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第7話 ここはどこ、私はだれ(6)

 なんだ? 究極の箱入りお坊ちゃんなのか? それか、とんでもなく病弱で外に出られないとか。いや、いま思いっきり外ですけどね!? 仮になんらかの複雑な事情があって通ったことがないにしても、学校ぐらいはわかるものなのではないだろうか。  大混乱になっている思考をそれでもめまぐるしくめぐらせているうちに、ふと、重大な事実に気がついた。 「いや、あんた! 俺とふつうに日本語で話してんじゃねぇかっ!」  そうだよ、こいつ。目が覚めてからずっと、俺となんの問題もなく会話してんだよ。自慢じゃないけど俺、日本語以外の言語はいっさい話せない。ついでに言えば、パスポートだって持ってない――って、あれ? そしたらここ、日本なんじゃね? もちろん、国外に出たおぼえもまったくないけど。  日本にいて日本語しゃべってんのに、日本を知らない? すぐ隣の中国も?  あらためて相手を見て、今度はこっちの血の気が引いた。  そういやさっき、光の眷属がどうとかって怪しい発言してたな。え? あれ? もしかしてこれ、見た目はメチャクチャ綺麗でまっとうそうだけど、関わっちゃダメなやつだった? っつっても、意識取り戻した瞬間から目の前にいるから、関わるなってほうが無理な話なんだけど。 「そなたの言っていることは、まるで意味がわからない」  悲しげに呟かれて、そりゃこっちのセリフだ!とまたしても内心でツッコんだ。下手に刺激しないように、グッとこらえましたけれどもね。 「あ~、いや、そうね。お兄さんも、ちょ~っとテンパりすぎちゃったとこ、あったかなぁ」  あははははと愛想よく笑ってみるも、口の端が引き()ってビクビクと痙攣してしまった。その様子を見て、白皙の美貌、という言葉がぴったり当て嵌まる顔に、さらなる悲しみがひろがった。 「たしかに、そなたは我の知るエルディラントではない。わかった。これでもう、終わりにする」  呟いた直後に立ち上がり、背を向けた。 「あ、え?」  唐突な展開についていけず、咄嗟に声が出ていた。 「いや、ちょっと!」 「心が通い合っていると思っていたのは、我の勘違いであったようだ。そなたがそこまで重荷に感じていたというのなら、この関係はここまでにする。(わずら)わせてすまなかった」  そのまま、去っていく。  待って待って! ちょっと待って~っ! 「いや、あのっ!」  呼び止めようとして、いまさらながら、なんと呼べばいいのかわからないことに気づいた。  そうだ。俺、あの子の名前も聞いてない。  こんな見知らぬ場所に置き去りにされても、どこへ行けばいいのか皆目(かいもく)見当もつかない。せめて最寄りの駅とか……。そう思わなくもなかったが、いまここで、そんなことを訊ける立場にないことは、さすがの俺でもわかる。なにより、自分の不用意な言動のせいで、真剣にこの身を案じてくれた相手の心を深く傷つけてしまったのだ。そのことに、ひどい罪悪感を覚えた。  悪気はなかった。傷つけるつもりはなかった。どれだけ言葉を尽くしたところで、そんなものは言い訳にすらならない。 『もういい。わかった』  不意に、だれかの声が脳裡(のうり)に甦った。 『おまえとのことは、なかったことにする。バカみたいだ。全部、俺の独りよがりだった』  ――違う。そうじゃなくて俺は……っ。  自分に背を向け、去っていこうとする後ろ姿が別のだれかに重なった気がした。 「待て!」  叫んで立ち上がった瞬間、視界がぐらりと揺れた。  あれ? なんだ、これ……。  足を踏ん張ろうと思ったが、どうにもならない。  視野が狭まって、意識が薄れていく瞬間、遠ざかる背中がこちらを振り返り、なにか叫んだ気がした。

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