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1-1-出会い
「悪しき魔物」が、底無しの飢えを満たそうと海や大地を徘徊する。
「善き魔物」は、人々と喜怒哀楽を分かち合い、共存する。
辺境の地においても片田舎、住人は血縁者でほぼ成り立っているような小さな村で、一人のうら若い少女が「悪しき魔物」に生贄として捧げられようとしていた。
「……どうして、こんなことに……」
乾き切った唇から洩れるのは、絶望に打ちひしがれた声。
村は深い森に囲まれてた。
その森に、いつからか「悪しき魔物」が棲みついた。
森の獣どころか、夜な夜な村までやってきては家畜を食い荒らし、畑を荒らし、五十人にも満たない村人の冷静な判断力まで踏み荒らしていった。
『生贄を捧げよう』
満場一致で生贄に選ばれたのは、村から蔑ろにされていた夫婦の子どもだった。
すでに夫婦は他界していた。生贄云々を言い出したのは、残された子どもの面倒を見続けてきた副村長だった。
『不吉な厄介者がやっと役に立つ日が来た。さぁ、村のために命を捧げるんだ』
夕方の森の中、村の男達によって大木に縛りつけられ、置き去りにされた少女は力なく頭を垂れる。
頭にかけられた花嫁衣裳のベールが風にふわりと揺れた。
「……全員、呪ってやる……」
次に少女が呟いたのは、紛うことなき恨み言だった。
「もちろん育ててもらった恩もあるけどさ。ちょっとのご飯じゃ足りなくて、その辺に転がってたイモとか、ナマでガリガリ食べてたし。おやつは自分で調達したっけ。その辺に咲いてる花の蜜とか、木の実とか」
やはり食べ物の恨みは何よりも根深いらしい。
「大雪の夜にボロ布一枚、寒くて寝れない日もあったなぁ」
非業の死を目前にして少女は何とも言えない笑みを浮かべた。
いや……少女ではなかった。
生贄それすなわち若い女、という固定観念の元、村人によって古めかしいベールを被せられ、やぶれかぶれに少女に仕立て上げられた少年。
名前はステュ。十五歳。
村の外を憧れた日もあったが、深い森は非力な少年一人では抜けられない、夜行性の獣のおやつになるからと諦めていた。
拾い食いの量をもっと増やして体力をつけ、いずれ村の外れに小さな小屋でも立てて、一人で暮らそうと思っていた。
そんな矢先に生贄決定ときたものだから、これまで溜め込まれてきたステュの鬱憤は爆発した。
『だっ、誰が魔物なんかに命捧げるかっ、しかも今にも干乾びそうな村なんかのためにっ、大体っ、生贄捧げたからって魔物がハイハイ引っ越しますよってなるのかっ、出来損ないのトンチンカン妄想に巻き込むなっ、バーーーカ!!」
よってステュは人生詰んだ、わけだ。
「生贄になるくらいなら、さっさと村を出ていってればよかった。でも行く当てないし。森はおっかないし」
日が暮れていくにつれてステュの独り言は数を増す。葉擦れの音と共に、不気味な静寂にか細く響いた。
「それにしても、この布。薄くて、透けてて、ヒラヒラ、フワフワ。きっと村で一番綺麗なものだ。きっと花嫁衣裳ってやつ……お嫁さんかぁ……こんな綺麗なヒラフワが似合う子とお付き合いしたいなぁ……あ、したかったなぁ」
恐怖を紛らわせるため、独り言を連発していたステュは、はたと口を閉ざす。
風がやんだ。
夕闇に満たされた森に「悪しき魔物」は現れた。
ガサガサと音を立て、茂みの向こうから伸びてきたのは、ぬるぬるとした一本の触手だった。蚯蚓のような質感、太い太いソレが地面伝いに蠢きながら、ステュの元へ這い寄ってくるではないか。
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