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(……う、わ、ぁ……!)  ステュは目をヒン剥かせた。魔物を見るのは初めてだ。今は未知との遭遇に呑気に驚いている暇などなく、死に物狂いで全身をジタバタさせた。  村の男達によって何重にも巻かれた縄はビクともしなかった。 「だっ……誰か……」 (ううん、誰も助けてくれない。だって俺は厄介者の生贄だから)  でも、それでも。  ステュは叫ばずにはいられなかった。 「だっ、だっ、誰か助けろバカヤローーー!!」 「――随分と上から目線の悲鳴だな」  突然、彼はステュの目の前に現れた。  現れたかと思えば、頭上に振り翳されていた触手を、ロングソードでバッサリとぶった斬った。  すると、聞くに堪えない濁音の悲鳴を上げ、触手の本体が茂みの向こうから姿を現した。巨大な肉の塊。どっくんどっくん、心臓さながらに脈打っている。ぎょろぎょろした目と大きな口が一つ、二つ、三つとあちこちについていた。 (気持ち悪!)  余りのグロテスクっぷりにステュは吐き気を催す。  巨大な肉塊なる魔物が生やす複数の触手。蛇のように鎌首を擡げ、その人物目掛けて一斉に振り下ろされると、息を呑んだ。 「危な……!」  凄まじい速さで閃いたソード。  全ての触手が一瞬で一刀両断され、斬り落とされた断片が地面にぼとぼと降り注いだ。 「うわ!」  ぼとッ! 断片の一つが頭の上に落っこちてきて、ステュは堪らず悲鳴を上げる。 「ウンぎャぁァぁアッッッ!!」  ステュよりも悲痛な断末魔が辺りに木霊した。明らかに急所と思われる、一段と大きな目玉に光り輝くソードが深々と突き刺さっていた。  しばらくのた打ち回った魔物は、やがて静かになった。地面で蠢いていた触手も、その断片も、動かなくなった。  黒ずくめの彼は、盛大に迸ったはずの魔物の返り血を一切浴びていなかった。  事切れたソレからソードを引っこ抜くと、勢いよく一振りして粘着性の体液を払い、肩掛けしている背中の鞘に造作なく仕舞う。  年の頃は二十代半ばだろうか。  立派なソードを使いこなし、あっという間に魔物を倒した。 (あいつ、きっと勇者だ)  村の人間から生贄として魔物に捧げられたステュは、それから、勇者に出会った。  ずっと昔に読んだ絵本で勇者の存在は知っていた。  大きな剣、ピカピカの装備、真っ直ぐな正義感で人々を「悪しき魔物」から救う。絵本の勇者は、それはそれは勇敢で、優しくて、光り輝く存在だった。 「あ……」  ロングコートの裾を靡かせ、ステュの目の前に勇者はやってきた。  まだ被ったままのベール越しに対面して、ステュは頻りに瞬きする。 (……ちょっと、怖い……?)  コートも、内側に着ている服も、紐靴、装備、短めの髪、上から下まで全て黒だ 。  絵本の中で笑顔を振り撒いていた勇者様と違って、険しい雰囲気で、愛想がないというか。 (勇者様にしては目つきが鋭すぎない?) 「あのー……あんた、誰?」 「あ?」  黒き勇者に真っ向から凄まれてステュは震え上がった。  正義の勇者様の返事が「あ?」なんてありえない――。 「あんた、じゃねぇ。勇者様だろうが」  魔物から助かって安堵したのも束の間、ステュは第二の脅威にすっかり怖気づいてしまった……。

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