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第22話 天の摂理(3)

「リュシエル、せっかく我々の関係性の向上を認めていただけたのだ。今回のところは、それでいいではないか」  あくまで『エルディラント』として、これ以上藪をつつくなよと慣れない言葉を駆使して忠告しているというのに、肝心の相棒は変なところで頑なで、聞く耳を持とうとしない。 「よくない。このままでいいはずがない」  うん、まあそうね。そうなんだけどさ、とりあえずこの場では、いいってことにしておこうよ。  喉もとまで出かかった言葉を、かろうじて飲みこむ。ここでふたりしてボロを出すわけにはいかないからだ。  ってかさ、本来、そっちがフォローにまわる立場だろうが。俺にフォローさせるんじゃねえよっ。これ以上はうまく立ちまわるの無理だからな?  内心の思いを眼力(めぢから)で訴える。だがリュシエルもまた、おまえは出しゃばるなと言わんばかりに意固地全開。そしてどういうわけか、メルヴィル補佐官はそんな俺たちを見て、それですよ、それ、と満足げな様子を見せた。  思わず面食らって、ふたりそろってメルヴィルを顧みた。 「先日まで、おふたりのあいだには、お互いに対する遠慮が見受けられました。とりわけリュシエル様は、エルディラント様の一歩後ろに控えておられるような印象がありました。その(へだ)たりが今日は消えて、距離が縮まっているように思うのです」 「そ、それはっ」  反応に困って言葉を詰まらせるリュシエルの横で、ええ、ええ、そうでしょうともと内心で深く同意した。  そりゃそうだろう。こないだまで遠慮があったのは、相手が初恋の君で、憧れが高じてしおらしくしてたんだろうから。  それに対していまは、見てくれはともかく、中身は見ず知らずの赤の他人。それどころか、だれにも見破られることなく『エルディラント』を演じさせなければならないのだ。そのために積極的に教育して、(しつ)けなおす必要があるときてる。リュシエルからしてみれば、やむを得ず保護して面倒をみるはめになった野良犬も同然といったところだろう。エルディラントに対して抱いていた敬慕など、完全に吹き飛んでる状態なんだから遠慮なんかあるわけもなかった。 「それにエルディラント様も、リュシエル様をだいぶ気遣われておいででしたからね」 「え、おっ――私、ですか?」  危うく『俺』と言いそうになって、かろうじて言い換えた。メルヴィル補佐官は気づかなかったようで、ゆったりと頷く。 「かけがえのない伴侶として、とても大切になさっていたことはだれの目にもあきらかです。ですがやはり、どこか腫れ物にでも触れるような気遣われかたで、むしろ壁があったように感じておりました」 「そう、でしたか。お恥ずかしいかぎりです。私も自分で思っていた以上に、気負いがあったのかもしれません」  無理もないことです、とメルヴィルは善意の塊のような表情で同意した。 「この世に生を受けたそのときから、大いなる宿命を背負っておられるのです。どれほどの重圧か、私のような凡人には想像してあまりあるものがございます」  いや、俺からすると、神様って時点であなたも凡人からはかけ離れてますけどね?とは思ったが、あくまで謙虚な姿勢を貫いた。 「恐縮です。できうるかぎり平常心でいるよう心がけたつもりなのですが、やはり浮き足立っていたのかもしれません」  傍らにチラッと視線をやって、苦笑する。リュシエルはなんの話かというようにきょとんとしていたが、この際、この場をうまく乗りきるために巻きこまれてもらうことにした。

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