幸せでいいのかな……?なんか怖いよ」 「今まで頑張ってきた証だよ」 「うん……っ」  涙があふれて止まらない。 「早瀬諒太さん、俺と一緒に愛する者として。これからの生涯を共に過ごしてくれませんか?」 「はい、こちらこそ——よろしくお願いします、俊哉……好き、愛してる」 「俺も愛してるよ……諒太」  お互いにはにかみながら、キスをして抱きしめ合い。  新たな御守りを左手の薬指に身に付けながら、俺たちは身体を重ねあった。  ──その後。  俺、早瀬諒太は四月十四日をもってデリバリーフロウを正式に退社し。  深海俊哉と共に、分譲マンションの一室に引っ越したのち。  五月五日。      正式にパートナーシップ制度を通じて。    俺たちは晴れて人生の伴侶と成り得たのであった。 【ピンクジルコン】  三月二十五日の誕生石のひとつ。赤紫色。 【石効果】自分の中にある愛情や優しさを取り戻す。愛情と精神的なゆとりをもたらす。 【石言葉】苦しみからの救い。

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