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第2話 ここはどこ、私はだれ(1)

 すうっと重力に吸いこまれていく不快な感覚を味わった直後、全身が大きく痙攣(けいれん)してビクンッと跳ね上がった。思わず息を呑んで目を開ける。そしてその直後、ふたたび大きく息を呑んだ。すぐ目の前に、これまでに見たこともないような、とんでもない綺麗な(かお)があったからだ。 「うわっ!」  咄嗟に声をあげたとしても、やむを得ないだろう。 「よかった。気がついたのだな」  その反応を見て、心配そうに曇っていた表情が一転、花開くような笑みがひろがった。  あまりにもあざやかな変容に、目を奪われる。  透けるような白磁の肌に上半身を覆う豊かな銀糸の髪。()いだ湖面を思わせる、どこまでも深く澄んだ青玉の瞳。  人間の領域を遙かに超越したその姿は、優艶(ゆうえん)なる美の化身を思わせた。『男』という属性の中にも、極上の美人というのは実在するんだなと妙に感心してしまった。 「本当によかった。このまま目を覚まさなかったら、どうしようかと不安でたまらなかったのだぞ」  いまにも泣き出しそうな顔で、その人物は言った。 「あ、はぁ……。あの、えっと……?」  いったい、なにがどうしてこうなっているのか、まるでわからなかった。 「大丈夫か? どこか痛んだり、苦しいところはないか?」 「あ、はい、まあ……。ええと……」  とくにどこもなんともないはずなのだが、なにをこんなに心配されているのだろうかと不思議に思った。 「そうか、無事でよかった。そなたになにかあれば、(われ)も生きてはいけぬ」  ……そなた? ……我?  なんだかずいぶん癖の強い話しかたをする人だなぁと思ったところで気がついた。いやいや、この人、口調だけじゃなくて、着てる服もなんか変じゃね?と。  なんというか、自分が見慣れてきたトップスやボトムではない感じ? いや、ザックリ言えば、そう分類されなくもないのだろうが、それにしてもこれまで馴染んできたものとはあまりにも違いすぎる。  なんだっけ、自分もくわしいことはよくわからんけど、映画とか舞台で見かける衣装のような……そう、あれだ。 「中世ヨーロッパ風!」 「ちゅうせーよおろっぱ?」  銀糸の髪の佳人(かじん)は不思議そうに首をかしげた。そんな仕種(しぐさ)すらも絵になるのだから、見てくれのいい人間というのは得である。いや、それ以前に「そなた」と「我」でひっかかってしまったが、なんかもっと、根本的な部分でツッコミどころがあったような……。  なんていうか、その、一世一代の告白的な?  えっ、待って。待って。超絶美人なのは間違いないけど、この人、性別、男。そんで俺も、漏れなく男……。

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